第34章 藤原興風
昼下がりのテレビスタジオ。色とりどりの照明が並び、笑い声と拍手が絶え間なく響く。収録中のバラエティ番組のセットの中に、やや場違いな出で立ちの男がひとり、穏やかな微笑みを浮かべて座っていた。唐風の衣装に身を包み、眉目秀麗ながらも、どこか滑稽さを感じさせる柔らかさ――藤原興風である。
彼は、平安中期に宮廷内外で“風流人”として知られた。ユーモアと教養を兼ね備え、場の空気を読む力に長け、歌人としても逸品を残した人物だ。
今、彼は「即興和歌で芸人と対決!」というコーナーにゲストとして招かれていた。MCが軽快に進行するなか、芸人たちは次々と、テーマに沿った即興の短歌を披露している。
「お題は“恋のすれ違い”!」
「来ると思って 待ち続けたよ 居酒屋で LINE未読の 君は来ぬまま」
観客席は爆笑に包まれ、興風も肩を揺らして笑った。
「巧い…現代の“こぬ人を”やな!」
そして、MCに促されて舞台の中央に立った彼は、軽やかに短冊を手に取り、笑みをたたえて一首を詠んだ。
スタジオが一瞬静まり、そのあとで拍手が巻き起こった。芸人たちも手を叩きながら「これは勝てん!」「急に空気、清められたわ!」と笑いながら口々に言った。
収録が終わったあと、彼は楽屋で一人、差し入れのどら焼きを頬張っていた。そこへ番組スタッフがやってきて、礼を述べる。
「ありがとうございました!ほんとに空気変わりました。和歌って、こんなに面白くて沁みるんですね…!」
興風は笑いながら、こう返した。
「笑いとは、心の隙間に咲く小さき花なり。咲かせるは、ことばの陽ざしよ」
彼の言葉は、のちにその番組のナレーションでも使用されることになる。
また、詠んだ短歌は「スタジオの神句」としてポスターになり、収録セットの壁に飾られるようになった。
そして、視聴者投稿で「うちの学校でも和歌コーナー作りました!」といった声が届き始める。
誰かがSNSに記した。
「言葉で笑って、言葉で泣けるって、やっぱりすごいことだなあ」
それは、藤原興風が千年の時を越えて、いま再び“言葉の座興”を生きた証だった。
彼の姿は翌朝、テレビ局の近くの喧騒の中に、そっと消えていた。
ただ一陣の、笑いを含んだ春風だけが残された。
終




