第2章 持統天皇
東京・国際フォーラムのコンベンションホール。ここでは、女性リーダーたちによる国際カンファレンスが開催されていた。壇上では、政治、経済、教育、医療と多彩な分野で活躍する女性たちが、自らの経験と信念を語っていた。その客席の一角に、時代錯誤ともいえる女帝の姿があった。優美な唐衣に裳を引き、頭には金色の髪飾りをいただく――持統天皇、その人であった。
彼女の眼差しは真っ直ぐに壇上を見据えていた。司会者の紹介に呼応して立ち上がった女性たちは、いずれも力強く、自信に満ち、そして誇り高かった。誰もが、自らの道を歩み、未来を切り拓いていた。
「これぞ、まことの“治世のかたち”なるや」
かつて持統天皇は、壬申の乱という激動の時代を乗り越え、大王の位に即いた。女でありながら、その意志と政における手腕で国をまとめ、天武天皇の志を継いで律令制の礎を築いた。民を思い、土を測り、法を整え、戸籍を編み、田を配る――その一つひとつが、未来の安寧への布石だった。
そして今、現代の“治世”は、かつての“皇のみに許された務め”を、人々自身が担っている。男女の別を越え、年齢を越え、国籍を越え、誰もが民を思い、社会をより良くしようと動いていた。
持統天皇は思わず隣の席に座る若い女性に声をかける。
「そなたも、この場にて語る者か」
「え? あ、はい…私は環境政策のNPOで働いていて…今日は登壇はしないけど、いつかは…」
恥ずかしそうに笑うその女性の目には、確かな覚悟と夢が宿っていた。持統天皇は頷き、かすかに目を細める。
「民を思う心、それこそが真の政なり。そなたの道は、正しきものぞ」
会場の後方には、「働く母親たちのための託児スペース」も設けられていた。乳児を抱える母がタブレット片手にセッションに耳を傾け、保育士が優しく子をあやしている。「家と政を両立させるなど…まさにわが願いし世のかたち」と、持統天皇は胸を熱くした。
かつて「男系」の中で唯一自ら即位した彼女は、常に孤独と闘っていた。「女であること」が時に障壁になり、「母であること」が国家とどう折り合うかに苦悩した。それでも、己の信じた“慈しみの統治”を貫いた。そして今、目の前にはそれを受け継ぐ無数の“女たち”がいた。
日が傾くころ、屋上庭園に出た彼女は、小さな短冊を手に取り、ゆっくりと筆を走らせる。
風がそっと吹き抜ける。ビルの谷間の緑の上で、その歌はまるで花びらのように舞い上がり、やがて空へと消えていった。
持統天皇の姿もまた、その風とともに掻き消える。残された短冊は、庭園の片隅で偶然にも拾われ、SNSにアップされた。「誰が詠んだんだろう?」「古典っぽいけど、なんか今の話みたい」と、小さな話題となった。
だが、それでよい。名を残すことではない、心をつなぐことこそが本懐――そう言いたげな、微笑を湛えたまま、彼女は天へと還っていった。
終