第15章 光孝天皇
朝の銀座。ショーウィンドウには最新のファッションと健康家電、寿命を延ばすというサプリメントが並び、人々は颯爽と歩いていた。そのなかに、一人の老人がゆるやかに佇んでいた。白銀の髭、穏やかな眼差し、そして威厳ある装束――光孝天皇である。
彼の足元を、子どもたちが笑顔で走り過ぎていく。片手には「未来年表」と題された児童書。彼の耳には、通りすがりの会話が届く。
「人生百年時代、だから学び直しが大切なんだってさ」
「定年後もオンラインで資格取れるし、70代から大学に入り直す人もいるらしいよ」
光孝天皇は、その言葉に深く頷いた。
かつて彼は、異母兄の死と政治の混乱を経て、晩年にして即位した天皇だった。決して望んでいたわけではない立場。しかし、彼は“老いてもなお、国を思う力がある”ことを、行動で示した。
今、彼の目の前にあるのは、学び続ける高齢者、働き続ける老人、そして老いを恐れず笑う人々の姿だった。
「老いとは、終わりにあらず。始まりにもなり得るのだな」
彼は地下鉄に乗り込み、偶然乗り合わせた老婦人がタブレットで英語を学んでいるのを見て、深く感動した。
「この世は進み、老いすら超えて学ぶ。我が願いし“教えの道”が、ようやく民草のものとなったか」
その後、彼は近くの区民会館を訪れた。そこで開かれていたのは「高齢者の学び直しフェア」。書道、俳句、パソコン操作、外国語――どの部屋にも熱心な学び手がいた。
「心光りて、若き日に還る…まさに、このことか」
彼は静かに短冊を取り出し、机に向かって一首をしたためた。
書き終えると、受付の女性に「寄せ書きとして掲示してもよろしいですか?」と微笑んで尋ね、短冊を託した。
その姿は、次の瞬間には消えていた。誰も不思議に思わなかった。むしろ、あの穏やかな老人の詠んだ言葉は、多くの来場者の胸に深く染み入った。
それから数日後、同じ会場に通っていた八十代の男性が「この歌を読んで、英語の勉強、もう少し頑張ってみようと思いました」と語った。
そうしてまたひとつ、光孝天皇の想いが、現代の中に息づいた。
終