第21話 女官ジャンヌ
王国の首府パリスに着いてから一週間後、僕は宮廷の廊下の隅で途方に暮れていた。
王国から公国への支援を取り付けるための外交交渉。そのアレンジの仕事は、もともとローザに割り振られていた。
だけど、あのローザである。公国で『ローザ』と言えば、仕事ができない、穀つぶし、あんな大人になっちゃダメ、の代名詞ですらある。
その二つ名に違わず、ローザは一週間もの間、宮廷の中を、あちこちうろつき回ったあげく何の成果も挙げられず、ついには宮廷へ行くのが嫌だと言って部屋から出て来なくなってしまった。
出勤拒否かよ。
そこで苦り切った顔のアリシアは、僕が代わりに宮廷に行って外交交渉の根回しをするよう指示した。
しかし宮廷には来てみたものの、僕もどこの誰に話すべきなのかまったくわからない。
「あの…すみません…。」
廊下ですれ違う人に話しかけてみるが、みんな無視して早足で通り過ぎてしまう。
僕が子どもの姿をしているせいで相手にしてもらえないのだろうか?
困った、せめて誰か知っている人でもいれば…。
そんな風に途方にくれて、大階段の脇に座り込んでいる時だった。
「あらっ?オチビの秘書官さんじゃないの。こんなところでどうしたの?迷子?」
見上げると、そこにはティールームでの謁見の際に知り合ったジャンヌがいた。
彼女は、僕を少しからかうようにはにかみながら階段を降りて来る。
「ジャンヌさん。ちょうどよかった。助けてください。外交交渉のアレンジをするように言われたんですが、どこへ行けばよいかわかりますか?」
彼女は必死の形相でスカートに縋りついてくる僕に少し引いていたけど、それでも僕をかわいそうに思ったのか親身になってくれた。
「う~ん、それだったら外交部じゃないかな~?あっ、そうだちょうど同期の子がそこにいるから紹介してあげるよ。」
そう言うと彼女は僕の手を引いて外交部まで案内してくれた。
手を繋いで歩くなんて恥ずかしい…。
でも、僕は子どもの姿をしているし、手を引かれてもおかしくないのか。そんなことを思いながら柔らかくて温かいジャンヌの手の感触に少しドキドキした。
◇
ジャンヌに連れて来られた場所は、何の看板もかかっていない部屋の前だった。
彼女が「ここが外交部だから」と言ってノックもせずに扉を開けると、中には四角い執務机がいくつも並び、たくさんの人が書類を書いたり、話したりしていた。
ジャンヌは、その中の一人、一番端にいた細身の若い女性の肩を「シモーネ!」と言いながら軽く叩いた。
「あれ~っ?ジャンヌじゃん。久しぶり~!どうしたの?ちょっと会わないうちに子持ちになっちゃったの?」
「違うわよ!この方はサザランド公国の大使付き秘書官のカガミさん。外交交渉の打ち合わせに来たんですって。」
その言葉を聞いてシモーネと呼ばれた女性は立ち上がり、背筋を伸ばしてお辞儀をした。
「これは失礼いたしました。私は外交部所属の書記官シモーネと申します。本日はいかなるご用事でしょうか。」
「はい…サザランド公国のアリシア特命全権大使が外交交渉を望んでおりますので、その調整をさせていただきたく…。」
「わかりました。それでは上司も呼んで参りますので、あそこの会議机でお待ちください。」
うまくいきそうだ。
そう思いお礼を言おうとジャンヌの方を振り返ると、既に部屋から出て行こうとするところで、僕にウィンクしながら小さくサムズアップしてくれた。
◇
シモーネと上司を交えた打ち合わせはうまく行って、近々、アリシアと外交部部長の間での交渉をセッティングすることを約束してくれた。
ジャンヌには感謝しないと。
ジャンヌがいなければ外交部の場所すら見つけられなかった。
もし仮に運よく見つけられたとしても、ジャンヌが大使付きの秘書官だと紹介してくれなければ、子どもの姿をした僕なんか、まともに相手にされなかったかもしれない。
改めてちゃんとお礼を言っておこうと思い、シモーネさんに場所を教えてもらって、ジャンヌがいる女官の詰め所を訪れた。
ちょうどジャンヌは席で手紙のようなものに蝋で封印をしているところだった。
「ありがとうございます!おかげでうまく仕事を果たすことができました。」
ジャンヌの席の前で深々と頭を下げると、ジャンヌは恐縮したように立ち上がった。
「いいのよ。当たり前のことだし。それにしてもオチビさんなのに働いて偉いわね。お菓子食べる?」
ジャンヌは机の上に置いてあるチョコレートを差し出してくれたので、遠慮なく一粒いただく。
サザランド公国ではチョコレートは1粒で使用人の給金1か月分するくらいの高級品だった。
しかし、王国では女官がおやつにしている。こんなところにも貧富の差が表れている……。
「あっ、そうだ。ちょうどよかった。アンリ殿下からアリシア様にこの手紙を届けるよう言い付けられていたの。オチビの秘書官さんが届けてくれないかしら?」
ジャンヌから差し出された手紙は蝋で封印され、『アンリ』とサインされている。
「もちろんですよ。何のお手紙ですか?」
僕の何気ない一言に、なぜかジャンヌの顔に翳が差した。
「それは…、アンリ殿下からのアリシア様への私信です。あのお方はアリシア様を崇拝していると言ってもいいくらい憧れてるから…。」
アンリ王子があのアリシアのファンってこと?そういえばブランシェさんもそう言ってたな。
もしそうだとしても、あのアリシアだよ。富士山も遠くから見たら美しいけど、近くでみたらゴツゴツしている。同じようにアリシアも話に聞く分にはいいだろうけど実態が知られたら幻滅されたりしないだろうか……。
僕が戸惑ってそんなことを考えている間も、ジャンヌの表情は曇ったままだった。
やがて、彼女は意を決したように口を開いた。
「あの……アリシア様には縁談とかおありなのですか?」
「いえっ?帝国に輿入れするという話もありましたけど、お姉さまのシルビア様が代わりに輿入れしましたし、他に縁談はないはずです。」
「じゃあ、心に決めた方がいらっしゃるとか?あんなに美しい方なんですもの。きっとそんな方いらっしゃいますよね?」
「僕が知ってる限りではそんな浮いた話はまったく…。あの人は仕事の鬼ですから、親しくしているご友人すらいませ…ん…よ…。」
あのアリシアに恋愛沙汰?
まさか、あり得ないって!
笑い飛ばそうとしたところで、ジャンヌが深刻な表情で僕を見つめていることに気づき、言葉を詰まらせてしまった。
「オチビさんにする話じゃなかったわね。ごめんごめん。お手紙、よろしくね!」
ジャンヌは笑顔で僕の肩を叩いたけど、少し口元が引き攣っていた。
なんだろう?
アリシアに何か複雑な思いでも持っているんだろうか?
じゃあ、あまり踏み入らない方がいいだろう。
僕は子どもらしさを意識しながら「わかりました~」と元気に言って、女官詰め所を後にした。




