第13話 十一月の政変(2)
公王から宰相ピットの処分について下問されたアリシアは、立ち上がり腕組みをしながら、思案するような表情で部屋の中を歩き始めた。
周囲は一斉にアリシアを目で追う。いったいアリシアが何を言い出すのだろうと不安そうな顔で息を飲みながら。
「そうじゃ!一等減じて追放ということにするが、ピットの名誉を傷つけないよう追放とわからぬような名目をつけてやろう!それならば帝国の面目も立つはずじゃ。」
「なるほど、それは名案じゃ!どうすればよいのじゃ?」
公王が身を乗り出してきた。どうやらすっかりアリシアのペースに巻き込まれているようだ。
「シルビアを帝国に嫁がせ、お付きの侍従長としてピットを帝国へ送り返すのだ!宰相として派遣され、首尾よく条約で合意された輿入れをまとめあげ、故郷に錦を飾る!それならば表向きは名誉の凱旋となるであろう?」
どこからともなく「ああ~っ」といったため息が漏れた。
まるでみんなアリシアの提案に感嘆しているかのように。
ただ一人、部屋の隅でブルブルと震えている彼女を除いて。
「ちょっと待ってちょうだい!じゃあ、私が帝国へ嫁ぐってこと?私は関係ないじゃない!何で巻き込まれるのよ!」
ずっと部屋の隅で黙って控えていたシルビアが焦ったような声をあげ、勢いよくアリシアに歩み寄ろうとした。しかし、振り向いたアリシアに、なんとも言えない凄みのある笑顔を見せつけられ、急にすくんだように足を止める。
「関係ない?お姉様もスパイ行為に加担されていたのに?」
「な、なにを根拠に…証拠でもあるの?」
「ピットの帝国への手紙がどこで見つかったのかご存じか?密貿易団が持っていたお姉様のお古のドレスの中じゃ!のう、ガリア!」
ガリアが深くうなずき、シルビアの顔がみるみる青くなった。
「う、うそ…、いや私は知らない!密貿易団が私のドレスを持ってただけでしょ!きっと、私がドレスを渡した商人が、たまたま宰相からの密使だっただけよ!お父様、信じてください。私は潔白です。帝国に通じてなどおりません。」
必死の形相で公王のベッドの端に縋りつき、シーツに顔を伏せて泣き声をあげるシルビア。
アリシアは腕組みをしてそれを傲然と見下ろし、それからニヤリと笑った。まるで獲物を仕留めたかのように……。
「おい!メイドのサラとエミリはいるか!部屋へ入ってこい!」
「は、はい…!」
廊下から押し出されるようにして、サラとエミリがおそるおそるといった足取りで入ってくる。
「お前らが盗んだシルビアのドレスをここへ持ってこい!」
その一言に、サラとエミリは硬直し、それからガタガタと震え始めた。
「あ、あの……」
「わかっているぞ。お前がシルビアの白いドレスを盗んで隠し持っていることは!」
「いえ…あの…、私たち、そんな盗むつもりじゃ…。」
「四の五の言わずに持ってこい!」
一喝され、サラとエミリは跳ねるように廊下へ飛び出て行った。
サラがシルビアのドレスを隠し持っていることをアリシアに教えたのは僕だ。
前のシルビアの衣替えの時に、サラとエミリが破ってしまったドレスを気にしていたので、さりげなく様子を観察していると、夜になってサラが小屋からドレスを持ち出し、サラとエミリの部屋に持ちこむのを見つけたのだ。
しかも僕の見立てではきっとあのドレスには仕掛けがある。
あの糸のほつれから見えた紙は、ただのコルセットではない。おそらく…。
「あ、あの、私、この糸のほつれを直そうとして……。」
サラが戻ってきておそるおそる白いドレスを差し出した。
アリシアはサラの言い訳を聞かず無言でひったくり、腰、不恰好に縫い合わせた跡のあるあたりを勢いよく破った。
「キャッ~!!」
サラ、エミリ、そしてシルビアの悲鳴が響く中、アリシアは破れ目に手をつっこみ、そこから一枚の紙を取り出した。
「愛しいジョエル様、あなたのシルビアから愛を込めてこのお手紙をお送りいたします……」
アリシアが朗々と読み上げ始めた手紙は、間違いなくシルビアから帝国の皇子に宛てた恋文だった。シルビアは赤面し両手を顔に当てて崩れ落ちた。
アリシアはそれに構わず、ゆっくりとシルビアの恋心が赤裸々に記された手紙を読み上げ続けた。
そして、『わが国が帝国と地続きになり、愛しいあなたにまた会える日のことを一日千秋のごとく待ちわびております。シルビア』と記された末尾まで読み上げた時、シルビアのすすり泣く声の他、誰も声をあげられなかった。
公王も重臣たちも、沈痛そうな表情で顔を伏せている。
「これが証拠じゃ!お姉様、想い人である帝国の皇子と密書のやり取りをして、宰相の陰謀を助け、公国の機密を漏らしておったな!」
いや、それは謀反の手伝いや公国の機密漏洩じゃなくて、乙女の秘めた恋心と願望だろ!と思ったが、意外なことにこの巧妙な話のすり替えにツッコむ人は誰もいなかった。シルビアも含めて。
「本来ならスパイは打ち首のところであるが、罪を減じ名誉を尊重して、シルビアは望み通り帝国へ輿入れし、ピットはその侍従として帝国へ帰っていただく!公王様、それでよろしいか?」
アリシアが迫ると、公王は沈痛そうな表情を浮かべ、やがてあきらめたかのようにガクッとうなずいた。
「よしっ!ではシルビアとピットについては追って沙汰する!それまでは自室で控えておれ!ガリア!お二方の部屋をしっかり警護してやれ!蟻の入り込む隙間もないくらいにな!」
こうしてアリシアと僕の思惑通り、シルビア派の宰相ピット、そして当のシルビアを失脚させることに成功した。
そして、これは残ったアリシアがサザランド公国の次の公王に決まったことを意味する。
なお、余談であるが、この事件は、後にサザランド公国建国史の重要なターニングポイントである公国暦10
年、十一月の政変として長く語り継がれることになる。




