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第15話 第2章 プロローグ

第2章スタート。月木土の18時更新。本日のみ2話更新です。

「公王女アリシア!この場を借りて貴様を断罪する!」


 ローデシア王国の首都パリス、その中心にそびえ立つ宮廷のボールルーム。


 わらわを中心に会話に花を咲かせながらダンスパーティーの開始を待っていた取り巻き達は、パーティーのホストである王子が唐突に張り上げた甲高い声に一斉に息を飲んだ


 ホールから一段高い場所に設けられた壇上には、王国の王位継承者アンリ・ローデシア王子が細い体を反らせるようにして屹立し、眼下に向けて指をさしている。


 彼の指のはるか先にいるのは、ローデシア王国に隣接するサザンランド公国の公王太子であるわらわ。つい3か月前にアンリ王子の婚約者に指名され、摂政である王妃に裁可されたばかりだ。


 気づけば、周囲の取巻きたちの姿が見えなくなった。王子の言葉をきっかけに、さっと距離を置いたようだ。


 すべての視線は、王子、そして王子とただ一人で対峙しているわらわに集まっている。


 気持ちいい……。


 こんなに視線が快感だとは気づかなかった。


 思わず背筋が伸びる。まるでわらわが主役の舞台ではないか。


 道化役であるのは不満じゃがな。


 さて、相手役である王子は、これからどんな演技を見せてくれるのだ?


 アンリの立ち姿は美しい。

 カールした金色の髪も灯りに映えて輝いている。

 お母さまである王妃そっくりの黒い瞳もミステリアス。

 あの美形だけは、わらわの相手役としてふさわしい。


 しかし、わらわの目はごまかせんぞ。さっきからご自慢の黒い瞳がせわしなく揺れているではないか。

 それに、せっかくの見せ場なのに、セリフを噛んで声も少し裏返っている。


もう少し堂々としておいて欲しいものじゃが、まあやむを得ないか。


 王子とはいえ、甘やかされて育った二十歳にもならないひよっこ。

 わらわのように戦場で修羅場をくぐった経験もないのであろう。

 これから衆人環視の下で一世一代の演説をしようとするのだから、緊張するなという方が無理がある。


 微笑ましさを感じて思わず歯を見せると、アンリは鼻白んだ表情を見せ、わらわから顔を背けて王子の左腕にすがりつく少女を見下ろした。


 あの娘は……たしか男爵令嬢で女官のジャンヌと申したな。

 ほう、あの娘も生まれたての小鹿のようにガタガタと震えてかわいらしい。いきなりこんな注目の舞台に上げられて緊張しているのであろう。


「お、お前は……わ、私がジャンヌと密通しているなどというありもしない噂に惑わされジャンヌを理不尽に責め立てたな!!人前で罵り、恥をかかせ、ついには宮廷から出て行けと言い放った……。」


アンリの声は完全に裏返っている。きっとこのセリフはあらかじめ用意したものであろうな。ずっと棒読み口調だ。


 まずいな。これ以上、アンリの三文芝居を見せられ続けると吹き出してしまうかもしれん。

 とりあえず目を伏せておこう。


「ほっ本来、私の妻となるべき立場であるならば、み、みっ、身分の隔てなく臣下を慈しむことが当然ではないか。そっ、そ、それにもかかわらず嫉妬という私心に任せ、罪なき臣下をいじめるとは、な、な、何事か!」


 ……腹が立つのう。すっかりわらわがジャンヌに対する嫉妬に狂って意地悪をし、宮廷から追い出そうとしていると思い込んでいるではないか。

 

 まあ、これはアンリのせいではなく、筋書きを考えたあやつのせいだがな。

 そもそもわらわが道化になるような設定が必要だったのか疑問はあるが…。


 裏で筋書きを書いていた少年の顔が脳裏に浮かび、憎らしくなって思わず唇を噛むと、勘違いしたのかアンリが満足そうな声をあげた。


「ほ、お、お~う、そうか、お前にも悔しいという感情があったか。しかし、こ、このジャンヌはお前の、な、何倍も苦しんでいたのだ。」


 目を伏せているから王子がどんな顔をしているのかわからない。

 きっと得意満面な表情をしているのだろう。

 

 言い返したい。


 でも我慢だ。まだその時じゃない…あのセリフを言うまでは…。


「あ、アリシア!お、お前との婚約を破棄する。ジャンヌではなく、お前がこの宮廷から出て行くがよい!公国でもどこへでも好きなところへ行ってしまえ!」


王子の甲高い声が高い天井に響いた時、ボールルームは一瞬の静寂に包まれ、それから急にざわつき始めた。


「婚約破棄?」「まさか、そんなことが」といった囁きが聞こえる。


 なるほど…あいつはこの展開を予想していて、わらわに道化を演じさせたのか。

 思わず口元が綻びそうになるのを必死で我慢しながら、周囲を見回し、それからアンリを真っすぐ見据えた。


 きっと反論されると思ったのだろう、アンリは少し後ずさった。


 わらわの次の言葉を待っているのか、周囲のざわつきが収まり静寂が戻って来た。


 ここは見せ場だ。だったらもっと引っ張ってやろう。

 わらわへの注目を集めるために完全な静寂を待ってから、おもむろに口を開いた。


「殿下がジャンヌ様を思うお気持ち、よくわかりました。気づかなかったわが身の不明を恥じるばかりでございます。」


周囲の空気がどよっと震えた。


「な、なに?気づかなかったと申すのか!そ、そんな、そんなことを言って余の言葉を撤回させようとしても、も、もう遅いぞ!」


「いいえ、偉大なる殿下がお言葉を発せられてしまったのです。それが並々ならぬ決意であり、決して変わらないことは、不肖の身とはいえ十分にわかっております。」


「そ、それはどういうことだ……?」


「殿下とジャンヌ様をお邪魔せぬよう、殿下のお言葉に従い、潔く身を引き、公国に戻って陰ながら殿下とジャンヌ様のお幸せを祈らせていただきます。」


 ドレスの裾を少し上げてお辞儀をしてから踵を返すと、行く手にいた群衆は、まるでモーゼの奇跡のように左右に分かれ、わらわのための花道を作ってくれた。

 その中央を、婚約破棄された悲劇のヒロインとして注目を一身に集めながら、ただ一人ゆっくりと扉の方へ歩く。この快感は筆舌に尽くしがたいほど甘美だ。


バタンッ…。


「ふぅっ…。」


ボールルームの扉が閉じられ、周りに誰の目もなくなった時、やり遂げたという満足感でため息が出た。


 ボールルームの中はどうなっているのだろう?

 勇気を持って断罪したアンリが賞賛されている?

 わらわを蔑む噂話が囁かれている?

 分厚い扉に遮られ、中の様子はまったくわからないけど、きっと割れんばかりの喧騒に包まれているに違いない。


 対照的にこの薄暗い廊下には誰もおらず、薄闇と静寂と冷え切った空気が火照った肌に心地よい。


「お見事でした。アリシア様。」


 さっきまで誰もいなかったはずの暗闇からぬっとあらわれたのは黒い瞳で黒髪の少年。肌は少し浅黒い。


 背は、あまり背が高くないわらわから見下ろすくらい低い。


 その顔にもあどけなさが残る。どうみてもせいぜい10歳くらいの子どもにしか見えない。

 だけど、その表情には公国の宰相ですら及ばないほどの老練さが感じられる。


「馬車の準備はできているな?」


「はい。準備万端整っております。すぐに出発しましょう。さきほどのアンリ殿下の話が王妃様やユーキに伝わると引き止められるかもしれません……。」


 わらわはその小さな少年、カガミに手を引かれて

廊下を急ぐ。


「……これで、晴れて公国へ帰って領国経営に専念できるのう。しかし、まさかカガミが描いた筋書き通りになるとはな。」


「ハハッ……、大したことではありませんよ。あの単純な王子の行動を操るくらい朝飯前です‥‥‥。」


 その子どもらしからぬ言葉を無意識に頼りになると思ってしまい、少し背筋に冷たいものが走った。

 今回のことは、本当にカガミがいなければどうなっていただろう。


 まさに代えがたい腹心……。


 しかし、わずか10歳を少し出たばかりの少年をこんなにも頼りにしなければならぬとはのう…。


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