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第8話 公王女シルビア

使用人の朝は早い。

その早い朝は台所に集まって朝食を食べることから始まる。


外へのお使いや宿直明けなどで全員が揃わない日が多いが、この日はサンドラ、ジェシカ、スーのベテランに加えて、サラとエミリという最近採用された新人メイドを含む5名のメイドが全員そろって席についていた。


「さあさあ!今日はシルビア様の部屋の衣替えがあるからね!しっかり食べておきなよ!」


サンドラの号令で朝食が始まる。

しっかり食べろと言われたが、目の前には、歯が立たないくらい硬い黒パンと野菜くずのスープしかない。相変わらずこの城の食事は貧しい…。


「そういえば、シルビア様って、やけに頻繁に衣替えしますよね。お金持ちなんですね~!すごいな~!」


情報を探っていると怪しまれないよう、なるべく子どもっぽい無邪気な声をあげる。


「ああ、シルビア様は帝国の皇族の方から好かれてて、よくドレスやアクセサリーがプレゼントとして届くのよ。」


どうやら怪しまれずに済んだようだ。隣に座ったジェシカが、何でもないことのように答えてくれた。


「そうそう!帝国のジョエル皇子からのプレゼントでしょ!シルビア様の幼馴染みで、二人はのっぴきならない仲ならしいわよ!」


「へ~っ!すご~い!離れた国の皇子と王女が想い合ってるなんて、素敵ですね~!でも、なんでシルビア様と、帝国の皇子が幼馴染みなんですか~?」

まだあどけない顔をしたサラが噂話に入ってくる。彼女は17歳の乙女だから、こういった恋愛話が好物なのだろう。


「ああ、あんたは若いから知らないのか。シルビア様は生まれてから15歳まで帝国で育ったのよ。シルビア様のお母様である公王妃、当時の公爵妃は、元は帝国から嫁いで来てシルビア様を妊娠した時に里帰り出産したのよ。」


「えっ?なんで出産後に15年も帰って来なかったんですか?」


「それがひどい話でね……。」

スーが少し下世話な表情をしながら声を潜め、サラとエミリが興味深そうな顔をして身を乗り出す。


「公王様が、奥様が帝国に里帰りしている間に浮気しちゃったのよ。しかも妊娠させちゃって。その相手がアリシア様の母上様、お腹にいたのがアリシア様ってわけ。」

「え~っ!最低ですね~!不倫ダメですよ!絶対!」

サラとエミリが声を揃える。


なるほど、この世界では、高貴な人でも不倫は許されないのか。勉強になる。


「じゃあ、シルビア様は正室の子、アリシア様は側室の子ってことですか?」


「ところがそんな簡単な話じゃないのよ。アリシア様の母上様がその辺の馬の骨だったらよかったんだけど、実は王国の王家と関係する高貴な方だったの。そんな方を妊娠させちゃったんだもん。公王も責任を取らなきゃいけなくなって、里帰りしている正妻を一方的に離縁して、新しく正妃として迎え入れたわけ。」


「うそ~っ!!ひどすぎですよ~!女の敵ですね!」


サラとエミリが声を揃える様子を見ながら、それまでずっと黙っていたサンドラがニヒルな笑みを浮かべながら口を開いた。


「女の敵だったらよかったんだろうけどね。それが原因で帝国の敵になっちゃったのよ。ついには兵を送り込まれて…。それが、あんたらも知ってる帝国による侵略戦争の始まりだよ……。」


サンドラの吐き捨てるような言葉に、食卓の雰囲気は急に凍り付いた。サラとエミリも青くなって顔を伏せている。


「さあさあ!さっさと食べちゃいな!今日は忙しいんだからね!」

サンドラがパンパンと手を叩いたことを合図に、慌ててパンとスープを口に詰め込んだ。



衣替えのために入ったシルビアの部屋は、アリシアの部屋とはまったく違っていた。


広さと間取りは同じだ。

だけど、床石がむき出しだったアリシアの部屋とは違って、大きなペルシア絨毯が隙間なく敷かれている。その上には革張りのソファとローテーブル。


いかにも座りごごちの良さそうな革張りのソファは手すりの部分が真鍮で装飾され、ローテーブルも飴色に光っている。壁には100号を超える大きな絵がかかっている。壁際のサイドテーブルには東洋風の大皿があり、その上にチョコレートの大粒が山と盛られている。

シルビアは気だるげに奥の安楽椅子に座りながら指の爪を眺めていた。その椅子も革張りだ。


「メイドたち!衣装部屋から私が指示するドレスだけ運び出しなさい!」


シルビア付きの侍女の権高な声に、サンドラが少しむっとした表情をしたが、黙って衣装部屋へ入って行く。僕も後を追う。


衣装部屋には吊るされたドレスや衣装箱で立錐の余地もなかった。

何十着あるのだろう!?

アリシアの衣装部屋も見たことがあるが、ドレスはほとんどなく、代わりに書類が置かれていた。


やはり帝国の後ろ盾があるシルビアと、浮気相手の子であるアリシアでは待遇が違うのだろうか?


そんなことを思いながら、侍女から指示された衣装箱を部屋から運び出す。


サンドラの指示に従って庭先の小屋まで運ぶと、サラとエミリが先に運んだ衣装箱を開け、白いドレスを取り出し身体に当てながら、「ちょうどぴったりじゃない!」「こんなドレス着て夜会とか行ってみた~い」と騒いでいた。


まだ若い二人を見ながら微笑ましく思っていると、背中からサンドラの怒声が響いた。


「こらっ!そのドレスは帝国に送って商人に買い取ってもらうんだからね!傷物にしたら承知しないよ!」


ビクッとしたサラが思わずドレスを引っ張ると、エミリと引っ張り合う形になり、ビリッと音がした。

ちらっと見ると少し腰のあたりの糸がほつれ、破れ目から厚紙のようなものが見えた。コルセットだろうか?


サンドラは気づかなかったのか「シルビア様のご厚意で、ドレスを売ったお金は公国に寄付されて公金になるんだからね!傷なんかつけて、買取値が下がったら首をはねられるわよ!」とだけ言って不機嫌そうに小屋を出て行った。


サラとエミリは白いドレスを手に持ったまま顔面蒼白になっている。大事にならないよう、僕は見なかったことにして黙っておいてあげよう。


「さあさあ、油売ってないで!新しい衣装の運び込みもあるんだから、急いで!」

小屋の外からサンドラの声が響き、サラもエミリはドレスをその場に置き、ゆっくりと小屋から出ていく。だけど、気になるのか、二人とも何度も後ろを振り返っていた。


小屋から戻ると、今度は届いたばかりの新しい衣装が入った衣装箱を担ぎ、シルビアの部屋に運び込む。部屋に入るや否や、さっきまで気だるそうに座っていたシルビアが跳ねるように駆け寄ってきて「早くドレスを見せてもらえる?」と言ってきた。

そして衣装箱を絨毯の上に下ろすや否や、そのまま自分で衣装箱を開けドレスを取り出し、丹念に確認し始めた。


何着か調べた後、意中の一着があったのか満面の笑みを浮かべ、そのドレスを抱きしめている。


「あなたたち、ご苦労だったわね。ご褒美をあげるわ。」


満面の笑みのシルビアの手招きに遠慮しながら近づくと、彼女は皿に盛られたチョコレートの粒を手に取り、メイドたちに一粒ずつ手渡していた。

僕も懐から懐紙を取り出し、シルビアの前に差し出した。


「まあ!こんなにオチビさんなのに、もう働いてるの?偉いわね。特別に二粒おあがりなさい。」


シルビアの言葉に不覚ながら少しうるっときた。この世界に来て貴人にご褒美をもらって優しい言葉をかけられたことなんてない。


アリシアは、ご褒美どころか、ねぎらいの言葉一つなく、いつも文句ばっかり。

二人の人望に差がついた理由がよくわかった…。


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