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第6章 中納言家持

 

 夜の新宿。街の光がビルの窓に反射し、交差点を行き交う人々の顔を一瞬ごとに照らす。大型ビジョンには音楽と映像が流れ、足元のアスファルトには、スマートフォンの明かりが落ちていた。そのなかに、古代の雅な衣をまとい、肩に筆を携えた男が静かに佇んでいた。

 中納言家持――万葉の大成者のひとりが、現代に立っていた。

 彼はしばし、スクリーンの文字に目を留めた。流れる広告、歌詞、ニュース速報。そのすべてが光と音に包まれている。それでもなお、そこには「ことば」が確かに存在していた。

「人は、いまも言葉を刻むのか。紙でなくとも、手でなくとも、声でなくとも…」

 家持は地下の書店へと降りる。そこでは若者たちが平積みにされた歌集を手に取り、隣のカフェでは誰かがスマートフォンでSNSをスクロールしながら、小さく詠むように呟いていた。

「#今日の短歌 “眠れずに 光る画面を 撫でながら 誰かの夢に 混じりたくなる””

 彼はその画面に目を細め、感慨深げに頷いた。

「…万葉もまた、かくあるべきか」

 その時、ひとりの高校生がカウンターで話しかけられていた。

「これ、あなたの歌? すごく良かったです」

「え、うそ…ありがとうございます…」

 照れたように笑うその青年の姿に、家持は思わず顔をほころばせた。

「歌とは、こうして心に響き、そして渡るもの。千年前も、今も、変わらぬことよ」

 やがて家持は、近くの神社の境内へと足を運ぶ。参道に灯る灯籠のひとつひとつが、どこか昔の時代を思わせる。鳥居をくぐり、手水を取り、静かに願いを込める。

 その願いとはただ一つ――この世に言の葉が生き続けること。

 境内の片隅に腰を下ろした彼は、ポケットから出した現代の小さなメモパッドに、一首を記した。


 夜の風がそっと吹き抜ける。家持は筆を置き、空を見上げた。そこには千年前と変わらぬ月が、静かにかかっていた。

 そして――彼の姿は、すうっと灯りの影に紛れ、やがて誰にも見えなくなった。

 境内に残されたその短冊は、翌朝、神社の社務所で見つかり、「どこかの文学青年の置き土産だろう」と言われながらも、どこか神々しい余韻を残して、大切に保管されたという。

 終


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