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第9章 小野小町


渋谷。世界有数の交差点が描き出す人と光の波。その中心に、ひときわ異彩を放つひとりの女が立っていた。色褪せぬような紅の小袖に身を包み、艶やかな黒髪を結い上げた姿。かつて六歌仙のひとりとして名を馳せ、「絶世の美女」と謳われた小野小町が、現代に現れたのである。

「ああ…ここが“都”の今の姿とは。まるで夢のなかのよう」

目の前を、幾千の光が走る。巨大なスクリーンには化粧品の広告、音楽アーティストのプロモーション、動画配信者の笑顔。すれ違う若者たちは、誰もが己の装いを競い、思い思いの色彩に身を包んでいた。花びらのように舞うスカート、宇宙のごときネイル、髪には虹のような染め色。

小町は、まるでかつての宮廷に戻ったかのような錯覚を覚えた。だが、決定的に違っていたのは、その「美」が人の目で見られるだけでなく、機械の目にも捉えられ、瞬時に「拡散」されていくことだった。

「これが…“映える”というのか」

人々のスマートフォンが、小町の姿を捕らえていた。「なにこの人、すごい!」「着物モデル?」「AIじゃないよね?」と、誰もが画面越しに彼女を保存しようと夢中になる。だが小町は、ふと足を止める。ビジョンに映った自分の姿、スマホのカメラ越しの自分の姿、そして実際に鏡に映った己。

「どれがまことの私かしら」

その問いは、かつて宮廷で美を競った日々にも通じていた。装い、化粧、言葉遣い、そのすべてが誰かに見られることで完成する美。しかし今や、その「見る」存在すら、デジタルの彼方にいる。

小町は、道端のベンチに腰を下ろし、道行く人々を眺める。写真を撮っては投稿し、「いいね」の数に一喜一憂する若者たち。「その笑顔は、誰のため?」「その装いは、心からのもの?」

彼女は思う。かつて自分が美と愛に生きた日々。その中にあったのは、「見られるため」ではなく、「愛されるため」の想いだったことを。

「花の色は、移ろうもの。けれど…その時、心に咲いた想いは、消えぬもの」

彼女は、そっと一首をしたためる。

 

静かに目を閉じる。喧騒のなかに、ひとときの静寂が訪れたかのようだった。

そして――彼女の姿は、そっと風にまぎれて消えた。残されたのは、ひらりと舞い落ちた一枚の短冊。それを拾い上げた女子学生が、驚きとともに読み上げる。

「…消えぬ想ひは、いまも恋しき…これ、誰が詠んだんだろう」

その答えは、春の風に乗って、どこか遠くへと流れていった。


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