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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

苺畑は永遠に

作者: Beat of blues

 生きる意味について冷静に何かの資料に基づき考察乃至分析が出来る人は頭がどうかしてしまっていると思われるので、直ちに医者に掛かった方が良い。

 ないものをあるとするのは人間の本能であり、そこには幾分ご都合主義も含まれる。意味などというのも、本来はない筈なのである。辞書で調べてみても、『物事が他との連関において持つ価値や重要さ』としか書かれていない。ここでなるほどなどと頷いてはならない。何故ならここで言う価値も重要さも人間が勝手に定義したものだからだ。

 そこに赤毛の少女がいるだろう。あの子はこれから人生初めてのデートで、精一杯おめかしをして、彼氏の待つ時計塔へと向かっている。あの子は死ぬ。きっかり三分後に、私たちがさっき出たばかりの喫茶店の目の前で。飲酒運転のトラックに撥ねられて。

 ああ、可哀相に。

 こんな感想が出てきたら、もう手に負えない程あなたの脳味噌はイカれてしまっていると思われる。彼女は、あの赤毛の少女は全く可哀相ではない。

 何故か。

 デートに胸をときめかせながら死んだ彼女はときめいたまま時を止めた。死。これは永遠の幸福への唯一の道かもしれない。

 残った人々は苦しいし、悲しいだろう。だけど死んでしまった彼女にはもう関係のないこと。彼女はユートピアを見つけてしまったのだから。

 三分経った。

 何故生きているのか。生きる理由を探す為、だろうか。

 意味を見つることは感情の消滅を示しているのではないだろうか。

 嬉しい意味。

 怒る意味。

 哀しい意味。

 楽しい意味。

 多分あなたの脳裏に浮かんだそれは『意味』ではなく『理由』だ。

 嬉しい理由。テストが満点だったから。

 怒る理由。兄弟にゲームのデータを消されたから。

 哀しい理由。転校しなくちゃいけないから。

 楽しい理由。部活の試合で連勝したから。

 『意味』と『理由』は決して等号で結ぶ事は出来ない。

 そろそろ時間かな。

 私が死ぬまでの最後の十分間、付き合ってくれてありがとう。いつかあなたが『意味』を見つけられるように。

 また

 ね


    *


 あたしはそこに居た。

 死に行く彼女の目の前で、「ああ、可哀相だな」と他人事のように(実際他人事だったけど)思ったのだ。

 あまりに美しい少女に、鉄の塊が猛スピードで激突して、その少女は体を歪めながら飛んでいく。歪になってなお美しいその少女と目が合う。

 息を呑んで、ただひたすらに懺悔をした。していた。していたかった。

 わずか十秒にも満たないトラック事故はあたしの網膜によってスローモーション映像に変換された為か、一分に感じた。

 ジャケット内のポケットが振動する。携帯電話を取り出し、電話に出る。

「もしもし」

「もしもし、じゃねぇよ。いつになったら来るんだ…ったく」

「ごめん…すぐ! すぐ行くよ」

「了解。待ってっから」

 何が「待ってっから」だ。干からびるまで待っていればいい。

 あたしは喫茶店に突っ込んだトラックを見ていた。見ていた、というより見てしまっていた。目が逸らせなかった。

 まるで木偶の坊。あたしは逃げることも、そのトラックへ向かうことも出来なかった。

 近くで一一九番に通報する人。あたしが通報すればよかったかな。

 でもその番号に電話を掛けたら、何故か急にあの少女の美しさが急に朽ちて、死んだ体になる気がして、だから掛けられなかった。

 ジャケット内のポケットが振動する。携帯電話を取り出し、それを切る。

 朽ちるまで待ってくれたら、あたしへの愛を信じてあげる。

 気付くとその少女を見下ろしていた。

 朽ちるのはあくまで客観的視点からであって、彼女の中では彼女はまだ生きているのかもしれない。

 そもそも『生きる』の定義が曖昧過ぎて、あたしには分からない。

 知的な瞳、長く伸びた黒髪。

 その全てをあたしは目に焼き付けたかった。彼女があたしの中でも生きられるように。

 でも見つめれば見つめる程、彼女がただの肉と骨の集合体になってしまったことを実感するだけで、虚しくなった。

 ああ、可哀相に、あたし。まだ生きてる。生きてしまっているあたし。

 緊急車両が見える。

 あたしは逃げるように、赤色の髪を翻して時計塔へ向かう。

 三時になった。


   *


【仮定】

 赤毛の少女は彼氏(便宜上少年xとする)を大して好きではなかった。

「どういう意味よ」

 質問。この仮定が真相ならば?

「どういう意味…」

 質問するのに意味はない。

「じゃあ私が答えるのも意味がない」

 私が今こうして吐き続ける言葉には意味があるのか?

「ないわ。言葉なんて信号だもの」

 じゃあどうしてこんなに気持ちを伝えるのに不安定なものが、ここまで世に浸透したんだい?

「人間も不安定だからじゃない?」

 じゃあ私が発する言葉もただの信号として受け取って欲しい。何故赤毛の少女は死ななかった?

「有り得ないわ」

 ところが彼女は生きている。仮定が真相ならば?

「そんな仮定は『1=2』よりも有り得ないわ」

 そうだろうか。

「…少女が少年xを好きじゃなかった、即ち歩くスピードが若干私の計算より遅かった…?」

 そう。少年xのことを愛しているのではなく、嫌いだったら、当然足取りは0.0000000034%程遅くなる。

「そんなのって」

 有り得ないって言うのか?意味なんて存在し得ない世界で人々は『意味』を生みだしてしまった。何かに価値を見出そうとしてしまった。

「でも」

 意味なんてなければ作ればいい。それが消えると知っていてなお作るのはそれが人間の記憶保存方法であり、永遠であり、ユートピアだからだ。

「でも」

 消えていくものを作ってしまうのに、もうこの世界に躊躇う権利はないんだよ。死が今より身近だった時代から何も変わらない。変えられない、とでも言うべきか。

「それで、どうするの?」

 考えることも計算することも頼りにならないことを、あの赤毛の少女が証明してしまった。

 そうなったら意味を求めるしかない。何故yはyであってzではないのか。その意味。世界の答え。

「あんたの頭どーかしてるわ」

 怒ってるか?

「呆れてるの。その馬鹿度に」

 そうか。最早その音の羅列は何の意味も持たないが。いや、意味など元からなかったが。

「私を殺すのね」

 君がいる限り、永遠は作れない。君が意味を捨てようとするたび世界は理由に溢れる。

「私を殺すのね」

 ああ。君が生きた意味を記すように。

「その引き金を引けば、私は死ぬの?」

 ああ、死ぬ。死ねる。死ね。


   *


 あたしはそこに居たの。

 誰も信じてくれないけど。

 信じてくれなくて良いよ。信じても信じなくても、何も変わりはしない。

 時計塔は四時を指していて、あたしは一人で町を見下ろしていた。

 町のどこからでも見える時計塔。足が竦む。風が強くて、二、三回くしゃみをした。

 あたしは、空っぽの町を見下ろしていた。彼氏の隣で。大好きな人の隣で。

 さっきまで居なかったのに来てくれたのね。

 そう言って微笑もうとしたけど頬が引き攣って、上手く首も回らなくて、結局息を吐いただけだった。

 声が出ない。まあ、何も言いたくないけど。言ったらあたしの負け。君なんかただのアホじゃない。

 でもあたしのことを待っててくれたのは嬉しかったな。お礼にチューくらいならしても、いいかな。

 力を振り絞って、隣を見ると、君は微笑んでるだけで何も言ってくれなかった。

 何か聞き流されている気がしてむかむかした。あーもう、もどかしいな!

 自分では勢いよく起き上がったつもりが、体が重くて、そうはならなかった。

 とても眠い。あたしが見ていたつもりの空っぽの町は、どうやら空だったようだ。

 髪がじとっとした。

 何か言ってよ。

 目を閉じる前に、苺畑を見た気がした。

色々思うところがあって、pixivに投稿した同作品を上げさせていただきました。


意志とか意味とかそういう脳のグレーゾーンに関わってくるような

内容を描こうとしたらこういう作品になりました。

分かりにくい、とか、意味が分からない、っていう意見もあるかと思いますが、

これが今の自分の答えです。


pixiv版→ http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=83851


表紙つきなので良かったら。




ツイッターやってます

http://www.twitter.com/Beatofblues


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