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第5話 パワハラ上司

僕は、仕事での数少ない成功体験を思い出していた。


あれは僕が大学の先輩に誘われたベンチャー企業に勤めていたころだった。


その会社は、筋肉に優しい会社を標榜してボディビルダーを集めた運送業を行っていた。


筋肉を鍛えたい若者達に働きやすい職場を提供する。鍛えあげた筋肉で力強く荷物を運ぶ。


そんなイメージ先行の浅知恵で始めたビジネスはあっという間に行き詰まった。


会社の借金は膨れ上がり、早晩、倒産することは避けられないだろう。

その時、僕たちに付いてきてくれたボディビルダーたちはどうしたらいいのか?

彼らにも生活がある。彼らの家族の生活も守らなきゃいけない。


先輩に泣きつかれ、僕は必死で知恵を振り絞った。

そんな時、僕が考えた案が若い女性向けの警備業だった。

サブスクで筋肉ムキムキの屈強な若者達が、夜道が不安な若い女性を送迎するのだ。痴漢やストーカー対策にも使える。


アイデアは膨らんだが、実行するのは簡単ではなかった。

僕らの会社では新しくビジネスを始める余裕がなかったし、信用もない。だから大手警備会社にアイデアを必死で売り込み、アイデア料との引き換えに仲間たちを引き取ってもらうことができた……。


「ビジネスとはなんじゃ?もったいぶらずにさっさと申せ!」

頭の中で当時の記憶を整理するため、しばらく黙っていると、痺れを切らしたアリシアがまたイラつき始めた。


「はい。この国では山賊が跋扈していると聞いています。きっとガリアさん達が山賊をしなくとも、隊商が襲われるのではないでしょうか。」


「そうじゃ!山賊はこの国の主要産業じゃからな。」吐き捨てるアリシア。


「そこで、発想を転換して、ガリアさんが隊商から護衛料を受け取って、護衛するんです。山賊がたくさんいるなら、きっと需要はあるはずです。」


アリシアが、フンッと鼻で笑って勝ち誇ったような顔になった。

「馬鹿め!誰が山賊に護衛など頼むものか!そんなことをしたら盗賊を家に入れるようなもの。護衛料を取られて、積荷も奪われるのがオチじゃ。そんな5歳の子でもわかる道理をこすっからい商人が気づかないはずがない。まさに子どもの浅知恵、絵に描いた餅じゃな~。ハハッ!」そう言って冷笑するアリシア。


しかし僕が「はい。確かにそのとおりです。だから、きちんと対策を考えています。」と力強く見つめ返すと表情を引き締めた。


「では、申してみよ。」


「その信用はアリシア様が補完すればよいのです。」


一息を吸って、ゆっくりと部屋にいる3名を見回す。みんな固唾を飲んだように黙って僕の方を見ている。


「隊商から護衛を受注するのはアリシア様です。この国の治安大臣としての信用を使って、隊商との間で護衛契約を結んでください。そして、実際の仕事はガリアさんに下請けに出して丸投げすればいい。そうすればアリシア様は財源を確保して、ガリアさんは定期収入が得られる。」


ガリアとローザはぽかんとしている。この二人には僕が言いたいことが伝わらなかったかもしれない。


しかし、アリシアだけは「フム…」とつぶやきながら腕組みをして考え込むような表情をしている。


「ローザ!紙とペンを持ってこい!」


アリシアの一喝に、ローザは我に返り、カバンからA4くらいの大きさの上質紙、羽根が付いたペンを取り出してゆっくりテーブルに並べ始めた。

アリシアは焦れたのか、ひったくるように受け取ると椅子に座り、ガリアが差し出したインク壺に羽根ペンを入れ、紙にサラサラと何かをさらさらと書いた。


「ガリア、これを遣わす。おぬしは今日から、わらわの騎士じゃ!これからはわらわの指示に従って、隊商たちを護衛せよ。そのための扶持は追って遣わす。」


「な、なんと!また、我らを騎士に戻していただけるのですか?な、なんと有難き幸せ。感涙に堪えません。」

ひざまずいたままのガリアは頭を下げ、アリシアから渡された紙を両手で押し頂いた。


ありがたがってるけど、あの紙には何が書いてるんだろ?まあ、この世界の文字は読めないだろうけど…あれ?読めるぞ!


「ガリア・ウォルフガング、この者を公王女にして治安大臣であるアリシア・サザランド麾下の騎士団隊長に任じ、街道の警備を委嘱する…」


ガリアが押し頂いた紙を覗き込みながら、思わず書かれた文字を口に出すと、アリシアがガバッとこちらを振り返った。その顔には驚愕の色が浮かんでいる。


「おぬし…、字が読めるのか?」


「はい、まあ…。」

字が読めるぐらいで大げさな…。そう思ったけど、ローザとガリアも驚いたような顔をしている。もしかしたらこの世界では識字率が低いのかもしれない。


「ふむ…。意外に育ちがよいのかのう…。読むだけではなく、書くこともできるか?」


「はい。たぶん…。」


「じゃあ、わらわが書いたこの任命状を書き写せ!控えが必要じゃからな。」


知らない文字だけど書けるかな?アリシアが差し出した羽根ペンを受け取り、ローザが広げた真新しい紙に向かって座る。頭の中の映像を再生してみる。よし。いけそうだ。一気にペンを走らせる。


「はっ?」


「えっ?」


「うそっ…。」


周りから感嘆のため息が聞こえる。いつものことだ。気にせず書き上げてしまおう。


「できました。」


アリシアは私が差し出された紙と、さっき自分が書いた委嘱状を見比べながら目を見開いている。


「おぬし…、さっき原本を一切見ずに書き上げなかったか?しかも一言一句間違っていない…。しかもわらわの筆跡にそっくりじゃ……。」


「はあ、まあ、そうですね…。」


自分の記憶力、特に映像記憶能力が飛びぬけて優れていることは自覚している。

文字でも何でも、少し見れば写真のように記憶し、時間が経ってもまったく同じものを再生できる。ちなみに学生時代の得意技は教科書一冊の丸暗記。だから原本を見ないでそっくりの控えを作るなんて朝飯前だ。


「その年で読み書きできるだけでもすごいが…。おいっ!ガリアッ!」


「ハッ!」

アリシアの前にひざまずくガリア。


「この子どもは拾い物かもしれないぞ!おぬしに預けるから、使ってやれ!」


「ハハッ!おおせのままに!」


突然の話に戸惑ったけど、すぐに気づいた。もしかしたらいい話かもしれない。このまま知らない世界に投げ出されたら野垂れ死ぬ可能性が高い。

だったら、ここにしばらく滞在してこの世界に慣れた方がいい。

それに、あのガリアって人は部下思いで、男気があって仕え甲斐がありそうだ。身分も山賊改め騎士団の一員ってことだろうし、悪くはない。


「よろしくおねがいします。」

素直に頭を下げ、運命を受け入れることにした。



「それでは、ガリア、隊商の警護の件は追って使いを寄越す。よろしく頼むぞ。」


「ハハッ…。」


用を終えて城へ帰るアリシアとローザを見送るため、一緒に小屋を出た。


さっきと同じように、ガリアの手下が二列に整列している。片側に16名、反対側に17名…。あれっ?おかしい。さっきは32名だったぞ。


「ガリアさん、手下は何名ですか?」


「うん?33名だ。お前を含めてな。」


その言葉に列に並ぶ男たちの顔を見渡しながら、入って来た時の記憶と照らし合わす。


「あいつか…。」


向かって左側の列の一番端にいる貧相な銀髪の男、あいつは、さっきはいなかった。

アリシアはそんなことに気づかず、列の間を颯爽と歩いていく。


「アリシア、あの…。」


アリシアに不審な状況を伝えようと駆け寄った時だった。列の端にいた貧相な男が飛び出した。


「あぶっ…」

そう言いかけた時だった。突然首根っこを引っ張られ、そのままアリシアの前に突き出された。目の前には、ナイフを煌めかせながら駆け寄る男の姿…。


「ぐふぅ!」


貧相な男は僕にナイフを突き立てた。

そして、あっという間にガリアの手下に取り押さえられた。男はそのまま泡を吹いてこと切れた。どうやら毒を飲んだようだ。


「どういうことだ!なぜ曲者が紛れ込んでいる!」と、ガリアが張り上げた怒声に「す、すみません…。親分達が小屋に入った後に、アリシア様の護衛であると言ってたので、つい砦に入れてしまって…。」と門番のゴリラが恐縮して土下座している。まるで、反省したニホンザルのようだ。


いや、そんなことよりも僕はどうなったんだ?

確かに刺されたはずだけど…。おそるおそる自分のお腹のあたりに視線を下ろすと、お腹側に回しておいたリュックにナイフが突き刺さっている。

どうやらリュックの中身に遮られてナイフの刃がお腹までは届かなかったようだ。


「おっ、まだ生きているのか?しぶといな。それにしても、どうしてあの男が刺客だとわかった?」僕の頭の上で、アリシアがニヤニヤと笑っている。


「この砦に入ってきた時、手下は32名でした。小屋から出た時は33名。入って来た時に手下の顔を全員記憶したので、見覚えのない男が怪しいと判断しました。」


アリシアは目を丸くして「ほ~う、なかなか目ざといではないか」とつぶやくと後ろに控えていたガリアを振り返った。


「ガリア!気が変わった。こいつはわらわが貰っていくぞ!城で使ってやる。」


「おおせのままに…。」

ニヤリと笑うアリシアとひざまずくガリア。


さっき、アリシアは僕を盾にした。

あれ、たまたまリュックがあったから助かったけど、あれがなかったら普通に死んでたよな。こんな他人の命をためらいなく使い捨てにする奴よりも、部下思いで男気のあるガリアの方がずっといい。


だけど、この様子だとここに残るなんて言っても絶対に許されないだろう。

観念するしかない。またパワハラ上司に仕えるのか…。


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