第17話 特命全権大使
帝国からサザランド公国に帰国してからわずか1週間。
僕は新たな旅に出ることになった。
かわいい婚約者(?)ソーニャとのハネムーンなどではなく、怖い上司アリシアも一緒の長期出張だ。
彼女はさっきから馬車の向かいに座り頬杖をつきながら不機嫌そうに外を見つめている。隣に座る侍女のローザもずっと押し黙っている。
「ところで…そろそろなぜ僕が強引に連れて来られたのか理由を教えてもらえませんでしょうか?」
今回の旅の目的地はローデシア王国の首都パリス。
アリシアは、公王から駐ローデシア王国特命全権大使に任じられ、その赴任の途上にある。
「理由も何もない。貴様がわらわの秘書官だからだ。」
「だけど僕は帝国派遣から戻ったばかりですし、少しはゆっくり休みたかったなって…。」
「うるさい!貴様の事情など知ったことか!どうせ休みにかこつけて、あの女狐とイチャイチャしようとしていたのであろう?そんな公国の風紀を乱すことは、治安大臣でもあるわらわの目が黒いうちは許さぬ!」アリシアが眉をぴくつかせる。
アリシアが言う女狐とは、帝国から新たに派遣された宰相であるソーニャのことだ。
僕が公国に戻ってから1週間、ソーニャは僕の婚約者を公称し、それどころか僕を自分の秘書官に引き抜こうとするなどの公私混同も見せるようになった。
お城のみんなは、僕がまだ子どもだし、最初は結婚なんて本気にしてなかったけど、ソーニャがあまりに堂々と婚約者として振舞うから、公王から使用人に至るまで「帝国では、あんな年の差夫婦も普通なのか」と半ば受け入れられつつある。
しかも、僕自身もパワハラ気質のアリシアよりもソーニャと働く方がいいかもしれないと心が傾きつつあった。
そんな流れに強引に逆らうかのように、アリシアは僕に王国への赴任に同行するよう命じてきたのだ。
「あの女狐は貴様にずいぶんとご執心だからのう。貴様を手元に置いておけば、留守の間あまり無茶はできまい。つまり、貴様は人質というわけだ…。」
ニヤリと笑うアリシアを見ながら、やっと本当の狙いに気づいた。
「……僕が連れて来られた理由はわかりました。じゃあ、なぜアリシア様はわざわざ大使になられたのですか?ご自身から願い出られたと聞きましたが……。」
「貴様とあの女狐を引き離すため……とでも言うと思ったか?うぬぼれるな。わらわには遠大な考えがあるのじゃ。外を見てみろ!何か思わぬか?」
アリシアに指を差され馬車の外に視線を移す。ここはもう既に国境を越えてローデシア王国の領土に入っている。もっともまだ辺縁部に近いので、ぽつぽつと小さな村があるに過ぎない。
「まだ何もありませんが……?」
「うつけめ!道を見ろ!サザランド公国とはだいぶ違うであろう?」
たしかに言われてみるとそうだ。サザランド公国ではデコボコな砂利道で馬車も大きな音を立てて揺れていたけど、ローデシア王国の領土に入ってから急に静かになった。よく見ると綺麗な石畳が一面に敷かれている。
それから道路わきには20メートルおきに街路灯がある。何を燃料にしているのだろうか?
まるで電気のように明るい光を放ち、まだ早朝の薄暗い道を照らしている。
「何もない田舎の街道ですらこうなのじゃ。首都に行けば、あまりの技術と文化に腰を抜かすぞ!」
なぜかアリシアが得意げな表情をしている。
しかも隣に座るローザも似たようなドヤ顔。なんで……?
ああ、そうか。この二人は王国出身者の血を引いているんだった。だから、こんな自分の手柄みたいな顔できるんだな。
「じゃあ故郷に帰って、少しの間でも文化的な都会暮らしを満喫したいとか、ついでに買い物でもしてこようとか、そんなとこですか?」とあきれ顔で答えると、アリシアから「この大うつけめ!」と一喝された。
「貴様、申していたであろう?帝国と我が公国では国力の差が違い過ぎると。」
アリシアの迫力に黙ってうなずくしかない。確かに帝国から戻った日に、アリシアに工業国である帝国の凄さを熱く語った覚えがある。
「貴様に言われなくとも、それが課題だということはわかっておったわ。しかし、我が国が独力でがむしゃらに頑張ったところで、そもそも領民の数も国土の広さも技術力もなにもかも違うのじゃ、到底、帝国に追いつくことはできまい。しかし、先進国である王国の支援を取り付けられればどうかのう?魔法技術が栄えている王国から技術支援や投資を受け、あの広大な樹海を切り開いて農地を広げ、そこに労働力となる移民を受け入れれば……。」
「加速度的に急成長できる!」
「そうじゃ!貴様が言う富国強兵を成し遂げ、我が国が生き残るにはその方法しかない。わらわは、それにとっくに気づいていたのじゃ!だからこそ、自ら特命全権大使となり、王国との交渉に臨むことにしたのじゃ!どうじゃ!恐れ入ったか!アハハハッ~!」
得意げに高笑いをするアリシア。
まさか、僕が帝国に1年以上滞在してやっと気づいた課題を、アリシアはとっくに承知していて、しかも解決策まで用意しているとは……。
相変わらずの先の先まで見通す慧眼ぶり。僕は恐れ入ってひれ伏すしかない。
「僕はそこまで知恵が及んでいませんでした。さすがはアリシア様!」
「そうであろう?」ニヤリと笑いながら、その目はもっと褒めよと言っている。
「アリシア様こそ、知恵の神の化身!公国を導く女神テミス!」
「そうであろう!そうであろう!」目がもっと寄越せと言っている。
「アリシア様に導かれる限り、公国は常世に安泰ですね!」
「アッハッハ~!当たり前じゃ、わらわを誰だと思っておる!?サザランド公国の公王太子にして、ローデシア王国の王家に連なる、アリシア・サザランドじゃぞ!」
おだてに乗って、得意満面な表情を隠そうともしないアリシアを見ながらふと我に返った。
「そういえば、もう交渉が成功した感じになってますけど、どうやって王国から支援を引き出すつもりなんですか?」
僕の一言にアリシアは「うん…?」と言って急に高笑いを止めた。
「そ、それはあれじゃ!このわらわ自身が出馬したのじゃ!王国も無下には扱うまい……。」
「いえ、外交はそんな簡単じゃないと思いますよ。もしかして何の根回しもしないで、国を飛び出してきたんですか?」
「う、うるさいのう!貴様のような子どもに外交の何がわかるのじゃ!」
「アリシア様も外交は初めてですよね。帝国のキャリア官僚だったソーニャが言ってましたけど、外交は根回しと準備で9割方決まるって……。何も根回ししないで、ただお願いに行くって無謀が過ぎますよ。」
「うるさいっ!あの女狐の話をするでない!わらわにはわらわのやり方があるのじゃ!」
「しかし、何の成果も挙げられずに手ぶらで帰ったら、それこそアリシア様の面目が立たないんじゃ…。」
使用人の給料もろくに払えないくらい貧乏なのに、何とか旅費と外交交際費を捻出してもらったのだ。
まさか子どもの使いみたいに「何もできませんでした、ごめんなさいじゃ」到底済まされない。
それでもアリシア様は腐っても次期公王たる公王太子だ。表立って責任は追及されないだろう。
だから、失敗したら身代わりに僕やローザが責任を取らされる未来がありありと見える気がする…。
同じく前途を憂いているであろう暗い表情のローザと目を合わせ、ため息をついた。
「貴様ら、辛気臭い顔をするな!いざとなれば、わらわには切り札があるのじゃ!」
「へぇ…どんな切り札ですか?」
「王国の王妃は、わらわの母上の妹!つまりわらわの叔母上なのだ!叔母上とて、かわいい姪の頼みを断ることはないはずじゃ!」
……つまり、もはや亡くなってしまった母親の血縁に頼らざるを得ないということか。なんという弱い切り札。
そもそも王国の王妃様がアリシアのことをかわいがっているなら、もっと早くに公国に支援をしてくれてたはずだと思うけど…。
そんな前途に憂鬱を抱えた僕と、能天気なアリシアと、一見深刻な顔だけど役に立つことは何も考えていないであろうローザを乗せて、馬車は首都パリスへつながる街道を一路進んでいった。




