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百人一詠 ── 現代に遺す念ひ──  作者: 乾為天女


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第22章 文屋康秀

 

 午後の新橋。街路に貼られた広告ポスターの数々、駅前のデジタルサイネージ、電車内の中吊りコピー、すべての言葉が、彼を引き止めた。着古された直衣を軽く羽織り、手に筆を持つ癖が抜けぬような所作――それが文屋康秀だった。

「なるほど、これが“現代の句”というものか」

 彼はとある駅ビルの屋上にある広告専門ギャラリーを訪れた。「コピーライター展」と題されたその展示では、企業広告の名文句、商品のタグライン、そしてCMに使われたキャッチコピーがずらりと並べられていた。

 《おいしい記憶は、未来の味になる》

  《会いにいこう。理由はあとからついてくる》

  《あなたの一日を、誰かが支えている》

 康秀は、その一つ一つの短い言葉に足を止めては、唸るように頷いていた。

「短きことばのなかに、これほどの情を込めるとは…まさに、歌の魂と変わらぬ」

 彼はもともと、言葉を“洒脱”に使うことに長けた人物だった。ときに滑稽、ときに情深く、平安の世においても異彩を放つその表現は、「和歌の職人」として知られた所以である。

 現代においても、言葉は人を動かすために磨かれ、研がれていた。たった十数文字で、人の心に火を灯すその力。企業の顔になる、国家の意志を伝える、恋の告白すら代行する。

「これぞ、言葉の勝負の場。我が出るべきいくさは、まさしくここにあり」

 そう感じた彼は、近くの広告代理店の前に立ち寄った。自動ドアが開き、クリエイターたちが慌ただしく出入りする姿を見ながら、彼は思った。

「もし我がこの世に生きておれば、“キャッチコピー”を生業としたかもしれぬな」

 街を歩く途中、彼はふとひとつの広告が目に止まった。

 《つながらない、だから想う。沈黙の向こうに、言葉がある》

 それは静かな演出のポスターで、喧騒に満ちた駅構内のなかでも異質な静けさを持っていた。

「…これは、見事だ」

 康秀は胸を打たれた。派手な表現ではない。ただ、その“行間”にこそ、無数の感情が詰まっていた。

 彼は立ち止まり、鞄から短冊を取り出して、筆をとった。



 書き終えたその短冊は、彼がそっとポスターの下に貼り付けていった。

 そして、夕陽の射す歩道に立ち止まり、静かに口元をほころばせる。

「言葉よ――また会おうぞ」

 その姿はまもなく、広告の光のなかに吸い込まれるように消えていった。

 数時間後、通りかかったコピーライター志望の学生がその短冊を発見した。

「…誰かの仕掛け?でも、すごく深い…」

 その歌は、彼のノートに書き写され、やがて卒業制作の広告企画の一節に引用されることとなる。そして、後年「コピーの神様」と呼ばれる男が、その原点を聞かれたとき、静かにこう語る。

「ある日、新橋の駅で一枚の短歌を見つけたんです。あれが、始まりでした」

 終


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