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第25話 乙女の恋心

 王国の短い夏はすぐに終わり、季節が進んで秋が始まっていた。


 王国の秋と冬は議会の季節である。議員である地方の有力貴族達が領地から首府パリスに集まってくる。


 貴族が集まるこの季節は社交シーズンでもある。


 毎昼毎夜、貴族やその奥方様、ご令息、ご令嬢たちが宮廷や邸宅に集まっては、お茶会やら音楽会やらダンスパーティーやらに興じている。


 そんな社交界の今シーズンの話題の中心は、間違いなくアリシアだ。


 本来ならば貧乏な小国に過ぎないサザランド公国の王族など、プライドが高く格付けに敏感な王国の貴族たちには相手にもされなかっただろう。


 しかし、彼女は今やアンリ王子の最愛の恋人。


 しかもアンリ王子の結婚相手の選定はアンリ王子の意思が尊重されることになっている。


 だから、アンリ王子が大ファンだと公言し、いつも側に侍るアリシアが次期王妃の最有力候補であることは、もはや衆目一致するところだった。


 そんなアリシアとアンリ王子は、今日は一緒にオペラハウスを訪れていた。


「アリシア、さあ行こう。足元に気を付けて!」


 アンリ王子は紳士的にアリシアの手を取って馬車から降ろすと、そのまま二人で腕を組んで、絨毯の上を貴賓室へと歩みを進める。


 オペラ観劇に来た観客が二人の姿に気づき、王子とその恋人を一目でも見ようと思ったのか、あっという間に二人を取り囲んだ。護衛の兵士も群衆を押しとどめるのに必死だ。


 群衆からは、ため息とともに「美しい…」「なんて素敵なの」という声が漏れ聞こえた。


 今日のアリシアはパーソナルカラーの赤に彩られている。

 真紅のナイトドレスに薄いレースの手袋。首元には真珠のネックレス。


 結い上げられた髪にもルビーが輝く櫛で飾られている。


 すべてブランシェさんが用意してくれたものだ。

僕は、いつもの粗暴なアリシアを知っているからバイアスがかかって見えるけど、きっと本性を知らない人から見たら絶世の美女のように見えるだろう。


 僕が思い付きで話したプランーアンリ王子を篭絡するハニートラップ作戦―は、拍子抜けするくらい、あっさりとうまくいった。


 もともとアンリ王子がアリシアに憧れていたこともあるけど、魔性の女ローザが代筆した胸が締め付けられるような恋文攻撃に、うぶなアンリ王子は波にさらわれる砂粒がごとく、あっという間に陥落した。


 そして、アリシアは王子との関係を巧みに外交に利用した。


 はっきり口に出すまでもなく、社交の場でアンリ王子との関係を周りに見せつけるように振舞うと、あっという間に議員やその家族が取り巻きのように集まって来た。


 そんな彼ら彼女らに、あたかもアリシアが次期王妃に決まっているかのような傲慢な振る舞いをして巧みに噂を広めた。


 その結果、アリシアの周りには、さらに次々と有力者が集まり、宮廷で影響力のある一大勢力を築くに至った。


 こうなると官吏たちもアリシアを無視できない。


 これまでアリシアの要求には一切応じられないとの一点張りだった外交部の態度も軟化し、民間主導の貿易や経済開発を振興する通商・経済開発協力条約ならば…と大幅な譲歩を見せるようになった。


 怖いくらいうまく行っている……。


 成功する時とはこんなものなんだろうか?


 僕ははオペラハウスの貴賓室脇の従者控室でオペラの開幕を待ちながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。


「……あら、オチビの秘書官さん。今日はアリシア殿下のお供?」


 振り返るとそこにはジャンヌがいた。


「ジャンヌさんもアンリ殿下のお供ですか?お互い役得ですね。こんな特等席からオペラが見られて。」


 僕が微笑みかけると、ジャンヌは軽く微笑み返してくれたけど、すぐにその顔に暗い翳が差した。


 彼女の視線は、貴賓室の中で楽しそうに談笑するアンリ王子とアリシアの方を向いている。


「アンリ殿下のこと…。忘れられないんですか?」


 僕が思わずつぶやくと、ジャンヌは驚いたような視線を僕に移し「子どもが何言ってるのよ」と力なく笑った。


「私なんかが、そんなこと言うのおかしいわよ。でも……アンリ様とは小さい頃からいつも一緒で、よく一緒に観劇にも行ったな、楽しかったなってちょっと思い出しちゃって…。」


 その瞬間、ジャンヌの右目から一筋の涙がこぼれるのが見えた。何も言えず、黙ってそっとハンカチを差し出す。


「ごめんね。そもそも王子と男爵家の娘。元から遠く離れていたのよね。でも、幼馴染みみたいに一緒に育って、殿下も優しくしてくれたからつい勘違いしちゃって…。馬鹿みたい…。」


 ジャンヌは僕の前にひざまずいた。それから僕のジャケットのボタンを直すフリをしながら、僕の肩に顔を埋め、声を殺して泣いた。貴賓室にいるアンリ殿下には気づかれたくないのだろう。


「ごめんね。僕のせいだ。僕が余計なことしなければ…。」


 僕がジャンヌの頭を抱きしめながら耳元でそっと囁くと、ジャンヌは顔を離し、目を丸くして驚き、それから「おませなことを言って、おチビちゃん。あなたは関係ないわよ」と一言だけ言って、僕の頭をポンと叩いた。


 だけど僕の心は救われなかった。恩人である彼女にこんな苦しめるのが正しいことなんだろうか…。


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