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第12章 僧正遍昭


東京ドーム近くの大型アリーナ。まばゆいライトが回転し、地鳴りのような歓声が館内を包んでいた。ステージには、最新の映像演出と音楽、舞踊が交錯するアイドルグループのライブが展開されている。場内の一角――観客の熱狂からやや距離を置いた場所に、風変わりな男が静かに座っていた。

装束は平安の直垂、首には袈裟、手には数珠。だがその姿は群衆のざわめきに飲まれることなく、むしろ一幅の絵のように場に溶け込んでいた。彼こそ、六歌仙のひとり――僧正遍昭である。

彼の目は、ステージ上のパフォーマンスをまばたきもせず見つめていた。アイドルたちの統率された動き、舞台を満たす光と音、そしてそれに応える一万を超すファンのコール。信仰にも似た熱狂と、祈りに似た一体感。

「これは…まさしく、今の“祭祀”か」

彼はそう感じていた。

若き日、宮廷で愛された遍昭は、のちに出家し、歌を手放さずに仏道を歩んだ。「美」と「心」、そして「祈り」は、彼の中で常にひとつであった。そして今、目の前のステージにもまた、形こそ違えど、それが宿っていた。

やがてライブは終盤を迎える。メンバーが涙ながらに語る「いつも応援してくれてありがとう」という言葉に、場内の光がいっそう明るくなり、ペンライトが天に向かって振られる。誰もが手を合わせるように腕を掲げていた。

遍昭はその光景に打たれる。

「かくも人の心が一つになるときが、現代にもあるとはな…。ただの娯楽にあらず、これぞ現代の“仏縁”なり」

ライブが終わり、人々が会場を出ていくなか、遍昭はゆっくりと立ち上がり、誰にも気づかれぬようにステージに近づいた。演出機器が片付けられる舞台袖。そこで彼は、落ちていたスタッフ用のメモ用紙を拾い、そこに一首をしたためる。

 

短く息を吐き、その紙を花道の床にそっと置いた。

「たとえ姿はうつろえど、人の心のなかに清き調べが響くかぎり、道は続く」

遍昭は一礼し、静かに歩を返した。その背に、もう一度だけステージ照明の残光が差し込んだかのようだった。

彼の姿は、夜風に乗って、そっと消えていった。

翌朝、会場を清掃していた若いスタッフが、その短冊を拾った。「アイドルファンの誰かが置いたポエムかな」と笑いながらも、それを財布にしまった彼は、その後、偶然にも短歌の世界に興味を持つようになったという。

その一首が、彼の心に灯をともしたことを、遍昭はすでに知っていたのかもしれない。


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