販売員のやり甲斐とは
ここに、一人の販売員が居る。笑えば"詐欺師"、真顔は"犯罪者"と謂れる、何処にでも居る様な、普通の販売員だ。
彼が売るのは、一流のブランド品。
勿論彼には、手の届かない品だ。
一点、数万から数百万もする、ブランド品など、普通の販売員が、買える訳が無い。
そんなブランド品。
しかし彼は販売員。その一流ブランド品を、例え買えなくとも、触って見る事は、出来るのだ。
販売員にとっての、唯一の楽しみだろう。
何故ならば、誰よりも、どんなお金持ちよりも、いち早く、その一流ブランド品の新作を、手に取り、鑑賞出来るのだから。
販売員たる者、売り上げが命。
売り上げを出せない販売員は、陰口を叩かれ、干され、肩身の狭い思いをする。逆に、売り上げを叩き出せる猛者は、称賛され、優遇され、周りから少しだけ、妬まれる。
彼はどうか。
笑えば"詐欺師"の顔のとおり、性格は内向的で、人見知りの気が有り、本来ならば、販売員など勤まる筈の無い、"詐欺師"顔。
"詐欺師"顔が、彼の唯一の取り柄だろう。
そんな彼の売り上げは、平凡。
猛者には遠く及ばず、しかし、売り上げを出せない者とまでは、言われ無い。
上司の目には留まらず、されとて、肩身の狭い思いをしない程度の、売り上げである。
これが彼の、精一杯。
これは彼の、目論見通り。
販売員と言えども、出る杭は、"杭ごとへし折られる" 事を、彼は知っているのだ。
売り上げは、上を見たらキリが無い。
猛者と言えども、その延々と続く崖登りに、心を病んでしまった者が、沢山居たのだ。
だからこその平凡。
彼は崖には登らず、ただ平地を歩くのだ。
真っ直ぐ横這いである。
販売員の給料は、思ったよりも低い。
求人広告欄の給料などを見れば、分かるかと思うが、◯◯年で◯◯万円と記載のある通り、ブランド品が高い割に、給料は低いのだ。
勿論それは、雇用形態にもよる。
売れば売るだけ、インセンティブが発生したり、正社員だったり、派遣で来ていたりと、人それぞれだろう。
ただ、それにしたって、低過ぎるだろう。
販売員と言った、人と接する職業、全般に言える事だが、心への負担が、半端ないのだ。
販売員である彼も、毎日胃痛と踊って居た。
負担の原因は、一つだけ。
意味不明な、クレームである。
例えば、この男性。
数万円のお買上げで、ラッピングを行い、袋に入れて、御見送り。
一時間後、再来店。
横柄な態度で、返品、返金を要求。
その理由は、とても面白い。
彼女に要らないと、言われたから。
彼は、心の中で、笑っていた事だろう。
勿論、返品は出来ない。
男性は、クーリングオフがどうのこうのと、可笑しな事を言っているが、対面販売で、尚且つ、御納得頂いての購入なので、原則対象外。と、説明しても、納得する筈も無し。
そう言ったクレームが、多々起きるのだ。
その対応を、給料の低い、販売員である彼が行い、給料の高い店長等は、余程の事が無い限り、前に出て来る事が無い。
割に合わないとは、正にこの事だろう。
ならば、彼は何故、販売員を続けるのか。
それしか脳が無い。
手に職が無い。
やりたい事が無い。
さて、どれが理由だろうか。面白そうだから、理由を尋ねてみよう。
何とも、面白味の無い、理由だった。
"笑顔"で帰る、お客様を見たいから。
彼の販売員としての、"やり甲斐"だそうだ。
売り上げを立て、猛者となるやり甲斐。
昇進を目指すやり甲斐。
やり甲斐と言う、目に見えない気持ちも、人それぞれ、千差万別、色取り取り。
彼はどうやら、販売が好きな様だ。
最初から好きだったのかを、聞いてみた。
違うらしい。
笑えば"詐欺師"、真顔は"犯罪者"と謂れるだけあって、元は極度の"人嫌い"。
偶々偶然、機会が有って、販売員となり、最初の頃は、視線でお客様が、逃げて行ったそうだ。それでも、歯を食い縛り、逃げずに販売員を続けていたら、いつの間にか慣れたらしい。
不思議なモノだ。
極度の人嫌いが、販売員をしている。
販売員を、続けている。
彼にもう一つ、尋ねてみた。販売員で無い時は、どうしてるのかと。
思った通りだ。
彼は、販売員である時でしか、喋らない。
喋れないらしい。
だからこそ、その分、販売員としては、お客様と話をして、ブランド品を売る。
そして、"笑顔"で帰って貰う。
低い給料も、意味不明なクレームさえも、そのやり甲斐さえあれば、不思議と耐えられる。彼は、"詐欺師"の様な笑みを浮かべ、そんな事を言いながら、売場へと戻って行った。
販売員のやり甲斐とは、一体何なのか。
次はあの販売員に、聞いてみる事にしよう。




