【短編】異世界へ行く方法
「えーっと、確かこのビルだよな⋯⋯」
背の高い建物が建ち並ぶ喧騒とした場所の一角、僕-由は中でも一際古いビルを見上げていた。
スマホを取りだして、ネットで場所の確認-うん、間違いない。
「まるで廃屋というか、もはや時代錯誤もいい所だ」
というのも、辺りには真新しく建てられ始めているものもあると言うのに、この建物だけは取り残されたかのように苔がこびり付いており、蔦が絡み付いていた。本当に開くのか?これ?
辺りを見渡して見ても人、人、人。はぁ、もう億劫だ。
「さっさと入っちゃおう」
僕はその場から逃げるように建物に入る。
重めの扉は開くか不安だったが、案外楽に開いて建物には容易に侵入できた。
「⋯⋯誰も見てない、よね?」
僕は建物の中から振り返って、先ほどいた場所を見やる。
玄関付近のガラス張りの壁は、外の様子をくっきりと映し出しているが、誰も僕の様子を気に止める者はいなかった。
「やっぱ都会ってすごいな」
田舎から出てきたせいか慣れない人と建物の多さに息が詰まりそうだったが、ようやく解放されて大きなため息をこぼす。
「さて-」
僕は中を見渡すと、古い外観とは似つかない綺麗な館内に驚きを隠せない。
「ネットで言われていたとおり、結構な人が使っているのかな」
僕は噂に聞いていた場所を目指して歩きだす。
やっぱり皆、現代から逃げ出したくて仕方ないんだ。
「うぅ⋯⋯奥に行くとさすがに暗いな」
僕は視覚的に暗くなってくると恐怖を覚え、持ってきていた懐中電灯で辺りを照らしだす。
視覚的に見えなくはないけど、不安になる。
田舎で太陽と共に沈む町に住んでいたけど、その時も寝る時ですら明かりを付けっぱなしにしていたくらいだ。
「ここかな⋯⋯」
僕はとあるエレベーターの前に立ち止まり照らす。焦げ茶色の錆びついたエレベーター。間違いない。
念の為近場にあったエレベーターも照らすが、それらは色の抜け落ちた青色をしていて、違うことが分かる。
「じゃあ、本当にこれが⋯⋯」
僕はごくりと生唾を呑み込んだ。
この場にいたら、7分後に扉が開く-。
「そして3階、9階。その際に子どもが乗ってくるけど無視して6階、最後に屋上へのボタンを押せば-そこは屋上じゃなくて、僕が行きたい場所へ-行ける」
要は2つ。僕がこの場所に一切の未練がないことと、他の場所に行きたいという迷いのない願望。
「もうこの場には未練はない⋯⋯僕は変わる為に、憧れたあの場に行くんだ」
僕の憧れた、ライトノベルの世界へ-。
-チンッ。
「へ?」
重々しい駆動音と、空気を振動させて目の前の扉が開く。
「あっ、れ?もう?もしかして7分経った?」
考え事をしていたからか、時間が経っていたのに気が付かなかった。
目の前のエレベーターは僕を歓迎するように、中を照明が照らして待ち構えてくれている。
「ちょっと暗いなぁ」
また僕の怖がりが出てしまった。
僕は懐中電灯を握り締めてエレベーターへ乗り込もうとして、足を止める。
「⋯⋯本当に、いいのかな」
まるで現実から目を背けて逃げ出そうとするみたいで-。
「⋯⋯いや、変わるんだ僕は」
情けない自分を振り切り、意を決してエレベーターに乗り込む。
エレベーターはそれに応えるように閉まった。
エレベーターの中は当然だけど1人だ。
おかげで閉所恐怖症が再発しそうで怖い。
「まずは3階-おわぁっ!?」
揺れる中-もう動いてる!?
「ボタン押してないのに!?」
気がつけばボタンは3階が光っていた。パニックになり辺りを忙しなく見渡すも誰もいない。
もしかして3階に誰かいるのか?
考えているうちにチンッ、と音を鳴らして、あっという間にエレベーターが止まり、扉を開く。
外はあれだけ明るかったというのに、太陽を取り入れる作りじゃない建物だからか、奥に永遠に続く闇が嫌なものが現れそうで怖い。
恐る恐る顔をのぞかせて辺りを見渡してみるも、誰も居ない。嫌な予感がする。
「ま、まさかっ、これって、幽霊のしわざじゃ-」
言葉もままならないまま、エレベーターが閉まり始める。僕は慌てて首を引っ込めてエレベーターの中に戻る。
「しまった。勢いで戻っちゃった⋯⋯」
もはや帰りたいとさえ思い始めた僕は、再び動き出すエレベーターにボタンを見やる。
ボタンは6階を光らせていた。
「次に子どもが乗り込んでくる⋯⋯」
それが現実の者じゃないということは理解している。
無視したらいいやと考えていたけど、それと同じ空間に数分でも一緒にいなくてはいけないと思うと心臓の鼓動が早くなる。
「どうする?もう次の階で飛び出してしまう?」
そうしようにもエレベーター以外の照明はない暗いフロア。
それにその程度で諦めちゃうのか?でも-
無情にも考えが纏まらない状態でもエレベーターは6階に辿り着いて扉を開く-刹那、何者かが飛び込んできた。
「うわぁっ!?」
僕は思わず情けない声を上げて、身体をビクッと竦ませた。しまった。声を上げちゃった。
しかし現れた子どもは息を切らしながら、膝に手を付き荒い呼吸を繰り返す。
大丈夫なのか?この子。
ネットで聞いていた通り子どもが乗りこんで来たが、あまりに生きている人間っぽく見える。
生気のない子どもと書かれていたのに。
女の子なのだろう。白いスカートというかネグリジェのような格好に、細い手足。
顔を見ようにも、深めに被っている大きな麦わら帽子のせいで様子が見えない。
⋯⋯話し掛けるべきか?
いやいや。無視しろと書かれていたじゃないか。
「ねぇ⋯⋯あんたも?」
しかし向こうから話し掛けてきた。
荒い呼吸を整えつつ、女の子はこちらの様子を窺うように帽子が上がる。
ちらっと見えたその顔は-可愛い。10歳くらいかな。幼くも整ったその顔はクラスだとモテモテな事間違いなしだ。
「ねえってば」
目線があった女の子は再び話し掛けてくる。
僕は無視するように顔を背けるも、女の子は回り込んでこちらを覗き込んでくる。
「どうして無視するの?」
女の子は少しムスーっとして頬を膨らませる-可愛い。
「⋯⋯これは独り言だけど、話し掛けちゃだめだから、だよ」
僕は観念して女の子に聞こえるくらいの大きさで独り言を呟く。これなら無視したを破っていない-と思う。
「なにそれ。そもそもあんた誰?」
「⋯⋯」
「答えなさいよ」
-なんだこの偉そうな子どもは。
少し可愛いからって調子に乗っていないか?
「これはゴホンッ、独り言⋯⋯エフォンッ!」
「さっきから何なのその喋り方。見たところ同い年くらいみたいだし、遠慮しなくていいのよ」
「同い年?君がぁ?」
あ、思わず返しちゃった。
「あんた15歳くらいでしょ?変わらないじゃない」
「君が15歳?」
その言葉に女の子は顔を赤くして目をつり上げる。
「そうよ!小さくて悪かったわね!」
「フンッ」と両腕を組んで女の子はそっぽを向く。
綺麗な身なりとその顔は、パッとみこの世に未練があるように思えないのだけど。
「えっと、女の-」
「リンよ。私は」
「ならリン⋯⋯ちゃん。どうした君は此処に来たの?」
「⋯⋯嫌になったから、逃げ出してきたの。悪い?」
そっぽを向きながらも、リンちゃんはそう小さく答えてくれた。
「いやそんな事ないよ。⋯⋯僕だって同じだし」
「え、そうなの?そんなふうに見えないけど」
「見えなくて悪かったね」
リンちゃんさっきから失礼じゃないか?
「ごめんなさい。貴方のこと見かけたこと無かったから」
そりゃそうだ。僕は田舎から飛び出してきたし、リンちゃんは見たところ都会育ちっぽい。
「日本に何人居ると思っているんだよ」
「ニホン?何それ?」
「えっ」
今なにか恐ろしい事を言わなかった?
「日本だよ、日本。僕たちの住んでいる国-⋯⋯」
そこまで言って僕はハッとする。
瞳が青い⋯⋯さらに金髪。それは髪を染めたわけじゃなく、元からの純粋なブロンドヘアーだということに。
「まさか外国人⋯⋯なのか?」
「ガイコクジン?よく分からないけど、私が居るのはエーテルゲインだけど?」
「エーテルゲインっ!?」
何それ聞いたことない!
「待って、待ってくれ!僕の望むライトノベルの世界は!?」
僕は思わずリンちゃんの両肩を掴んでいた。
行きたかったのは女の子に囲まれた天国のような世界。誰からも虐げられる事なく生きられる世界ッ-。
「らいとのべる?ごめんだけど、何を言っているのかさっぱり」
「なんて事だ⋯⋯」
僕は思わず数歩たたらを踏む。まるで視界が歪んだように見えた。
「?よく分からないけど、もうすぐ着くわよ。いい?あんたが何処から来たが分からないけど、着いたらダッシュするわよ?捕まったら終わりなんだから」
「本当に⋯⋯なんなんだ」
しかもまさかのハードな世界な予感⋯⋯。
-チンッ。
見上げれば、エレベーターは屋上のボタンを光らせていた。
「私についてきてね」
リンちゃんは可愛く笑い掛けてくれた。
そうして開かれた世界は待ち望んだ明るい世界ではなく、景観からくらい淀んだ空が待ち構えていた。
「⋯⋯本当に、僕-」
「-バカっ、止まらないで!急ぐわよ!」
僕はリンちゃんに手を取られ訳も分からず走り出す。
これが幸か不幸か、不安と小さなドキッとした心渦巻くまま、僕は新たな世界へと足を踏み入れたのだった-。




