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第27話 帰国

 本格的な冬が近づいて来た十一月。


 首府パリスは華やかな空気に包まれ始めていた。

 この世界にも十二月にクリスマスのような祝祭日があるらしく、気の早い人々により家々がきらびやかに飾り付けられ、街を歩く人々もみんなどことなく浮かれた顔をしている。


 そんな中、ただ一人だけ、僕の心だけが深い沼の底に沈みこんでいた。


「貴様大丈夫なのか?顔が真っ青だぞ。」


 いつものように執務机の前に立ち、半分うわの空でアリシアの指示を聞いていると、アリシアも僕の異常に気付いたようだ。


「いえ…あの……大丈夫です。」


 口では大丈夫と言ったけど、僕の心はまったく大丈夫ではない。


 宮廷に行けば、僕の策略のせいでアンリ王子への恋が破れ、悲嘆に暮れるジャンヌの顔を見るのが辛かった。


 大使館に戻ってくるとユーキから早く魔道兵器の複製や紋様の下絵を早く作るように急かされた。


 断り切れず少しずつ進めているけど、これが完成してしまえば兵器が量産され、僕のせいで何人の人が死ぬことになるのだろう?


 そう思うと無意識に作業が遅れ、焦るユーキからの催促にさらに苦しむ…毎日その繰り返しで逃げ場がなかった。


「体の具合でも悪いのか?」


 思わず耳を疑って顔を上げると、アリシアが心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでいた。


 アリシアがこんな優しい言葉をかけてくれるなんて初めてだ。でも、この人なら僕の気持ちをわかってくれるかもしれない。


 そう思ってしまった瞬間、涙がこみあげてきて止まらなくなった。しかも気づけば腰から崩れ落ち、床にへたりこみ子どものように声をあげて泣いていた。


「そうだな…。貴様はまだ子どもだったな。すまんな。いつも、つい頼りにしてしまって…。何があった?わらわに話してみるといい。」


 アリシアの優しい表情に誘われるように、僕は洗いざらいすべてを話した。


 ユーキに頼まれて魔道具の複製をしたらそれが極めて殺傷能力の高い魔道兵器だったこと、その量産に協力するよう強く催促されていること、でも、そんなことをしたら戦争でこれまでとは比べ物にならないくらいたくさんの人が死んでしまうこと、それから僕の思い付きのせいで、これまで優しく親切にしてくれたジャンヌから、ずっと想いを寄せていたアンリ王子を奪うことになってしまったこと…僕は懺悔するかのようにうなだれながら、涙声で訴えた。


 アリシアは腕を組みながら、告解を聞く神父のように目を閉じて、僕の話を黙って聞いてくれている。


「……よし、わかった。じゃあ一緒にサザランド公国へ帰ろう。」


 僕の話を聞き終わり、目をくわっと見開いたアリシアの口から洩れた言葉は予想だにしないものだった。


 僕は話について行けず、床にへたりこんだまま呆然と彼女を見上げるしかできない。


「まず、魔道兵器。たしかにわがサザランド公国にとっては由々しき問題だ。きっとそれが戦場に投入されたら、真っ先に使われるのは王国と帝国の間にある我が国だ。そして貴様の言う通りなら、戦場となる我が国は草木も生えないくらいの焦土となってしまうだろう。なぜそんな大事なことを黙っていた?」


「ずっ、ずびません……。」


「もうよい。貴様、しばらく病気になって自室に籠っておれ。そうすればしばらくは時間を稼げるだろう。」


「はい…。」


「それからジャンヌ…という娘の件だが…。」


 僕は首をすくめながら次の言葉を待った。


 思わず話してしまったが、きっと現実主義者のアリシアのことだ。そんな小娘の恋愛話など知ったことかと、鼻で笑われてしまうに違いない。


「その件はわらわも心苦しく思っている。いかに公国の外交のためとはいえ、そんな年端もゆかぬ小娘の心を苦しめていたとはな…。」


 顔を上げると視線の先のアリシアの表情は沈鬱そうに見える。


「ただ、安心するといい。公国と王国の条約は、明後日調印される予定じゃ。その日の午後には議会でも批准されるであろう。そうしたら、わらわは公国へ戻る。もう王国へ戻ってくることはないであろう。その後は、その小娘の努力次第じゃが、うまくやれば元のさやに納まるのではないか?」


「えっ?アリシア様、このままアンリ王子と結婚されるんじゃないんですか?」


 僕の驚きの表情に対し、アリシアは嘲笑するような顔で「ハッ!」と鼻で笑った。


「馬鹿を申せ。次期公王であるわらわが王子であるアンリが結婚したら、誰が公国を治めるのじゃ?」


「しかし、このまま王子と結婚して、次期王妃となれば、この王国で文化的で豊かな生活ができますよ。その方がアリシア様にとって幸せじゃないですか…?」


「馬鹿を申せ!」


 同じ言葉だったが一転して厳しい声色だった。表情も厳しくなっている。


「わらわはサザランド公国の王族として生まれたのじゃ。この身はすべて公国のためにある。わが身の幸せのために、公国を犠牲にしてよいなど一耄も考えたことはないわ!!」


 あまりの迫力に「す、すみませんでした…」と恐縮すると、アリシアが表情を緩めた。


「それにアンリは10歳近くも年下なのだぞ。わらわからすれば、アンリも貴様と同じくらいの子どもにしか見えぬわ。子どもは子ども同士で仲良くすればよい。邪魔者の大人はさっさと公国に立ち去ることにするかの。明後日の条約の批准が終わったらすぐにアンリと王妃に暇乞いをしてくる。貴様はローザと帰国の準備をしておけ。年内には公国へ帰るぞ!」


 アリシアの言葉に未来への光が見えた。アリシアの言う通りになればすべてうまく行くかもしれない。一気に心が軽くなった。


 しかし、そんな希望を感じられたのは、ほんのわずかな間だった。


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