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女王の災難、あるいは大公の無双 (後編)

作者: トネリコ

「あんた馬鹿じゃないんですか!? こんなに傷だらけになって、もう!」


アデルとイザークを先頭にしたひとりだけ素っ裸行列の終点、エテルティ城で待ち構えていたニーナは、見事に鞭で打たれた部分を怒りのままに叩き、アデルを苦悶させた。 龍女王の養母だから許される不敬である。


「馬鹿ついでに、宰相のイテルデ公爵と宮廷画家を呼んでくれ……」

「宰相様は分かるとして、なんで宮廷画家まで!? 着替えと怪我の治療が先!」

「いや、この怪我は残しておかないと困る……」

「あんまり聞き分けのないことばかり言っていると、追加で叩きますよ」

「……甘んじて、叩かれようか」


その後、宰相のイテルデ公爵と宮廷画家がやってくるまで本当に叩かれたままだったアデル。 宰相のイテルデ公爵が宥めてやっと怒りが収まったニーナが退出するのを見送り、本題に入る。


「イテルデ公爵。 そなたには、保護した奴隷達が当面生活する宿の手配を頼みたい。 宿屋に支払う宿賃は、俺の私財か、それとも血税か、そこが悩ましいところだ」

「御意のままに。 今回は、税金を使いましょう。 奴隷達は全員我が国民ですから」


宰相との打ち合わせの後、居心地が悪そうに待機していた宮廷画家に、アデルはとんでもない頼み事をした。 傷だらけの自分の体を描いてほしいと依頼された宮廷画家は、涙目になりながら許しを乞うた。 どこの世界に、虐げられた女性を喜んで描く画家がいるだろうか。 「そなたの腕を見込んで」と言われては心苦しいが、それでも引き受ける気にはなれなかった。 とうとう涙目を通り越してすすり泣き始めた宮廷画家に困り果てたアデルは、傍に控えている宰相を経由して彼にハンカチを渡すと、どうしたものかと考えこむ。 ……そして、ひとつの作戦を思いついた。


「宰相。 手の空いている宮廷画家と、お針子達を全員召集しろ!」


目を丸くした宰相は、女王の命令どおり画家とお針子達を招集した。

だが、こっそり大公と女王の養母も呼び寄せるあたり、宰相もしたたかだった。


大公を絶句させ、養母に再び叩かれながら。 【ひとりでは荷が重いのなら、人数を集めて分担してもらえばいいじゃない作戦】のもと、アデルがお針子達に仕立てさせたのは、奴隷達が纏っていた襤褸切れ同然の布を繋ぎ合わせて作った〈奴隷達のドレス〉だった。 仕立てに影響しない限りありのままの生地を使い、滲んだ血もそのままに。不足する生地は、同じものを買い足した。 女王から直々に「そなた達の衣服を、新品の衣服と交換してくれ!」と頼まれる日が来るなんて、奴隷達の誰ひとりとして想像もしなかったことだろう。


人身売買の件を裁く日、アデルは奴隷達のドレスを身に纏って玉座に座った。


夫であるイザークはその隣に座りながら、あの日から放置されたままのアデルの傷が気がかりなようだったが、アデルはあくまで女王に徹し、夫の視線に反応することはなかった。人身売買の被害者として、元奴隷達にも裁きを見届ける権利があると考えたアデルの計らいで、希望する者は裁きを傍聴することが許された。 万が一など決して許さないと言わんばかりの気迫で、ダリウス大将軍が元奴隷達の盾になっている。 奴隷達にはどこまでも強気に振る舞える奴隷商人も、エテルティの龍女王と大将軍の前ではまな板の鯉同然だった。 逃げた奴隷を折檻したと思ったら、実は女王を折檻していた奴隷商人は「女王様と知っていたら、折檻など……!」と震えながら弁明するしかない。 命が掛かっているこの状況では、当然だろう。


「『俺であると知っていたら』……? 違う、誰ひとり奴隷として折檻されてはならんのだ! 女神の国には未来永劫、奴隷など不要である! 奴隷に頼って国を存続させる無様を晒すくらいなら、いっそ滅んだほうが潔いというものだ!」


龍女王の怒気を真正面から浴びた奴隷商人は、許しを乞う言葉すら出せなくなって震えるばかり。 だが、これはまだましなほう。 奴隷商人と入れ替わる形で召喚された、人身売買に関わってしまった貴族達には、更に激しい怒りが向けられた。


「エテルティでは、人身売買は固く禁じられている。 そなたらは貴族でありながら、それを破ったな。 即位したばかりの、盲の女王相手なら誤魔化せるとでも思ったか? ……随分と、舐められたものだ! 初代国王の教えに背き、禁忌を犯す貴族など、貴族にあらず! 今すぐに貴族の称号と財産の一切を国に返上し、どこへなりと去るがいい!」


せめてもの慈悲として、幼子やその母親は追放の対象からは外した。 だが、貴族としての籍や財産は例外なく剝奪。 追放を免れても、もう今までの暮らしには戻れない。 国を追われても、残されても。 どちらにしても、貴族としての待遇に慣れきった者達にとっては生き地獄でしかなかった。 どうかお慈悲をと乞う貴族達の声に、アデルは一切耳を貸さなかった。


「誰かの家族をモノのように金銭で買っておきながら、我が身に危機が迫ると慈悲を乞うか。 ……本当によい御身分だな、そなたらは」


呆れ果てて言葉もないアデルによって、淡々と審判は下された。


奴隷商人は重罪。 ただし、女王への不敬罪は不問とされた。

鉱山での強制労働を命ぜられた彼はこれから、酷使される辛さを思い知るだろう。


禁忌であると知りながら人身売買に関わった貴族達は、先例に倣い、身分と財産没収の上、国外追放が言い渡された。 妻子、あるいは夫と引き離される彼ら彼女らだが、人身売買などに関わったのが全ての原因。 奴隷達が故郷や家族と引き離されたように、貴族達も国や家族と引き離される。 ただ、それだけのことだ。


「罪というのなら、大公イザークこそ問われるべきではないのか!」


イザークが大公、彼の弟シモンがキアエル公爵となってから、輝ける龍女王の戴冠の陰で腐るほど囁かれてきた影口。 それをここでも聞かされる羽目になったイザークだったが、眉ひとつ動かさなかった。 有象無象の戯言に意味はない。 彼を揺り動かすのは、ただひとつ。 愛する人であり、永遠の忠誠を捧げた女王であるアデルの言葉だけだ。 初めて出会ったあの時から、ずっと。 不敬罪に問われたいか、と金色の魔力を漂わせながら低い声で問い質すアデルを宥めたのは、イザーク自身だった。


「女王、愚か者の戯言に心を乱してはなりません。 誰か、エテルティ貴族の恥晒しどもを連れて行きなさい! 二度と、私達の女王の目に触れないように!」


陰口に痛烈な一言を返された貴族達は、それから数日のうちにエテルティを追放された。 彼らが蓄えていた財産は全て奴隷達の支援に充て、称号や領地は経営の実力や人徳がある別の貴族達に振り分けられた。


「エテルティの龍女王アデルから、全ての貴族達に改めて申し渡す。 エテルティには未来永劫、奴隷など不要である。 奴隷の存在を肯定することは、龍女王の意に背くことと心得よ! よいな!」


奴隷達の血と涙がにじむドレスを身に纏った龍女王の言葉に、騒動後に厳命によって城に集められたエテルティの全ての貴族、その誰も彼もが頭を垂れたという。


これにて、この騒動は幕を閉じた。


この騒動がきっかけで描かれたエテルティの宮廷画家達の合作『龍女王の受難』は、奴隷の惨たらしさを象徴する絵画として、奴隷達のドレスとともに後世に伝わることになる。 奴隷達のドレスを身に纏い、痛々しい傷に涙する龍女王の姿が描かれている絵画だが、実際のところは受けた傷ではなく、いつまでも治療を受けないことに怒り心頭の養母に叩かれすぎて思わず龍女王が涙したことは、龍女王本人と大公だけの秘密だ。


[完]


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