第2話 サザランド公国建国史
山中で出会った謎の女性二人組の背中を追いかけながら、僕はようやく自分を取り巻く状況がおかしいことに気付き始めていた。
アリシアとローザの二人は、明らかに僕を子ども扱いしていた。
それだけじゃない。
前を歩く女性2人は見上げるように大きいし、歩幅も私よりずっと広い。周りの木々も道もずっと大きく感じる。
間違いない!僕の体がまるで子どもように縮んでしまっている。
しかも、さっきの二人の話もおかしい。
まるでここが日本じゃないみたいな話をしていた。
たしかサザランド公国と言っていたか?世界に200近い国があるけど、そんな国名聞いたことがない。
……もしかしたら、まったく別の世界に転生?転移?してしまった?それで体が子どもになってしまったってことか!
到底現実だとは思えない。受け止めきれない。
だけど、目の前にある事実から目を逸らすべきじゃない。ここで生き抜くためには、まずは状況を正確に把握しなくては……。
「あの、質問してもいいでしょうか?サザランド公国とはいったい……。」
前を進む二人の背中におそるおそる声を掛けると、背の高い栗色の髪の女性、ローザが振り返り睨みつけてきた。
「貴人に直接質問するなど、なんと無礼な!控えなさい!」
「よいよい、まだ子どもではないか。どれ、わらわが教えてやろう。」
アリシアはローザを手で制すと、歩きながら手招きして僕を横に並ばせた。
「まずこの国の国名はサザランド公国。わらわの父がローデシア王国の公爵として封じられた領地でもある。」
「封じられたということは、ローデシア王国の一部ということでしょうか?」
その言葉に、アリシアはニヤリと笑った。
「なかなか勘がよいではないか。そう。たしかにサザランド公国は東のローデシア王国の一部であった。20年前に西のルーシー帝国の侵攻を受けるまでだがな。その時は父上も、領民もみんな武器を持って立ち上がり、必死で帝国に抵抗した。ローザの父君も帝国との戦争で命を落としたのであったな?」
「はい…。」
アリシアは、軽く微笑みながらなんでもないことのように話しているが、ローザは顔をしかめながら悔しそうに唇を噛みしめている。
「それで、帝国からの侵攻を払いのけてサザランド公国の独立を守ったと?」
「フフッ……ここからが笑える話だ。強大な帝国の武力の前では、我々の剣など蟷螂の斧だ。しかも王国の一部であったにもかかわらず、王家や他の貴族からの支援はほとんどなかった。城を落とされた我々は山野に潜み、ゲリラとして帝国兵と戦い続ける以外に選択肢はなかった。まだ幼な子に過ぎなかったわらわも、戦乱を避けて騎士とともに、この森の奥に潜み剣を手に取った……。」アリシアは遠い目をしている。
「結局、戦乱は泥沼化し、辟易したルーシー帝国は10年前にローランド王国と休戦協定を締結した。帝国はサザランド公爵領を征服することはあきらめたが、無理やり王国から独立させ、属国のようにしようとしている。それがサザランド公国の建国史だ。どうだ、滑稽で笑える話だろう?」
アリシアは口に手を当てて、クックックと忍び笑い始めた。
「すみません…、どこで笑ったらよいのかわからないのですが…。」
アリシアは笑うのを止めて僕をまじまじと見つめてきた。
「ほう…なかなか正直だな。では、もう少し説明してやろう。心ならずも独立したサザランド公国の国土は猫の額のように狭い。1日、2日も歩けば端から端まで届いてしまう。しかも狭い国土のほとんどは樹海に覆われ、農耕できる土地はわずかしかない。そもそも住民も2000人ちょっとしかいない。どう思う?」
「到底、国として独立できる規模ではないですね。せいぜいが小さな村といったところでしょうか。よく国として成り立ちますね。」
ふと影が落ちてきたので、見上げるとローザが目を吊り上げて手を振り上げていた。殴られると思ってギュッと目を閉じると、アリシアがローザを目で制した。
「そのとおりだ!我が国は貧しい。この狭い国土では、自給自足できるだけの食糧生産すらできない。主要な産業と言えば密貿易だ。敵対する帝国と王国が表向きは交易できないから、両国の商人が我が国を通して密貿易をしている。父上はその密貿易を取り締まるどころか、目こぼしの賄賂を受け取って、それでなんとか国家財政を成り立たせている。領民は領民で、山賊になって密貿易をする商人を襲って何とか糊口をしのぐ。これが我が国の実態だ。」
「……。」
「だから、お前は山を降りたらすぐに王国か帝国へ行け!この貧しい国にはみなしごを養う余裕などない。せいぜいが山賊にさらわれて奴隷として売られるのがオチだ。」アリシアはそう言い捨てるとフッと自嘲気味に笑った。
どうやら僕はとても貧しい国へ転生してしまったらしい。
アリシアに言われるまでもない、異世界で身寄りのない僕が生き抜くためには、すぐにこんな国から逃げ出すべきだ。ここにいても食い扶持を見つけることすらできないだろう。
「……ご助言、ありがとうございます。ところで、今はどこに向かっているのですか?帝国か王国への国境の方へ向かっているのでしょうか?」
どちらに向かっているかで、今後の僕の運命は変わるのかもしれない。せめてどちらに向かっているのか知っておきたい。
「どちらでもない。これから向かうのは山賊のアジトだ。」
驚く僕を見ながら、アリシアは満足そうにニヤリと笑った。




