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第28話 黒幕

 アリシアが王国との通商・経済開発協力条約に署名するため宮廷に登庁したこの日、僕は随行せず、一人大使館の隅にある自室に籠っていた。


 魔道兵器を開発するよう求めるユーキからの矢の催促を避けるため、アリシアの助言に従って仮病を使っているからだ。


 悲願の条約調印という晴れの舞台に同席できないことは残念だけど、背に腹は代えられない。


 あきらめて帰国に備えた荷物の整理を進めていると、外から馬のいななきが聞こえ、続いて、叩きつけるように勢いよく扉が開く音がした。


 アリシアが帰って来たのかな?


 そう思う間もなく、ダダッと階段を駆け上がる気配がして、続いてドンドンドンッと僕の部屋の扉が激しく叩かれた。


 慌てて扉を開け廊下に出ると、目を吊り上げたアリシアが立っていた。ぜえぜえと肩で息をしている。


「……アリシア様、どうされました?すぐにお水を…。」


 水差しとコップを取りに部屋の中へ戻ろうとすると、肩を掴まれた。


「どういうことじゃ!わらわ達は公国へ帰れなくなったぞ!」


 そのまま両手で胸倉をつかまれ、部屋から引き出され廊下の壁に押し付けられた。


「お、落ち着いてください…。どうして?なにがあったんですか?」


「わらわはアンリと本当に結婚する羽目になったぞ!どうしてくれる?貴様が言い出したことだぞ!」


「ええっ?」


 混乱しているのか、アリシアの説明は要領を得なかった。

 ただ、まとめるとどうやらこういうことらしい。


 本日午前、宮廷に登庁したアリシアは、予定通り『鏡の間』で通商・経済開発協力条約に署名した。


 そして、署名した条約は議会に回付されて議論されることとなり、アリシアはティールームに移って王妃様、そしてアンリ王子とともにお茶を楽しみながら批准を待った。


 そして、首尾よく批准決議が成立したと連絡を受けた時に事件は起きた。


 アリシアが、公国においても条約の批准を受けるため、条約を持って公国へ帰ると伝えると、いきなりアンリ王子がひざまずき「アリシア公、私と結婚していただきたい」とプロポーズしてきたのだ。


 アリシアは急展開に面食らったが無下に断るわけにもいかない。


 貴人の求めを拒否することがいかに失礼であるかは、アリシアもよくわかっている。


 だから「わ、わたくしの気持ちはともかくとして……殿下とは年も離れており、身分も違います。きっと王妃様も別のお考えでは…」と言葉を濁しながら、さりげなく王妃様に判断を委ねた。


 すっかりアリシアの色香に目がくらんでしまったアンリ王子はともかく、王妃様はこの国の摂政として、それ以前に王子の母として冷静に判断して止めてくれるであろう。王国の王位継承者が、こんな10歳も年上の小国の公王太子を娶ることを許すなど絶対にあり得ない。


 しかし、王妃様の言葉はまったく意外なものだった。


「アンリが、王子として将来を添い遂げるただ一人の相手として、アリシア公を心に決められたのであれば、この国の摂政として、そして母としてそれを許さないわけにはいかないでしょう。お二人の婚約を裁可いたします。」


 この瞬間、アリシアとアンリ王子の婚約が正式なものとして決まってしまった。そして、この話は控えの間で聞いていた秘書官を通じてすぐに関係各部署へ伝達され、今ごろは決定事項となっているに違いない。


「ど、どうしてくれるのじゃ!わらわは公国へは帰れぬのか?あの、まだ尻の青いアンリと結婚して一生添い遂げねばならぬのか?」


 アリシアは興奮しすぎてめまいがしたのか、頭に手を当てて、よろよろとふらつき始めた。

 僕は慌てて手を引いて、アリシアの部屋へ運び、ソファに横になってもらった。


「……いったいなんでこんなことに…。」


 アリシアの部屋を出て、うつむきながら扉を後ろ手で閉めていると、「大変だったみたいやな~」と声を掛けられた。顔を上げるとそこにはニヤついたユーキがいた。


「アリシア様が正式にアンリ王子と婚約されたんやってな。またお祝いさせてな。」

 ユーキは目を細めて恭しく頭を下げた。


「ありがとうございます。でも、アリシア様は今はお加減が悪いようなので、ご挨拶はまた後で……。」


 しかし、ユーキは微笑んだままゆっくりと首を横に振った。


「お祝いしたいのは、自分に対してやで。これで公国へ帰らなくて済んでよかったな~。」


「えっ?」


「知らんの?この国の王族は、議会の承認を得なければ外国に行くことはできないと法律で決まっているんやで。正式にアンリ王子の婚約者となった以上、アリシア様も王国を出ることはできないっちゅうことや。ほんで、アリシア様の秘書官であるカガミもずっとこの王国にいられる。よかったやん。これからはずっと王国で、俺と一緒に魔道兵器の研究に専念できるな。あかんで。ビジネスパートナーに黙って勝手に公国へ帰ろうなんて。そんなん許さへんよ。」


「なんでそれを…?そのことはアリシア様との二人だけの秘密だったはずなのに…。」


「本当に二人やったん?」


 ハッと気づき、廊下の脇に視線を移した。そこには壁際で気配を殺して佇むローザがいた。

 僕がキッと睨みつけると、さっと顔を背け、早足で逃げ去っていた。


「自分、うかつやったな~。あんな色ボケしたおばちゃん、適当な若い男をあてがえば、落とすのなんか簡単やで。アリシアと自分が何を企んどったかなんて、この西の名探偵には全部お見通しやで!」


 ローザは役立たずだけど、アリシア様への忠誠心だけは疑いようがないと思っていた。

 だけど、まさかハニートラップに引っかかってスパイになっていたとは…。


「それから、ついでに教えてといたるわ。アリシア様とアンリ王子の婚約も全部俺がお膳立てしたんやで。自分は、自分の策略がうまくいったって勘違いしとったみたいやけど、実は俺が官吏や女官を買収してあることないこと吹き込んで、王子を誘導したんや。単純なおぼっちゃんやから簡単やったよ。あいつん中では、アリシアはどんな理想の女になってんのやろな~?結婚したらそれが全部虚像だったってバレてまうやろけどな。そん時は王子さん、どんだけ驚くんやろな。」


 ユーキはニヤニヤ笑いながら、アンリ王子とアリシアへの不敬な態度を隠そうともしない。


「…そんでタイミングを見計らって、自分を通じて、何とかアリシアもその気にさせたんや。あの英雄気取りの獰猛な女は、恋愛なんて興味ないだろうから、外交に絡めて自分から説得してもらったんや。その後も貴族たちを買収して、うまくおだててもらったりして色々大変やったよ。わかるか?自分らは全部俺の手のひらの上で踊ってたんやで。」


 ユーキはおかしくてたまらないといった表情で、クックックッと肩を揺らして忍び笑いを始めた。


「なんで、そんなことを…?」


「ああ、最初はブランシェ様に頼まれたからやで。ブランシェ様は、純粋にサザランド公国を支援したいと思ってるからな。婚約はともかく、アリシア様と王族との関係が深くなれば、公国にとってプラスになるから助けてやって欲しいと言われたんや。だけど、途中からは違う。自分を手元に置いておきたかったからや。自分の力があれば、どんな魔道具だって複製できる。魔道兵器を大量生産すれば強大な力を得られる。そんな力が手に入るチャンスを逃すわけないやろ!自分には、ずっとこの国にいて、俺のために働いてもらわんとな!」


「い、いや、いやだ。兵器なんて作らない。」


 意を決した僕の言葉に、ユーキの表情がさっと一変し、冷たい目で睨みつけてきた。


「なに言うてんの。もう自分は逃げられへんで。これまでのことで十分にわかったやろ?自分と俺では役者が違うんや。自分がいくら嫌だといっても、無理やり言うことを聞かせる方法はいくらでもあるんやからな~。」


 ユーキに凄みに僕は「うぐっ」と言葉に詰まるしかない。


「フフッ…。自分にとっても王国にいた方が幸せやろ?ほれ、自分が望むだけの金も払ったるで。黙って魔道兵器の複製と量産に協力すれば、あっというまに大金持ちになれるやん。しかも、自分は次期王妃のお気に入り。宮廷での出世も思うままやん。なんや、うらやましなってきたな~。公国で木の根っこのような硬いパンを食べて貧乏暮らしするよりも、王国で大金持ちになって出世して、王侯貴族のような贅沢な暮らしをする方が絶対ええやろ!ハハッ!」


 ユーキは僕の肩をぽんっと叩いて、軽く笑いながら歩き去って行った。


 廊下に一人残された僕は途方に暮れて悄然と立ち尽くすしかなかった。


 しかし、同時に胸の中にふつふつと闘志が湧いて来るのも感じていた。


 そっちがその気なら、こっちも手段を選ばない。何が何でも公国へ帰ってやる!


 ユーキと勝負して出し抜けるなんて、まったくイメージがわかない。


 だけど、やるしかない!


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