僕たちのこおりやま
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
う~ん、やっぱりこういう日はアイスが一番だねえ!
棒のアイスは食べ歩きしやすいけれど、腰を下ろして食べるならカップアイスも捨てがたい。ま、どちらも食べ始めが一番幸せを感じるときだねえ。食べ終わるころがむなしいけれど。
物事には、いずれも終わりがある。楽しいときでも苦しいときでも。自分にとって都合のいいときはいつまでも続いてほしいけれど、そうでないときは一刻も早く終わってほしいと願ってやまない。時間とは、そのような心の救い主なのかもしれないね。
――なに? それならそもそも嫌なことから逃げればいいって?
はは、確かにときには撤退も大事だねえ。
なんでもかんでも素直に受け止めすぎて、自分に限界が来てしまったら本末転倒だ。とはいえ、まわりの状況とかによってはそれも難しいことがあるのだよねえ。逃げることで、かえって事態を悪化させてしまうかもしれない。
その点、自然にあるものはホントたいしたものだと思う。粛々と受け止めて、結果を僕たちにくれるばかりだ。自分が苦しい目にあっても悲鳴もあげない……いや、我々が聞こえていないのみかもしれないけれど。
……ふう、おいしかった。こーちゃんも、そろそろ食べ終わりそうかい?
なら、ひとつネタを提供しようか。時間を限定されていた、僕たちの昔の遊びについてさ。
このことはおそらく、子供時代の僕とその同級生たちしか知らないと思う。今回、こーちゃんはその特別な一員になる、ということだね。
小学校4年生くらいのとき、僕と仲間たちはそれに気が付いてね。遊び場にしていたんだ。
こおりやま、と僕たちは呼んでいた。名前から察せられる通り山の名前だが、これはどうも午後2時あたりから日没までの間に、足を運ぶことができる場所だった。
地図などで確認はできない。特に侵入が禁止されているわけでもない。
でも、歩きなれた者ならば分かるんだ。ここは、いつも遊ぶ山から外れた場所にある山なのだと。地続きになっているよそであるのだと。いつもの山が広く感じられるんだ。
そして、もうひとつ気づいたのがここは子供しか入れない場所らしい、とのこと。
この山の中で大人と出くわすことは、不思議となかったんだ。こことつながる裏山は、普通に大人たちも出入りをする場所で、あまり遅くまで遊んでいるところを見つかると咎められたりしたものだ。
けれども、「こおりやま」に入っている間はそれがない。僕を含めた友達はそれに気づくと、大人たちにとやかく言われたくないときはここを使ったんだ。
だが、先に話した時間の制限があることにも、僕たちは気づいた。
陽が落ちきってしまうと、こおりやまはまなこを閉じたかと思うほどの暗闇に閉ざされてしまい、その闇が晴れたかと思うと僕たちはいつもの裏山のふもとに立っている。
試しに山へ入る前に写真を撮った子もいたけれど、いつもの裏山と面積は変わらない。やはり、こおりやまはここにはないが、存在はしている。
その広大な秘密基地めいた場所を、僕たちは好んで使っていたんだけれど……やがておかしいことが起こり出したんだ。
最初に気づいたのは、このこおりやまでかくれんぼをしていたときだ。
僕は鬼役で100数える間に、みんなに散ってもらっていた。この広い山の中で鬼役が交代することは、そうそうあることじゃない。つまり、みんなを見つけきる前にタイムリミットを迎えてしまうことが、多々あったんだ。
遠くかなたから聞こえる「もういいよ~」という声を頼りに、目隠しにしていた木から顔を離した僕だけど……次の瞬間には目を疑うもの見てしまう。
逃げる役の子供がひとり、僕の数メートル先にいたのさ。
こちらへ尻を向けて、四つん這いになっている。しかもその頭はしきりに上下へ揺すられて犬か何かを見るようさ。
「み~っけ」などと、のんきに告げられる雰囲気じゃなかった。彼はこちらをまったく振り向く様子もなく、一心不乱。そうっと横に回ってみて、その気味悪さを再確認する。
彼は土を……この、こおりやまの土をなめていたんだ。舌でぺろりぺろりと、夢中でさ。
声をかけても反応がなく、肩に手を置くとその手をつかんで噛みつかんとしてくる。危うく指を食いちぎられるところだったよ。
――これ、なんだかやばいって。
僕ひとりじゃあ、どうしようもできない。なので、他のみんなの手も借りようとしたのだけど、ちらりと頭を嫌な予感がよぎった。そして、それはすぐ現実のものになる。
みんなが、それぞれの隠れ場所で彼と同じように地べたをなめまくっていたのさ。
いずれも声に反応せず、物理的に干渉しようとすると、容赦のない敵意をぶつけられる。
時間をかけて、こおりやま中をめぐってもその状態で、僕は途方に暮れちゃったよ。
大人たちを、このこおりやまに呼べば助けてもらえるかもしれない。でも、これまで偶然か何かしらの理由があるのか分からないが、これまで立ち入ったことがないだろう者を、入れることには抵抗があったんだ。かといって、このままにしておくのは……。
不幸中の幸いか。参加したみんなを全員発見することに成功はしたのだけども、やがて僕はあることに気付いた。
なめているみんなの舌が、まったく汚れていないんだ。
土をなめているなら、舌にそれらがつきそうなものなのに、いっこうにそれがない。一人二人ならともかく、全員がそうなのだ。
――ひょっとして、僕たちが踏みしめているここって、土じゃない?
とんとん、と靴で叩いてみても異常は感じられず、手で触ってみても同じ。
そうなると……みんなと同じことをしてみれば、分かるのか?
正直、気持ち悪さはぬぐえないが、試してみなくては分からないかもしれない。
おそるおそる顔を近づけ、地面をひとなめしてみる僕。
そこで思いもよらない、シュークリームのカスタードにも似た甘い風味を覚え……そこからの記憶は判然としない。
気づいたとき、僕たちはこおりやまの時間制限にあったときのように、裏山のふもとにいたのだから。
一人残らず犬のような格好で、足元の砂利をなめていた。そしてあまりのまずさに立ち上がるところまで同じだ。
僕と同じように、皆はあのこおりやまの土をなめ、同じように甘さを感じたところまでしかろくに記憶がなく、僕の声掛けもまったく分からなかったそうだ。
僕は皆の行動を見て試したわけだが、他のみんなが何をきっかけにしたのか、それは頑として話してくれない。よほど恥ずかしいか、あるいは口にするのがはばかられるものか。
その時以来、僕たちはこおりやまへ行くのは取りやめたんだ。
いや、行くという表現も妙かもしれないな。こおりやまをああしてなめていた僕たちは、もとは身体の中にあったこおりやまを、ああやって取り戻そうとしていたのかもしれないから。