第26話 死の商人の誕生
観劇の翌日になっても、僕の頭からジャンヌの泣き顔が離れなかった。
いくら外交交渉を成功させるためとはいえ、アンリ王子の恋心をもてあそび、そのアンリ王子に心を寄せるジャンヌにあんな悲しい顔をさせてしまった…。
さっきから馬車の外の景色をぼんやりと眺めながら、ずっとそんなことをぐるぐると考え続けていた。
「カガミ、大丈夫?やっぱり疲れてる?」
向かいの席に座るユーキが心配して優しい声を掛けてくれた。
今日はユーキの誘いで、郊外の温泉地にあるブランシェさんの別荘へ向かっている。
外交交渉の調整、アンリ王子とのデートの手配、取り巻きの貴族達の応接など、アリシアに顎で使われて忙しく駆けまわっている僕を心配してくれて、気分転換のために別荘で静養したらどうかと誘ってくれたのだ。
連れて来たもらった別荘は豪華……というよりも侘び寂びが感じられる趣深さがある。
もちろん洋館だけど静寂と陰影ある空間が、どことなく由緒ある和風旅館を思わせる。
昔、プロ棋士になった友達がタイトル戦に出た時に使われた会場もこんな趣のある感じだった。
一緒に日帰りで会場を訪れた当時、まだ離婚前の妻と、いつかこんなホテルに泊まってみたいと話していたけど、その夢が叶ったみたいだ。少しずつ気分が上がってきた。
「ユーキ、連れて来てくれたありがとう!でも、僕だけでよかったの?アリシア様をご招待した方がよかったんじゃない?」
「ああ、大丈夫。今日はカガミのためにこの場所を手配したんだ。気分転換にもなるだろうし、ほら、1か月かけて作ってもらった例の魔道具があっただろ?あの試運転もしてみたくて。」
「ああ、あれか…。うまくコピーできたかな……。」
ユーキの言葉に、僕はプレッシャーで脇腹に差し込む痛みを感じた。
ジャコバン商会の支援を受け魔道具の研究を始めてから数か月、僕は自慢の記憶力をフルに使って、ユーキが持ってくる魔道具を次々とコピーすることに成功した。
ヒーターのような温熱が出る魔道具、冷蔵庫のような冷気が出る魔道具、放電する魔道具……そんなものを次々と複製していく中、1か月前にユーキが持ってきたのが、あの大型の魔道具だった。
ユーキはそれがどんな魔道具なのか教えてくれなかった。
だけど、封印を少しだけ剥がして紋様をちらりと見たら、これまでとは難易度が段違いであることがはっきりわかった。
その紋様は、単色ではなく黒、金、銀など複数の魔鉱石の染料で描かれ、細かい模様が規則性なく複雑に絡み合っていた。しかもこれまでの魔道具の紋様はせいぜいB5用紙くらいの大きさだったのに、今回は毛布くらいの大きさがある。
しかもユーキは「この魔道具は、ある有名な魔導士が半生をかけて作り上げた貴重な代物。裏から手を回して何とか手に入れたけど、かれこれ金貨20万枚以上払ったんだ。でも、お金を払っても、もう二度と手に入らないかもしれない」と尋常じゃない圧をかけてきた。
ちなみに金貨20万枚はサザランド公国の国家予算を優に超えている。
そんな高価で貴重な魔道具をコピーするなんて身に余る大役に腰が引け、僕は躊躇して断ろうとした。
だけど湧き上がってくる好奇心が抑えきれず、しかもユーキの「こんなこと、この世界でカガミにしかできない」という言葉にもプライドをくすぐられ、気づけばその魔道具の封印を剥がしていた。
僕は紋様が揮発して消えるまでの数秒間、必死でその複雑な紋様を目に焼き付け、次の日から1か月間、記憶を頼りにそれを魔布に再現する作業に没頭した…。
「さっそくここで試してみようか……。」
山荘に荷物を置き、すぐに連れて来られた場所は、眼下に川が流れる開けた岩場だった。
ユーキは魔道具を持って何も言わず50mくらい先の河原に下りて行った。
遠いし、大きな岩に遮られて、ユーキが何をしているかまったく見えない。
だけど、きっと僕がコピーした毛布のような魔道具を河原に広げているのだろう。なんであんな遠くに?
僕は、まだその魔道具がどんなものかわからない。
ユーキにも教えてもらっていない。
だけど、あれだけ高価な魔道具なのだ。
料理を温めたり冷やしたりとか、そんな生活家電みたいな代物ではないはずだ。
もしかしたらジャンヌが言っていた空飛ぶ絨毯だろうか?
もし失敗していたらどうしよう。
金貨20万枚なんてお金、僕には一生かかっても払えない…。
再度こみあげてきた不安が胸を押し潰し、吐き気も感じ始めた。
そうこうしているとユーキが戻って来た。
手には束ねられた長い銅線を引きずっている。
どうやらその先端は岩の向こうの河原に置かれた魔道具につながっているようだ。
それからユーキは、銅線のもう一つの端を小さな箱型の魔道具とつないだ。
こっちの魔道具も僕が複製したものだ。
スイッチを押せば電気が流れる仕組み。
銅線をつないで、あの魔道具に電気を流すってことかな?
「さあ、やってみようか。カガミの腕前やいかに…だね。」
ユーキがニヒルな表情で笑いかけてきたけど、僕は引き攣った笑いしか返せなかった。
「大丈夫だよ。失敗してもカガミを責めたりはしない。じゃあ、そこの岩陰に入って、それから始めようか。カウントダウンいくよ…。」
「10、9、8…」と数を減らしていく声を聞きながら、僕は目を閉じ手を合わせてただ祈った。
「3、2、1、0」
カウントダウンが終わり、隣からトンッと取っ手を引くような音が聞こえた後、急に腹にドンッと衝撃を感じ、地面が揺れ、次の瞬間、耳がキーンとして何も聞こえなくなった。
遅れて、パラパラと空から雨のように水が降ってきた。
おそるおそる目を開き、魔道具を置いたあたりにあった大岩を探してみた。
でも目当ての岩は見つからない。代わりにそこに隕石が落下したみたいな大きなクレーターができて川の流れを変えていた。
「やった!やったでカガミ!大成功や!いや、思てた以上の威力や!すごいやん!まさか稀代の天才魔導士が半生を費やして開発し、その危険性のあまり自ら封印した魔道兵器の複製に成功するなんてな!これでこの世界の戦争は大きく変わるで~!」
隣で飛び上がりながら、関西弁で喜ぶユーキを見ながら、僕は呆然とすることしかできない。
実はこの世界には火薬はない。
爆弾やダイナマイトのようなものもない。
帝国は王国よりも工業化が進んでいたけど、そこでも火薬はまだ発明されていなかった。
銃はあるけど、威力の弱い空気銃。
大砲もあるにはあるけど、ペットボトルロケットのような仕組みで砲弾を飛ばしている。
それが一足飛びにあんな威力の強い爆弾のような兵器を作り出すとは……。
魔道兵器でできたクレーターを観察してみると、地面が深くえぐられ、湯気が立ち上っている様子が見えた。
深くて底が見えないけど、温泉でも掘り当てたのだろうか?TNT爆弾並み、いやそれ以上の破壊力だ。
「あん程度であの威力!もっと大きくすれば、もっともっと威力が強くできるはずや!ほんま、自分すごいな~!」
ユーキに平手で叩かれた背筋がブルっと震えた。
あの魔道具は毛布程度の大きさだった。
それでもサザランド公国のお城くらいだったら半壊させるくらいの威力はあるだろう。
紋様を大きくすれば威力も増すとしたら、いったいどれだけ大きな殺傷能力がある兵器になってしまうのだろう…。
「あの魔道兵器を応用すれば地雷や機雷も開発できるんちゃう?大砲にも応用できるかもなあ~!」
えっ?地雷?機雷?大砲?
思わず隣のユーキを見上げると、見下ろしてきた彼と目があった。
「カガミ、なんで俺がそんな兵器を知ってるんか不思議なん?教えたるわ。俺も自分と同じ。日本から転生してきた。」
「やっぱり……。」
僕とユーキは見た目が似ているだけじゃない。言葉の端々から21世紀の日本から来たと匂わせるものがあった。これまで頑なにユーキは認めなかったけど。
「最初は現代科学の知識を使って、この世界で無双してやろと思てたんや。特にこの世界の武器は原始的やしな。剣とか槍とか、あとはおもちゃみたいな空気鉄砲しかないし、現代の武器を持ち込めば、すぐにこの世界を制覇できるはずやった。せやけど、この世界にはどこ探しても火薬がない。石油も石炭もない。エネルギーは木炭か魔鉱石なんて不可思議なもんしかない。」
ユーキは興奮しているのか、僕に構わず一人で語り続ける。
「じゃあ魔鉱石を動力にして工業製品の発明でもして一儲けしたろうかと思っとったら、魔鉱石からのエネルギーの取り出し方はすべて魔導士が独占して門外不出なんて言いよる。けち臭いな~。せやから、せっかくの現代科学の知識がまったく使えんで、ずっと商家の執事なんて立場に甘んじざるを得んかった。せやけど、カガミ、自分がいれば違う!自分が魔道具をどんどんコピーして、俺が現代科学の知識でそれを発明に応用すれば、科学の力でこの世界を無双できるやん!素晴らしいと思わん?」
ユーキは両手を広げながら、僕に満面の笑みを浮かべて来た。
「そんな……。」
「手始めにさっきの魔道具を量産しようや。カガミ、紋様の下絵を書いてくれ。人を集めてそれを魔布に模写しようや。いや、活版印刷の方がええかもしれへんな!他の魔道兵器もどんどんコピーして大量生産したろうや!これで魔導士の時代は終わり。革命の始まりや!武力でこの世界を征服したろか?武器商品として大金持ちになってもええな~!」
ユーキは両手を広げ、天に向かって高笑いを始めた。まるで既に天下をその手にしたかのように。
ユーキの提案は僕にとっても魅力的かもしれない。ユーキの言う通りにすれば、僕もこの世界で大金持ちになれる。だけどそんなことをしたらどうなる?
少なくとも帝国と王国の戦争は悲惨化し、間に挟まれたサザランド公国はどうなってしまうだろう?
あそこに住んでいるみんなはどうなる?
脳裏にアリシア、ソーニャ、ガリア、サンドラなど、親しかったサザランド公国、そして帝国の人々の顔が浮かび、自分がしてしまったことへの罪悪感で心が圧し潰されそうになった。




