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第14章 河原左大臣

 

 夜の六本木ヒルズ。煌びやかなラウンジの一角に、異国の空気を纏った人々が集い、グラスを傾けていた。そこに紛れるようにして、ひとりの男が座していた。金襴の狩衣、ゆるやかに束ねた黒髪、鋭い眼差しと静かな微笑――河原左大臣こと、源融である。

 彼の周囲では、英語やフランス語、中国語、アラビア語が飛び交い、話題はアート、仮想通貨、最新の建築に至るまで多岐にわたる。源融はそのすべてを黙って聞いていた。まるで、世界を一望する者のように。

「これが、富と知の交わる“現代の貴族”たちか…」

 かつて、嵯峨天皇の皇子として生まれ、宮廷人として華やかに生きた源融。塩釜の浦を模した庭を造り、風雅を極めた男が、今こうして、ガラスの塔のなかで現代の“財と美”を見つめていた。

 ある青年実業家が、隣の席で語る。

「金の流れを読むことがすべてです。情など不要。必要なのは、先を見る目と、冷静な判断だけ」

 その言葉に、融は酒を一口含み、ふと漏らす。

「情を捨てた金は、香を失う。財もまた、人の心に香りてこそ、美なり」

 青年は驚いたように彼を見たが、言い返すことなく、やがて静かにグラスを置いた。

 しばらくして、融はラウンジの奥、ひとりの女性と視線を交わした。彼女は世界的企業のCEOでありながら、古典芸術にも造詣が深く、日本文化を愛していた。互いに一礼し、少しだけ言葉を交わす。

「時代は変われど、美は変わりませんね」

「変わらぬものを、求める心があればこそ、時代は香るのです」

 彼女は微笑み、こう応じた。

「その言葉、明日も思い出せるといいな」

 源融は一枚の紙を取り出し、さっと筆を走らせる。


 その歌を、そっと彼女のグラスの下に置き、立ち上がる。

「富も権も、香りある心にてこそ、生きるものよ」

 そう呟いて、彼の姿は夜の帳に紛れ、いつのまにか消えていた。

 翌日、その女性CEOは出席した講演のなかで、偶然手にした短歌を引用した。「これは名もなき詠み人から届いた、最も洗練された贈り物です」と語り、その歌は経済誌の片隅に小さく掲載された。

 誰もそれが、河原左大臣の現代のひとときから生まれた一首であるとは気づかなかった。

 終


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