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第20話 大使館

 宮廷での謁見を終えて、僕たちは首府パリスの中心街に設けられた大使館に移動した。


 その2階建てのこじんまりした洋館には、門も内庭もなく玄関がそのまま大通りに接している。


 ただ、玄関脇には『サザランド公国大使館』と彫られた不釣り合いなくらい立派な真鍮の看板が掲げられていた。


「アリシア殿下、お疲れさまでした。」


 玄関を開けると、この洋館の持ち主であるブランシェさんが優しそうな笑顔で迎えてくれた。


 ブランシェさんは50歳には見えない若々しさに、たれ目がチャームポイントで、いかにも人が良さそうなマダムと言った風貌。


 だけど、こう見えてジャコバン商会の女社長として様々な商売を営む、ローデシア王国でも1、2を争う大商人である。


 ブランシェさんは、侵略戦争の頃からアリシアを物心両面で支えてくれたパトロンであり、この度もこの洋館を大使館として快く貸し出してくれた。


「ブランシェ殿、この度は大変お世話になりかたじけない。」


 アリシアもブランシェさんには頭が上がらないのか、いつになく丁重な態度である。


「いえいえ、私もアリシア殿下のお母様には大変お世話になりましたので…。お気遣いなく何でもお申し付けください。この洋館も好きに使っていただいて構いませんわ」


 コロコロと笑いながら胸を張るブランシェに、アリシアが深くお辞儀をした。


「頭をお上げください。それよりも王妃様との謁見はいかがでしたか?何か面白いことはありまして?」


「ああ、うん。つつがなく終えられた…。」


「アンリ王子には会われました?」


「そうそう。わらわに憧れていたといって熱い視線を向けられたな…。」


「まあ、やっぱり!王子はアリシア殿下の大ファンとして国中で有名なんですのよ。」


「そういえば、こんな美しい人だったとは、と言われたな…。」


 アリシアの言葉にブランシェが「キャ~ッ、ロマンスの始まりだわ~!」と叫びながら自分で自分の肩を抱えている。意外とミーハーなのかもしれない。


 そんな様子を見ながら、後ろで「あれは社交辞令では?」と小さくつぶやいたら、アリシアの耳に入ったようで、踵で足のつま先をぐりぐりと踏みしめられた。


「そうだ。アリシア殿下にご紹介します。ユーキ!こちらへいらっしゃい!」


 ブランシェさんが手を叩くのに合わせて奥の部屋から現れた男の人を見て、思わず「あっ!」と声をあげてしまった。


 彼の年齢は10代後半くらいだろうか。長身の身体に針金のような筋肉に覆われている。


 だけど、驚いたのはそこじゃない。

 黒髪に少し浅黒い肌。目も糸目のように細い。アジア系?いや日本人か!?


「彼はユーキ。我が家で執事をしてもらっているの。この大使館に常駐させるので、何でも言い付けるといいわ。」


「はじめまして。ユーキと申します。アリシア殿下のご尊顔を拝し、恐悦至極です。以後、よろしゅうお願いします。」


 長い脚を折り曲げ、跪くユーキにアリシアは威厳のある態度で鷹揚にうなずく。


「大儀である。わらわはアリシア・サザランド。こちらは侍女のローザと秘書官のカガミである。よろしく頼む。」


「それではアリシア殿下。お疲れと思いますので私はこれで失礼いたします。ユーキ、お部屋に案内してあげて。」


「ハッ!」


 立ち去るブランシェさんを見送ると、ユーキが部屋へ案内するため、先に立って歩き始めた。


 確認したいことがあったので、足を速めて彼の横に並ぶ。

 小声で「さっき、『よろしゅうお願いします』って言ってましたけど、もしかして関西出身?」と話しかけると、ユーキはピタリと足を止めた。


「私の言葉遣いが、何かお気に障りましたか?」


 ユーキは微笑んでいたけど、その細い目の奥に何とも言えない凄みを感じ、僕は気圧されて何も言えなかった。



「それでは、会議を始めようか。我々は目的達成のためにこれからどうすべきか存念を話せ。」


 設けられた執務室に案内され、ユーキが部屋を出ると、アリシアはさっそく備え付けられた執務机の前の肘掛椅子に踏んぞり返り、ローザと僕を手招きした。僕たちは立ったまま。


「……血縁の情に頼る作戦は失敗でしたね……。」


「そんなことはわかっている!わらわはこれからどうすべきかを聞いておるのじゃ!」アリシアは唇を尖らせながら顔を背けた。


「外務大臣と話すように言われてましたよね。まずは実務担当者を見つけて、根回しして、外務大臣との会談をセッティングしてもらうしかないのでは?」


「う~む、それしかないか……。」アリシアは手を顎に当て、考え込んだ。


「よしっ!ローザ!宮廷に行って外務大臣と会談を申し込んで来い!」


「は、はい?私ですか?」


 ぼんやりと立っていたローザが、青くなってその場で2、3歩後ずさった。


「そうじゃ。カガミは子どもだからのう。使者としてはローザが適任であろう。さっさと行け!」


 ローザはアリシアの声に、追い立てられるように部屋を出て行き、アリシアと二人きりになった。


 ちょうどいい。アリシアにお願いしたことがあったんだ。

 僕は執務机の前で居住まいをただし、気を付けの姿勢をとった。


「王国でやってみたいことがあるんですけど……。」


「なんじゃ?」アリシアが不機嫌そうな声で答える。


「宮廷で魔道具を見せてもらいました。正直、すごい技術だと思いました。あの技術を習得してサザランド公国へ持ち帰りたいと思います。」


「バカめ!魔道具の技術は門外不出。作り方など教えてもらえるはずはないわ。」


「はい。だから見て盗みます!」


「なに?」アリシアが眉をひそめた。


「魔道具の紋様を片っ端から記憶して、それを複製してみます。僕の映像記憶能力があればそれができます。そのまま覚えて公国で複製できれば、きっと役に立つはずです。」


 力強くアリシアの目を見つめると、彼女も見つめ返してきた。


「よしっ!やってみろ。しかし金は出せんぞ!その代わりユーキに頼んでみろ。ジャコバン商会で多少の便宜を図ってくれるはずだ。」


 こうしてアリシアとローザは、サザランド公国への経済支援を取り付ける外交交渉、僕は魔道具の技術を公国を移転することをミッションとして動き出すことになった。


 ……と思っていたが、そんな思惑はすぐに頓挫することになった。


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