プロローグ:クーデター
東の空が明るくなり始め、朝靄の中、広大な樹海を背にした丘の下に立つ小城の姿がはっきりと浮かび上がる。
「まさか、あの城を攻める日が来るとは……。」
眼下の小城は、自分が忠誠を誓い半生を捧げてきたサザランド公国の首府である。
頭の中には、12歳で騎士見習いとなることが認められ晴れやかな気持ちで初めて登城したあの日、帝国の侵略により断腸の思いで城を明け渡さざるを得なくなったあの日、長きにわたる戦いに勝利してあの城に凱旋できた10年前のあの日、そして私が騎士団から召し放たれ悔しさをこらえながら門から出た1年前のあの日の景色が走馬灯のように次々と巡り、柄にもなく感傷的な気分になった。
そんな私を現実に引き戻したのは「ガリア様」と、私を呼びかける甲高い声だった。振り返ると黒髪の10歳くらいの少年、カガミがミステリアスな黒い瞳でこちらを見つめている。
「城に突入した後の手筈ですが、北側中央にいる宰相と、南側にいるシルビア様の身柄を押さえてください。」
「ああ…」と答えながら、不安な思いがこみ上げて来た。私は正しいことをしているのだろうか?
この場にいるのは、わが主人であるアリシア様の命令だ。
『配下とともに登城し謀反を企てている宰相を捕らえよ』というアリシア様の命令書も受け取っている。
あの命令書のサインは間違いなくアリシア様の筆跡。まだヨチヨチ歩きのころからお仕えしてきたのだ。見間違えるはずがない。
「……宰相の部屋には謀反の証拠となる手紙が隠してあるはずです。必ずそれを見つけ出しなさい……とアリシア様はおっしゃっておりました。」
違和感があるとしたらこの少年だ。兵を動かし、謀反人を捕らえるという一大事に、こんな年端も行かない少年を使いに出すだろうか……?
「ガリア様、よろしいですか?」カガミに怪訝そうな顔を向けられ「あ、ああ、大丈夫だと」反射的に返事をして、それから疑念を振り払うように頭を振った。
アリシア様が、この少年を使いに出すのは今回に限った話ではない。きっとアリシア様には深いお考えがあるはずだ……。
主命に黙って従うのが騎士の心得である。そう思い、私は部下たちに号令をかけた。
◇
部下を率いて城に突入し、カガミの案内で宰相の部屋に入ると、宰相はまだ寝間着姿で呆然とベッドに腰かけ、事態を掴み切れていないようだった。
「何者だ!わ、儂が宰相ピットであると知っての狼藉か?」
禿頭でちょび髭の宰相の声は、甲高くそして震えており、いかにも小心者といった様子だ。
思えば1年前、私はこの男の命令で騎士団を召し放たれたのだと思うと、少し溜飲が下がる。
「治安大臣にして公王女であるアリシア殿下の命令です!謀反の疑いにより身柄を拘束させていただきます。」
部下に縄をかけさせると、意外にも宰相はほとんど抵抗しなかったが、ただ「追い詰められてこんなことをするなど、アリシアもいよいよ終わりだな」と嘯いていた。
「ガリア様、謀反の証拠も押さえる必要があります。こちらへ来てください」とカガミに声を掛けられ、宰相の私室と内扉でつながる執務スペースへ移る。カガミはいかにも厳重そうで、大事なものが入っていそうな鋼鉄製の棚を指さしていた。
「あの棚が怪しいと思います。調べていただけますか?」
棚の取っ手に手を掛けるが鍵がかかっている。
「こじ開けろ!」と部下に命じると、ピットが「鍵は儂の首にかかっている」と吐き捨てたため、鍵を奪い、部下に棚を開けさせる。
「これは…。」
棚の中を覗き込むと、そこには、高そうなウィスキーの瓶が数本、帝国の紙幣や金貨がいくらか、それに紙の束があった。謀反の証拠があるとすればこの紙束に違いないと中身を丹念に調べたが、家族や友人からの手紙だけで、謀反を疑わせるようなものは何もなかった…。
「これでわかったであろう?儂は謀反など企てておらぬ。アリシアもとんだ勇み足をしたものだな!」宰相は縛られながらも勝ち誇った表情をしている。
アリシア様が判断を誤られたのか?
ギリッと奥歯を噛みしめた時だった。
「あれ~っ?この手紙何かな~?」
振り返ると、カガミが棚のちょうど反対側にある宰相の机から手紙のような紙片を取り出していた。
「ガリア様、読んでいただけますか?」
手渡された手紙を一読して、私は目を剥いた!
「こ、これは謀反の動かぬ証拠!引っ立てろ!」
「ば、ばかな…、儂はそんな手紙など書いておらぬ!そんな証拠を残すはずなどない!いや、嵌められたのだ!」
恐怖に顔を歪めながら、喚き散らす宰相をアリシア様の部屋に連行すべく廊下に出たところで、ふと部屋の中を振り返ると、カガミがわずかに微笑んでいるように見えた。
その表情は冷酷で、とても10歳の子どもとは思えない大人びたものだった。
アリシア様が森で拾われた少年、カガミ。
初めて会った時から末恐ろしいとは思っていたが、あどけない様子の今でも十分に、私が思う以上の怪物なのかもしれない。
ふと脳裏にそんな思いがよぎった。




