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第7話 次期公王レース

夜ふけ過ぎ、ローザから指示されて、茶器を持ってアリシアの部屋をノックした。


城の2階の南西端にあるアリシアの部屋は執務室と居室を兼ねているらしく、20畳くらいの広さ。

床は石床がむき出しで寒々しい。


窓際には黒光りする立派な執務机と革張りの肘掛椅子、それに中央には杉板でできた会議テーブルと木の椅子、それに紐でくくられた書類が山と積まれた棚がある。


ただそれ以外には何もない。

部屋を飾るために当然あるはずの絵画も調度品もない。

くつろげるようなソファもない。

王族の居室ではなく、事務室と言った方が近い。


「遅いぞ!茶器をテーブルに置いてさっさとこっちへ来い。」


ノックをして扉を開けた僕を見て、肘掛椅子にふんぞり返り、執務机に足を載せながら書類に目を通していたアリシアが顎をしゃくった。執務机の脇にはローザがすました顔をして立っている。


執務机の前に立つと、乱雑に置かれた書類が目に入った。『警護依頼書』『請求書』『警護料』『ジャコバン商会』といった文字が目に入った。


どうやらガリアたち騎士団を隊商を警護させるという話は順調に進んでいるようだ。

少しホッとして胸を撫でおろす。


アリシアは手に持った書類から目を離さないまま「仕事には慣れたか?」とつぶやいた。


「はい。皆さんによくしていただいています。」


「ふむ、それでは、そろそろ城内についても詳しくなっただろう。使用人たちから聞き出した情報を教えてくれ。誰がわらわの本当の味方で、敵なのか目星はついたか?」


「先に城内の評判をお伝えさせていただきます。アリシア様の城内での評判は最悪です。」


アリシアは目を剥き、それから僕を睨みつけた。ローザはめまいでも感じたのか、額を手で押さえている。


この反応は予想通り。これは現実を知ってもらうために必要な前置き。失礼は承知の上だ。構わず話を進めず。


「使用人にろくに褒美も渡さず、仕事に文句をつけてばかり。乱暴で粗野。気前がよくて優しくて所作も優雅なシルビア様とは比べ物にならないとみんな言っております。」


「ほ、ほほ~う……。誰じゃ?そんなことを言っているのは?」


アリシアは右の眉だけ吊り上げてぴくぴくさせ、頬を引き攣らせた。これはアリシアが頭に血が昇っている時のサインだ。


「それを言うわけにはいきません。アリシア様は、悪い噂をする使用人を罰するために僕に調査をさせたわけではないでしょう。敵と味方を見分けることが目的のはずです。」


「むむっ……。わかった。続けよ…。」

アリシアは憮然とした表情で、相変わらず眉と頬がひきつっている。


「メイド達から収集した情報では、宰相はもちろん、秘書長官も、衛兵長も、執事も、使用人の端々までシルビア様支持で固まっているようです。つまり、アリシア様の味方はいません。」

僕の言葉にアリシアは息を飲んだ。


僕がこの城で働き始めてすぐの頃、アリシアが姉のシルビアと次の公王の座を争っていることを知った。

そんな折、アリシアから自派の勢力を把握するため、城内の情報収集をして、敵と味方を色分けするように指示された。

こういった後継者争いでは、武官・文官を問わず多くは日和見に走る。

ほとんどの家臣がアリシアと面と向かった際にはアリシア支持を口にしていたらしいが、その裏ではシルビアにも良い顔をしている様子もあり信用ならない。


だからアリシアは心を許せる真の味方が誰なのか知りたかっただけなのだろう。その気持ちは理解できた。


僕は、給仕や掃除の仕事を通じてあちこちに入り込み、率直な会話を盗み聞きし、またメイド達の噂にも聞き耳を立てて情報を集めた。

その結果は、アリシアにとって惨憺たるものだった。


「どういうことじゃ?それでは、誰もわらわが公王になることを支持している者はいないということか?聞いていた話と違うぞ!」我に返ったアリシアがローザを睨みつけた。


ローザは青い顔をしながら、「あっ、いえ、あの…」と口ごもっている。


おそらく、アリシアはローザにも同じような調査の指示をしていたのだろう。

しかし、城内で間抜けと評されているローザのことだ。ろくな情報も掴めず、適当な報告したに違いない。

だからこそ僕は、失礼を承知でアリシアに現実を直截に伝えたのだ。


「全員がシルビア支持だと!わかっておるのか!?シルビアの母親は帝国出身、シルビアが公王になってしまえば、この国はいよいよ帝国に飲み込まれてしまうのだぞ!」


「この国が帝国に併合されることを憂慮する声もありますが、それでアリシア様を支持しようという動きにはつながっていません。」


「帝国はわらわの母を殺した。ローザの父を殺した。他の家臣たちとて、同じように家族や仲間を殺されている。それなのにシルビアを支持するなど、あり得ぬ。」


「現実を見ましょう。アリシア様は圧倒的に不利な状況です。」


「うるさいっ!」

アリシアは執務机の文鎮を掴み投げつけてきた。僕の肩に当たり、鈍い痛みが走る。


「シルビアが公王になることが、どういう意味かわかっているのか?先の侵略戦争の休戦協定で公国から王族を帝国に嫁がせることが約束されている。王族は、わらわとシルビアしかいない。つまり、わらわが帝国に嫁がねばならなくなる。人質としてな!」アリシアは顔を真っ赤に紅潮させて興奮している。

冷静に話せそうな状況にはない。


「冷静になってください。支持者がいないからといって、アリシア様が公王になれないわけではありません。考え方を変えましょう。僕に策があります。」


「どういうことじゃ?」

険しい表情を向けるアリシアに、僕は声を潜めて温めていた案をささやいた。


「つまり、貴様は、わらわに一線を超える覚悟を持てと申すのじゃな?」

アリシアの険しい視線にひるまず力強くうなずくと、彼女は黙って顎に手を当て、じっと考え込み始めた……。


固唾を飲んで見守っていると、やがてアリシアが口を開き「やるしかないか」と独り言のように小さくつぶやいた。


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