第24話 恋文
今日も僕は憂鬱だった。
執務机の前に立たされアリシアから八つ当たりを受けていたからだ。
「どいつもこいつも、なんでこんなにわからずやなのじゃ!わらわが自ら出向いておるのに無礼が過ぎるぞ!」
アリシアはつい先ほどまで王国の外務大臣との交渉に臨んでいた。
僕は同席しなかったけど、このアリシアの態度を見ればうまくいかなかったことは一目瞭然だ。
「どうしてうまくいかないのじゃ!?仮にも一国の王位継承者たるわらわが頭を下げておるのに、なぜ王国の小役人どもは言うことを聞かないのじゃ?」
癇癪を爆発させたような怒鳴り声に、思わず首をすくめる。
「それは…おそらく王国にとって公国を支援するのに何のメリットもないからじゃないかと……。」
「なにっ?」ギロッと鋭い視線を向けられた。
しまった黙っていられず失言が……アリシアの性格からすると、こうなったらもうごまかせない。腹を括って話すしかない。
「樹海を開発するための支援を受けるプランでしたけど、特に資源があるわけじゃないし、せいぜい木材が採れるだけでしょ。それに王国に見返りがないじゃないですか。もともと王国も食料生産が豊富で余ってるくらいなわけですから、公国の農地拡大を支援する必要もなくて…むしろ公国の農地が広がれば、王国に農作物が輸入されて競合が増えるおそれがあると王国内の農家とかが反対してるんじゃないでしょうか?」
宮廷でジャンヌやシモーネからそれとなく仕入れた情報を伝えると、アリシアは「ウグッ」と呻いてから押し黙った。
「わかった……じゃあ、代案を申せ!」
「あっ、はっ?僕がですか?」
「わらわの案を批判したのじゃ!きっともっと良い案を持っているのであろう?」
アリシアは右の眉だけぴくぴく痙攣し、頬も引き攣っている。
ああ……またこれだ。
アリシアに森で拾われた2年前から何度この怒りの表情を見ただろう。
アリシアはプライドが高くて批判されるのが嫌いだから、意見を言えばこうなることはわかっていたのに、また同じことをやってしまった。学習しない自分も情けない…。
「ほれっ!早く申せ!わらわは時間がないのじゃ!」
眉をピクピク動かしながら、執務机を指先でトントンとせわしなく叩き始めた。
この仕草を見せるアリシアは、僕が何か言うまで絶対に許してくれない。
僕が適当な案を言うと、それを罵倒して溜飲を下げるか、たまに良い案を伝えると「それはわらわも最初から考えていたのじゃ」とか言って自分の手柄にするか…。
いずれにしても何か言わなければ、この激詰めは終わらない。思い付きでもいいから何か言わないと…。
その瞬間、ユーキの言葉が頭をよぎった。
「あの…アリシア様がアンリ王子と結婚されるというのはどうでしょうか?」
言った瞬間に後悔した。
いくらなんでも荒唐無稽が過ぎる。アリシアも虚を衝かれて口をパクパクさせたまま、目を丸くしている。
「……貴様、真面目な話をしておるというのに、わらわを愚弄する気か?」
我に返ったアリシアの表情がみるみる険しくなった。声にも凄みが感じられる。
「い、いえ……違うんです。本当に結婚されるのではなく、その有力候補と目されるだけでよいのです。そうすれば宮廷の官吏たちも、議員たちも次期王妃になるかもしれないアリシア様と、次期王妃候補の出身国であるサザランド公国を軽々しくは扱えないはずです。それを背景に支持を集めれば交渉を有利に進められるはずです。それにアンリ殿下はアリシア様にお気持ちを寄せておられるようですし…。」
しどろもどろになりながらも必死で伝えるとアリシアの表情が変わり、口元が少し緩んだ。
「たしかに、アンリは、わらわにかなりご執心のようじゃのう……。」
「そ、その通りですよ。宮廷でももっぱら評判ですよ。アンリ王子はアリシア様の大ファンだって…。」
「フフンッ…なるほどのう…。」
そう言ってアリシアは執務机から手紙の束を取り出し僕に差し出した。どうやらアンリからの手紙のようだ。
「読んでみよ。」
「えっと…、愛しのアリシア様、初めてお会いできた時、私はアリシア様がまるで天からの…。」
「馬鹿者!声を出して読むな!黙って読め!」
真っ赤な顔をしたアリシアの一喝に首をすくめながら、そこから先は黙って読み進めると、その内容は思わず赤面してしまうくらい熱烈だった。アリシアの勇敢さ、凛々しさ、神々しさを讃える言葉が次々に並び、恋文というよりもファンレターに近い気もするけど、少なくともアンリがアリシアのことを強く敬愛し、崇拝している様子がありありと伝わってくる。
「まだうら若い男子をたぶらかすようで気がひけるが、その気持ちを政治利用させてもらうかのう。おいっ!ローザ!こっちへ来い。」
「はいっ!」
ずっと部屋の隅で、壁と同化しながら気配を消していたローザがびくっと動き出し、おどおどしながらゆっくりと近寄って来た。
「すぐにアンリに手紙を書け!アンリに期待を持たせるような強烈なやつをな!そういう恋文は得意であろう?」
アリシアがニヤリと笑い掛けると、ローザはロボットのように何度もうなずき、すぐにテーブルに座って羽根ペンを手に取った。
「ローザはああ見えて魔性の女じゃ。わらわは知っておるぞ。ろくに仕事をしないくせに、王国に来てからちゃっかり若い男をたぶらかして、よろしくやっておるであろう?その経験をわらわのために役立てる時が来たのじゃ。励めよ!」
迫力のある声に急かされ、ローザは「ひえぇ~、わかりました~」と言いながら羽根ペンを動かし、おびえた表情で仕上げた手紙をアリシアに差し出した。
「ふ~む、なるほどのう。さすがローザじゃ。カガミも読んでみよ。」
アリシアから差し出された手紙を一目見て、その秀逸さに驚いた。
『殿下から身に余るお言葉をいただき恐懼の至りです。文才のある殿下と異なり、私は非才の身、いかにお言葉を尽くしても我が心の内をすべて殿下にお伝えすることはできないでしょう』という書き出しから始まる手紙には『恋』『愛』『好き』といった恋文で使われるような陳腐な言葉は一切使われていない。
しかし、その内容は読む人が読めば恋文であることは明らかだ。
『野に咲く一凛の花が天の太陽に焦がれ、少しでも太陽に近づくために、その身をもどかしく伸ばそうとしております』といった文学的な比喩や暗喩を巧みに使って、淡い恋心を期待させる作品に仕上がっていた。
「カガミ!貴様はその手紙を清書しろ!わらわの自筆に見えるようにな!それからそれをアンリの所へ届けよ!」
そう言い付けると、アリシアはどさっと肘掛椅子に身を預けた。
「わらわは道化のような真似は好かぬ。しかし、カガミがそこまで言うなら仕方ない。貴様が考えた通りに踊らされてやろうではないか…。」
不満そうな言葉とは異なり、アリシアの顔にはまんざらでもないようなニヤリとした表情が浮かんでいた。
一瞬、ジャンヌの浮かない顔が頭をよぎった。
もしかして僕は思い付きでひどいことをしちゃったかも……。




