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第11章 参議篁

 

 ある春の午後、都内の大学キャンパス。桜が咲き誇る並木道を歩く学生たちの間に、ひとり異彩を放つ男の姿があった。濃紫の束帯に身を包み、鋭い眼差しで講義棟を見つめる――その人こそ、参議篁たかむらであった。

「ここが…知の府、か」

 篁は、正門前に掲げられた「公開講義開催中」の看板に目をとめる。テーマは「和歌と法の交差点」――彼にとっては、まさに運命的とも言える内容だった。

 彼は人の波に紛れ、講義室へと足を運ぶ。スーツ姿の教授が壇上に立ち、モニターには彼の名が映っていた。

 《小野篁 ―詩と政治を生きた異才―》

 講義は、篁の漢詩と和歌、遣唐使の逸話、野狂と呼ばれた逸脱の精神、そして律令制とその矛盾にまで言及していた。学生たちは熱心にノートをとり、時にクスクスと笑いながら、彼の“地獄送り”伝説に興味を示していた。

 篁は最初、眉をひそめた。

「我が行いを、笑い話に仕立てるか…」

 だが、講義の終盤、教授がふと口にした言葉が、彼の心を捉えた。

「小野篁が現代に生きていたら、きっとSNSで論戦を繰り広げていたでしょう。文に宿る怒りと才気、それは時代を超えるものです」

 講義が終わり、学生たちがSNSで「#篁カッコいい」「#和歌で反骨」と投稿する様子に、篁は何かを悟ったように微笑した。

「かつて我が詞は、朝廷に向けて放たれし刃なり。いまは…この掌の中で、言葉が飛ぶのか」

 その足で、彼は大学内の図書館へ向かった。そこには、古典文学の棚と並び、現代詩、ネット詩、そして法律書が陳列されていた。棚の間で討論している学生たちの声が耳に入る。

「表現の自由ってさ、どこまで許されるのかな」「たとえ真理でも、傷つけるなら言うべきじゃないって意見もある」

 篁は静かにその声に近づき、手にしていた万葉集と六法全書を交互に見つめた。

「真理とは時に鋭く、されど人を傷つけずして、世は変わらぬ。言葉は、やはり“術”であるな」

 その夜、彼は図書館の片隅にある来館者ノートに、誰にも気づかれぬように一首を記した。


 篁の姿は、それを最後に誰の目にも映らなくなった。

 翌朝、その歌を見つけた学生が、Twitterにこう投稿した。

「昨日、誰かがノートに詠んだ歌。やたら鋭くて格好良い…#匿名歌人 #現代の篁か」

 この一首は、瞬く間に拡散され、ついにはテレビの情報番組でも取り上げられるに至った。

 だが、それが本物の“篁”の言葉であると、気づく者はいなかった。

 終


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