第19話 ティールームでの外交
ティールームではアリシアと王妃様のお茶会が始まったようで、会話の声が隣の控えの間にいる僕達にもはっきりと聞こえた。
この国では、身分の違う貴人の姿を直接見ることは失礼にあたるらしい。
まして貴人同士のお茶の時間に庶民の僕が同席することなど、天地がひっくり返ってもあり得ないくらいの不敬だとローザから厳しく教えられた。
従者である僕たちは、ティールームに入ることも、中を覗き込むことも許されない。
ただ、貴人同士の会話でも外交や政治向きの話が行われることはあり、実務担当者がその内容を知る必要もある。
だから、こういった場では実務担当者は控えの間にいて、開け放たれた扉から漏れ聞こえる会話に聞き耳を立てることが許されているらしい。
お菓子が載った長テーブルを挟んで反対側にいる秘書官らしき中年男性は、会話の内容を必死でメモに取っているようだ。僕も会話の内容に耳を澄ます。
「叔母上様には、お初にお目にかかり大変光栄に思います。叔母上様を見ていると、母上のことを思い出します……。」
この声はアリシアだ。さすがに王妃様の前では、いつもの横柄さは鳴りを潜め、口調も大人しくなるらしい。
「アリシア公は母君に生き写しですね……。」
この声は王妃様だろうか。声の調子が硬く威厳がある。
「アリシア公にはずっとお会いしたいと思っておりました!」
もう一人、快活そうな若い男の人の声が聞こえる。
王国には王妃の息子でアリシアの従兄弟にあたるアンリ王子がいると聞いている。きっとその人だろう。
「……実は、王妃様、いえ叔母上様にぜひお願いしたいことがあります。」
アリシアの緊張した声が聞こえた瞬間、控えの間にいた秘書官が顔をしかめ、舌打ちをした。
もしかして、こういう儀礼の場でお願い事をするのは無作法なことだったのかもしれないと気づき、少し胸がざわつく。
しかしそんな控えの間の様子を知る由もないアリシアは言葉を続ける。
「我がサザランド公国が独立して10年が過ぎました。しかし、いまだに国は貧しく、国が寄って立つ産業もなく、食糧の自給自足すらままなりません。このままでは我が国は飢えて滅びるしかない状況にあります。ぜひ貴国に対して、我が国が自活し、成長できるような人的・資本的支援をお願いしたく、叔母上のご厚情にお縋りさせていただけないでしょうか?」
控えの間にいた秘書官がメモを取りながら天を仰いだ。
おそらく実務担当者としては、アリシアのお願いは好ましからざるものだったのだろう。苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「アリシア公、あなたの言葉はよくわかりました。」
「ではっ……!」
「しかし、それはお約束できません。この国では、政治向きの話は、すべて大臣が協議し、議会に諮って決めることとなっています。必要であれば外務大臣と話をしなさい。」王妃の声は硬く、そして断固としたものだった。
「……そ、それでは、せめて外務大臣に叔母上様からお口添えいただけませんでしょうか……。」それでも食い下がるアリシア。
「私にはアンリが成人して即位するまでの間、亡き夫である先王に代わり国を統べる摂政としての責任があります。この国では、王族が政治に軽々しく口出しすることは許されていません。」
隣室から漏れ聞こえる王妃の冷たい口調から、もはや取りつく島がないことは明白だった。
さしものアリシアも絶句してしまったようだ。
誰も発言せず、ティールームの空気が凍り付いている様子が目に浮かぶ。
「実は、アリシア公にはお会いすることをずっと楽しみにしていたんです!会えたらぜひ聞きたかったお話があって……。」
そんな気まずい空気を破るように、アンリ王子の邪気のない快活な声が聞こえてきた。
「アリシア公は、帝国からの侵略戦争の折、自ら剣を取って軍の先頭に立ち、帝国軍を撃退したと聞いております。救国の英雄であるアリシア公の武勇伝をぜひ直接聞かせてください!」
「ふ、ふ〜ん、じゃあ樹海での戦いの話でもしようか…。」
「あっ、あのワイバーン樹海での決戦ですね!あの話、大好きなんです!ちょっと待ってください。一緒に聞いてもらいたい人がいるんです…。ジャンヌ、ジャンヌはいるか?来てくれ~!」
王子の声が響いた時、それまで無表情で壁際に立っていたジャンヌの頬が一瞬で赤く染まり「はい、ただいま~」と浮かれたような声で跳ねるようにティールームに入って行った。
「このジャンヌの母君であるクロード男爵夫人は私の乳母でもあるのですが、いつもアリシア公の英雄譚を話してくれて、ジャンヌと二人でわくわくしながら聞いていました。十代で救国の英雄となったアリシア公は、いったいどんな方なんだろうと、いつもジャンヌと話していたのですが、まさかこんなに美しい方だったとは……。なあ、ジャンヌもそう思うだろ?」
「ええ…、お美しいです…。」
弾んだ声でまくしたてるアンリ王子の声に続いて、控えめなジャンヌの声が響いてきた。
「そうか、そうであったか!よしっ、じゃあ聞かせてやろう。あのワイバーン樹海の決戦から遡ること半年、14歳のわらわは。母上とともに山奥の砦に潜み、戦乱を避けていた。しかし、帝国軍の猛攻の前に居城は落とされ、父上は帝国の傀儡となってしまった。わらわの配下の騎士の多くも戦死し、我らの命運も風前の灯。そんな中、臣下を守るべき貴族のわらわが、敵に怯えて山奥に隠れていてよいはずがない!先頭に立って戦うべきだ!たとえこの命を失っても!そう決意して剣を取り、護衛である配下30名とともに山をかけ下り、眼前の帝国軍に襲い掛かったのじゃ!」
アリシアが朗々と戦話を語り始めた。戦場をありありと描写するアリシアの名調子が続き、合間にアンリ王子が「ほお…」「はあ…」と感嘆する声が挟まっている。
「わらわの騎士団で帝国の補給路を扼し、敵地の真ん中で孤立する形になった帝国軍は焦り、全軍を投じてわらわの軍の討伐に動いたのじゃ。ちょうどわらわが配下とともに補給部隊を襲っていた時、わらわの砦が襲撃され、留守を守っていた母上が帰らぬ人に……。」
「アリシア公……なんと辛い思いを…。」
気づけば、さっきまで目の前で苦い顔をしていた秘書官も話に引き込まれている。
「わらわは復讐を決意し、帝国軍に決戦を挑むことにした。帝国軍は2万、わらわの軍はこの時、わずかに200人…。」
「そんな、多勢に無勢じゃ……。」
「そこでわらわは一計を案じることにした。帝国軍に正面からぶつかり、敗走するふりをして巧みに樹海の奥へと誘いこんだのじゃ。我が軍が設置したブービートラップにかかる兵、奥地に入りこみ道を見失った兵、樹海の奥でモンスターに襲われる兵、帝国軍は大混乱に陥った。」
「おお~っ!たしかアリシア公が敵の大将を……。」
「そう!帝国軍が樹海に入り込み、混乱している隙に乗じて、わらわを含む決死隊が背後から敵本陣に突撃し、大将の首を取って大勝利!この戦が潮目になって帝国軍が撤退し、サザランド公国は独立を守ったのじゃ!」
アリシアの話がサザランド公国の大勝利で終わった時、ティールーム、そして控えの間でも「ああ~っ」という感嘆の声が広がった。
「すごい、すごいですアリシア公!私も王族としてアリシア公の勇壮な生き方に少しでもあやかれたらと思います。また宮廷に来てお話を聞かせていただけないでしょうか!」
アンリ王子のはしゃいだ声が聞こえてくる。どうやらすっかりアリシアに心酔してしまったようだ。
「おお、よいぞ!次は侵略戦争末期のサザランド城奪還作戦について話してやろう!」
すっかり有頂天になったのか、上機嫌そうなアリシアの声が聞こえてくる。
そんな自慢話をするために、王国まで来たわけじゃない、サザランド公国への支援を取り付ける話はどうなったんだろうと、僕だけは冷めた思いでティールームの会話に耳をそば立てていた。




