第6話 職場での評判
トレッキングに出かけた山での遭難を機に、異世界にある小国サザランド公国に転生し、しかも体が縮んで10歳くらいの少年になってしまった僕、加賀美丈博は、森で偶然出会った公王女アリシアに拾われ、サザランド公国のお城に連れて来られた。
そのままお城で使用人として働き始めてから2か月あまり、僕はそれなりにお城の生活に馴染んでいた。
「おはようございま~す!何か手伝えることはありませんか?」
「相変わらず挨拶が気持ちいいわね。大丈夫よ、朝の掃除が終わったんだったら少し休むといいわ。そうだ、ちょうどクッキーがあるから一緒にお茶しましょ!」
「わ~い!やった~!クッキーだ~!」
ベテランのメイドであるサンドラの誘いに、子どもらしく無邪気に喜びの声をあげながら、サンドラの巨体に続いて狭いメイド控室へ入る。
2か月前、アリシアにお城に連れて来られた当初、他の使用人は一様に警戒心を見せていた。
それはそうだろう。森の奥で拾われた子どもなんていかにも怪しい。
しかもお城にいる人は、みんな白人のような容姿をしていたけど、僕は黒髪で浅黒い肌。
人種からして違う。
だから、みんな異物が迷い込んだような怪訝な態度を隠そうともしなかった。
普通の人だったら疎外感に苦しんで逃げ出すか、精神を病んでもおかしくない。
しかし、僕は、図らずも様々な会社を渡り歩いた転職のプロである。だから、こういった歓迎されない職場での立ち回りも今では十分に心得ている。
いつも明るい笑顔をたたえ、爽やかに挨拶。
自分から仕事を探して積極的に手伝う。
言われたことには一切逆らわず、元気よく返事をする。移動は常に小走り。
こういった演技を続けていると、徐々に話しかけてもらえるようになった。
そしたら世間話や愚痴に徹底的に付き合う。
そこではひたすらに相手の意見を肯定し、共感し、さりげなく褒めたりする。
そうした、いい人戦略を徹底すると、徐々に仲間として受け入れられ始めた。
そうして職場での人間関係が分かり始めたところで、職場のボスに取り入った。
一応、職制上の上司は侍女であるローザらしい。
だけど、職場のボスは別にいる。
メイド歴40年のベテランであるサンドラだ。
いつも力士のような巨体を揺らしながら、仕事をさぼって、あちこちで誰かとおしゃべりばかりしている。
だけど、使用人の中で誰よりも古株で、城内に豊富な人脈を築いている。
それを生かして文官、衛兵、侍女、使用人を問わず、あれこれと恩を売り、相談に乗っては秘密を握り、その結果、メイドという低い身分にかかわらず、侍女や執事をしのぐ隠然とした影響力を持つ影の実力者になっている。
こういう影のボスは、僕が働いてきたどの職場にもいた。
このボスに好かれるかどうかで、職場が天国と地獄に分かれることは経験済みだ。
僕は、積極的にサンドラに声をかけて甘えた。
経験上、こういうボスタイプは頼られることに弱い。しかも、好都合なことに、今の僕は少年のような、あどけない外見をしている。
「サンドラさんを見てると、いなくなった家族を思い出しちゃって…。だから、少しお話したいな…。」
同情を引きそうな表情をして、ありもせぬ深刻な過去を匂わせながら話しかけると、根は善人であろうサンドラは一発で落ちた。
母性本能をくすぐられたのか「私のこと、お母さんと思っていいからね!」と言ってあれこれ勝手に世話を焼いてくれるようになった。
それに甘えず、謙虚に見えるように遠慮しながら後をついて回ると、ますますかわいがってくれるようになった。
こうして私はサンドラの懐に入ることに成功した。職場のボスであるサンドラにかわいがられていると、自然と他の同僚からも一目置かれるようになった。
こうやって僕は新しい職場で居心地のよい人間関係を築くことに成功した。
チョロいもんだ。
「ほら、クッキーをいっぱいお食べ。」
「そうそう、カガミは食べ盛りでしょ。」
「そんな慌てて食べなくても取ったりしないよ。私の分も食べなよ。」
メイド控室にはサンドラの他にメイドが二人いた。サンドラの子分、ジェシカとスーだ。
二人ともサンドラほどじゃないけどぽっちゃりしたおばさんで、いかにも食べることが好きそうな外見。
だけど、食欲よりも僕を餌付けする方が楽しいのか、僕の皿に自分の分のクッキーをのせてくれた。
期待に応えて「わ~い」と言いながら口いっぱいに頬張る。
……正直、このクッキーはおいしくない。
いや、そもそもこれは僕が知ってるクッキーじゃない。
バターも砂糖もほとんど使われておらず、はっきり言ってただ小麦を水で練って焼いただけのもの。乾パンの方がまだおいしい。
こんな非常食みたいな代物をクッキーなんて呼んでありがたがっている様子を見ても、このお城そしてこの国が貧しいことはよくわかる。
そもそもこのお城も、城と呼んでいい大きさじゃない。二階建ての、せいぜいが田舎のお屋敷といった程度の規模だ。
しかも手入れをする余裕がないのか壁や床に入ったヒビや雨漏りも放置され、ところどころに黴も生えている。
明らかに人員不足が深刻だ。そもそも使用人が僕を除けば5人しかいないのだ。
城を守る衛兵だって10人しかいない。
侍女や文官については全員把握できていないけど、衛兵と同じくらいか、それよりも少し多いくらいだと思う。
この少ない人数で一国を統べる城を回しているなんて到底信じられない。
クッキーを頬張りながら考え事をしていると、サンドラ達は城内の噂話に花を咲かせ始めた。
「そういえばシルビア様、また衣替えするらしいわよ。」
「え~っ、あれ大変なのよね~。」
「でも、シルビア様はいつも気前よくご褒美をくださるわよね。この間いただいたお菓子、おいしかったわ~。」
「そうそう。同じご姉妹なのに、ドケチのアリシア様とはえらい違いよね~。」
「あ~っ、わかる~。アリシア様は何かして差し上げても、ご褒美どころかお褒めの言葉一つなくて、いつも文句ばっかり…。」
「山育ちのせいか男みたいに荒っぽくて、粗野で乱暴で…。やっぱり帝国の宮廷で優雅な所作を身に付けられたシルビア様とは月とすっぽんよね~。」
サンドラ達の遠慮のないアリシア様の評には納得だ。確かに文句ばかりで荒っぽい。
しかもドケチだ。
このお城で働き始めてすぐに、給料がどうなっているのか聞いたら、「給料なんかあるわけないだろう!飯を食わせてやるだけありがたいと思え!」と当たり前のように言われたのが懐かしい。
「だけど、どちらが次の公王様になるのかしら?今の公王様は健康が思わしくないみたいだし…。」
「そりゃ、シルビア様でしょう。品格から言っても、後ろ盾から言っても圧倒的じゃないの。宰相からの信頼も篤いみたいだし。」
「帝国から来た宰相がシルビア様支持であることは当たり前だけど、秘書長官も衛兵長も執事も、アリシア様ではダメだとはっきり言ってたわね。そもそもアリシア様を支持している人なんているのかしら?」
「聞いたことないわよ。ローザくらいじゃない?」
「ああ、あの口うるさいだけの間抜けのローザだったら、いない方がマシよね。」スーの言葉にサンドラとジェシカも声をあげて笑う。
どうやらローザはお城の中では陰で相当馬鹿にされているらしい。
「だけど、帝国派のシルビア様が公王になったら、いよいよこの国も帝国に取り込まれちゃうんじゃないの……。」
ジェシカの言葉にサンドラとスーも顔を曇らせた。
サザランド公国は元はローランド王国の一部。
この三人も、まだ王国の一地方だった頃にここで生まれたと聞いている。
だから、故郷が帝国化することには複雑な思いがあるのだろう。
「まあ、私達があれこれ言ってもしょうがないわよね。なるようになるわよ。」
「あ~あ、アリシア様が帝国派でシルビア様が王国派だったらよかったのに。」
「そうそう、アリシア様の方がよっぽど帝国人っぽいわよね。あの不愛想で無骨なとことか…。」
「ドケチなとことかね!そこだけは宰相と気が合ってるわよね。」
メイドたち三人は弾けるように笑い出し、やがて話題はたまにこの国に来ることがある旅芸人一座の役者の噂話に移った。
僕は子供らしく、大人の話に興味なくクッキーに夢中というフリをしながら、ずっと噂話に耳をそばだてていた。




