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第18章 藤原敏行朝臣

 早朝の新大阪駅。旅行者やビジネスパーソンで賑わうホームに、古風な直衣をまとった男が立っていた。藤原敏行朝臣――かつて「夢の通ひ路」を詠い、恋と現実のあわいを見つめた歌人が、現代の鉄道の要衝にふと現れた。

 彼の眼前には、新幹線が発着し、人々がまるで風のように移動していた。手にはスーツケース、肩にはカメラ、目はスマートフォンの画面に釘付け。若者たちはホームに立ったまま、SNSへと旅の写真を投稿していた。

「今の旅とは、“想いを記す”ではなく、“絵を残す”ものとなったのか」

 かつて敏行が旅先で感じた風の匂い、夜の冷たさ、誰かの不在――それらは歌に込められる“余白”として存在していた。だが今の旅は、フレームに収められた“記録”として即座に世界へ共有される。

 彼は駅構内の観光情報スペースに足を運ぶ。大型スクリーンには「#旅ログ」「#フォトジェ旅」の投稿が次々と表示される。夕暮れの海、古寺の石段、夜景に浮かぶ塔。

 そこに美しさはあった。だが、心の奥に残るような“気配”が、どこか希薄に感じられた。

「恋もまた、いまや画像のなかに封じられるものとなりぬか」

 敏行は駅を出て、梅田の繁華街に向かった。道すがら、偶然立ち寄った神社の境内では、旅の無事を祈る若者が絵馬を書いていた。その筆跡はたどたどしくも、どこか切実で、彼の胸を打った。

「写真には写らぬ想いが、いまも人の中にある。ならばそれを、言葉にせねばなるまい」

 彼はその場でそっと短冊を取り出し、静かに一首を記した。



 その短冊は、絵馬とともに奉納されたが、誰が詠んだのか、名は記されていなかった。

 それでも――後日、偶然その歌を目にした短歌好きの大学生が「これは新しい“古典”かもしれない」とSNSに投稿し、瞬く間に拡がっていった。

 そして誰かが、こう呟いた。

「この歌、写真よりも旅を思い出せる気がする」

 それこそが、敏行の願いであり、言葉が宿す本来の力だった。

 終


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