表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百人一詠 ── 現代に遺す念ひ──  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/41

第40章 平兼盛

 

 春の神社――そこは恋愛成就の御利益で知られる、都内の人気スポットだった。境内には若い男女が数多く集まり、赤い糸を象った絵馬や、おみくじを結ぶ鈴の音が風に揺れていた。

 そんななかに、どこか古風で、それでいて人混みに自然と溶け込む男が立っていた。優美な姿に清潔な直衣をまとい、深くもの思いに耽る瞳――それが平兼盛であった。

 彼は、百人一首でも屈指の“情熱の恋歌”を詠んだ歌人として知られる。

「しのぶれど 色にいでにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」

 感情を押し隠しながらも、にじみ出てしまう恋心。その激しさと、抑えきれぬ想いの交錯。それこそが、彼の和歌の真髄であった。

 今、彼の目の前では、スマートフォンを手にした若者たちが、恋愛祈願のための写真を撮り、SNSで“推しの神様”を紹介していた。

「これが…恋を成す祈りのかたちか。姿は違えど、心の震えは昔と変わらぬものよ」

 彼は、境内の奥にある“縁結びの石”の前に佇み、耳を澄ませるように、そっと人々の声に心を寄せた。

「告白、成功しますように…」

  「遠距離、もう一度会えますように…」

  「好きって、言える勇気がほしいです」

 そのどれもが、平安の世に交わされた恋文と、何も変わらぬ“まっすぐな心”を宿していた。

 彼はふと、境内の掲示板に「恋の短歌を詠もう!」という企画を見つけた。色とりどりの短冊に、参拝者が想いの歌を記していく試みだ。

 ある若者の一首が目を引いた。

「見つめても 届かぬ距離に 君がいて それでも夢を 見てしまうのは」

 それを読み、兼盛は微笑んだ。

「よいな…。恋とは、報われぬ日々すらも美しく染める“糸”なれば」

 彼は、静かに筆を取り、一首を綴った。



 その歌は、ほかの短冊に紛れて静かに吊るされた。

 数日後、その一首は境内の人気投稿としてSNSで紹介され、「まるで和歌の神様が詠んだみたい」と話題を呼んだ。恋愛成就の御守りに、この歌の印刷された特別版が作られ、あっという間に頒布終了となったという。

 “真っ直ぐに人を想う気持ち”は、時代を超えて、いまも誰かの背中をそっと押している。

 平兼盛は、満開の梅が揺れる参道をあとにしながら、心の中でひとつの恋を想った。

 “叶うか否かではない。想いを尽くすこと、そのものが、恋の証なのだ”

 そう呟きながら、彼の姿は、春霞のなかに消えていった。

 終


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ