第四話「稼ぎ頭」
うちの加東組には二人の稼ぎ頭がいる。一人は若頭補佐の真下兄貴、もう一人は、若い衆の相談役の斎藤兄貴だ。
特に斎藤の兄貴ってのは変わった経歴があって、国立大学卒で、大手の貿易商社を経て組に入った。
港のブツを捌く仕事を一手に任されてるのが斎藤兄貴だ。
一方、真下の兄貴は学は無いが、天性の才能ってのがあったみてぇで、それで上手い商売を思い付いた。
真下兄貴は、表向きスポーツバーを経営してるんだが、そのバーってのが、不思議なことに、一番稼ぎ時の金曜日の夜は休業になる。
それもそのはず。事情を知ってる客は裏口から入店する。スロットもルーレットもある。要するにカジノをやってるって訳さ。
その日もいつもみてぇに事情通の客が、ぞくぞく裏口から入店してきた。
それで、明け方近くになると、負けまくった客が、ぞくぞくと店にカネを落として帰ってくんだが、そんな中で、四人の客がなかなか帰ろうとしねぇんだ。
そこで真下の兄貴と若い衆二人が、焼き入れてやろうと近寄った時、四人の客のうち、三人が懐から道具(拳銃)を出した。
兄貴達は、その日に限って丸腰だったんでなすすべがなかった。
四人のうちで、道具を出さなかった一人が近寄って来て、静かに口を開いた。
「おめぇんとこ、いい商売してんなぁ。」
永田組の若頭、伊藤だ。
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真下の兄貴と若いの二人は、店の金属製の太い柱に縛り付けられた。
「面倒臭ぇな、殺るならさっさと殺れよ!!」
真下の兄貴が噛みついた。
すると伊藤が答えた。
「お前らを殺るつもりはねぇえよ。ただな。取り引きっつーか、手を組まねぇか?」
伊藤がそう言うと、兄貴はガン飛ばしながら口を開いた。
「手を組むだと?てめぇ、何わけ分かんねぇこと言ってやがる?」
「うちの組とつるみゃ、カジノもっとでかくなるぜ。うちは世界相手に商売してるからなぁ。」
そう言うと、伊藤はタバコに一本火をつけた。
「兄貴、絶対にダメですよ!」
若い衆のうちの一人が兄貴に声をかけた。すると伊藤は、その若い衆にタバコの煙を吹き掛けて、こう話した。
「なんだ、てめぇ。誰もてめぇみてぇなチンピラに聞いてねぇよ。てめぇの兄貴と話してんだよ。それとも何か?ビビって目の前の現実が見えなくなったか?」
若い衆は負けじと伊藤に噛みついた。
「あ?あぁ、見えねぇよ、何も見えねぇよ!!」
すると伊藤は、バーのカウンターの向こうから、氷を砕くためのアイスピックを持って来ると、その若い衆の右眼めがけて、思い切り突き刺した。
ギャーッ!!!!
夜を劈く様な断末魔が店中に轟いた。
「どうした?あ?」
伊藤が若い衆の耳元で囁いた。
すると、もう一人の若い衆の方が伊藤に噛みつく。
「止めろ!この間抜けが!!」
伊藤は、若い衆の右眼からアイスピックを引き抜くと、今度は、もう一人の方の若い衆の右耳の中に、アイスピックを突き刺した。
ウギャーッ!!!!
それはもう、店が潰れんばかりの叫びだった。それを聞いた真下の兄貴が伊藤に答えた。
「もういい、止めろ!!俺の舎弟に手を出すな!二人を離してやってくれ、頼む。何でもする。」
すると、伊藤の携帯に着信が入る。
「もしもし。はい。はい。いえ、カジノです。はぁ、あぁ、はい。分かりました。失礼します。」
伊藤は引き連れてきた自分の若い衆の一人で、恐らく信頼のある奴だと思うが、そいつに言った。
「このカジノとこの辺りのシマはお前に任せるってよ。」
伊藤がそう言うと、その若い衆は伊藤に一礼した。
「てめぇのカジノとシマは、うちの組が直接面倒みることにしたからよぉ。て訳で、別にお前らじゃなくてもよくなったよ。」
どうやら電話の相手は永田本人だった様だ。
当初、永田は真下の兄貴を引き抜いて、自分の組に入れて、カジノとシマを取っちまおうとしたみてぇだが、どういう訳か、作戦を変更した様だ。
「じゃあな。あばよ。」
伊藤が店を立ち去ると、伊藤の若い衆が、真下の兄貴達の頭に、道具(拳銃)で弾を撃ち込んだ。
ベレッタM8000、通称クーガーだ。
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店の外に出た伊藤を追いかけて、一人の若い衆が声をかけた。
「兄貴、親分は何と?」
伊藤は答えた。
「作戦変更だよ。」
伊藤によるとこうだ。カジノってのは、いったん経営が軌道に乗って、常連客が付くと、比較的楽に回せるらしい。だから、真下の兄貴じゃない別の誰かでも良いってわけだ。
だから真下兄貴は殺られちまった。
「だがなぁ、海外相手の商売はそうはいかねぇ。何せ外国との遣り取りだから、何が起こるか分からねぇ。知恵と経験と度胸がいる。」
伊藤はそう言うと、先に車に乗り込んだ。
伊藤達の車は、街と街の境にある河川敷に停車すると、トランクから、ギュンギュンに詰め込んだ真下の兄貴と二人の若い衆の死体を引き摺り出した。
伊藤が連れてきた他の若い衆らが、先に河川敷に到着していて、深めの穴が掘ってあった。
その中に真下兄貴達を放り込むと、土を被せた。
伊藤はタバコを吸いながら、若い衆らに伝えた。
「明日、もう一人会いてぇ奴がいるから、お前らも付き合ってくれよな。」
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斎藤貿易は港の倉庫街の一角にあった。この前俺が売人をバラした倉庫の埠頭を挟んだ向えにある。
斎藤の兄貴の会社だ。
そこに車が一台停車した。伊藤達だ。
伊藤は、若い衆らに車に残る様に言うと、一人で斎藤貿易の事務所の玄関を開けた。
「Yes, I understand. I'll leave that to you.(はい、分かりました。お任せします。)」
そう言うと斎藤の兄貴は電話を切った。そして、事務所に入ってきた伊藤に気付いた。
「Hello, I'm here to discuss business with you regarding the phone call.(よぉ、商談にきたぜ、電話の件についてだ。)」
伊藤が斎藤兄貴に告げた。
斎藤兄貴は手で伊藤を案内して、応接室に通すと、二人は向かい合い、机を挟んで話し始めた。
「あんたとうちの親分が組めば、世界で勝負が出来る。俺は知ってるぜ。あんたが組織のカネを勝手にウォール街に突っ込んでるんだよな。」
伊藤が言うと、斎藤兄貴、いや、斎藤の野郎が答えた。
「俺はヘッジファンドには頼らない主義でね。カネは自分で回す。」
伊藤はにこやかに話す。
「成る程、それで莫大なカネを生み出したって訳だ。そのカネをどこで洗う?カネは国内じゃねーよな?ケイマンか?」
すると斎藤はそっと頷いた。
二人は固く握手を交わした。商談が成立した訳だ。
そんな裏切りを知る由もなく、俺は田舎の山奥の渓流で、相変わらず竿を垂らしていた。