第三話「五分と五分」
勝生会は中部地方一円を牛耳る団体だった。この本家若頭の田島に傘下の平塚組の組長である平塚が呼び出された。
平塚は藍沢の兄弟分だ。
「なぁ、平塚。おめぇ、兄弟分を殺られたそうじゃねえか。」
田島が冷たく言い放った。
「すんません!」
平塚は土下座で応えた。
「大事な兄弟分を殺られて、てめぇ、それで引き下がろうなんて考えてんじゃねぇだろうな?」
田島が続けて言い放つと、平塚は答えた。
「この落とし前は、必ずつけますんで。」
それで結局、平塚はいよいよ喧嘩に本腰を入れ始めたって訳だ。
本家を後にする平塚を見送りつつも、田島は若頭補佐の松原に漏らした。
「ったくよぉ。面倒なことしてくれるよ。緋陵会だぜ、相手は。」
松原も困った様に答えた。
「こっちとあちらさんとは五分と五分ですからねぇ。今どき喧嘩なんざしても、一銭の得にもなりませんし。」
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事務所に戻った平塚は怒鳴り散らした。
「馬鹿野郎が!だいたい、藍沢の野郎が、人様のシマに手出すからこうなるんだ!」
平塚は若頭の安田に命じた。
「おめぇに任せるからよぉ、ケジメ付けとけ!」
安田は静かに頷くと、事務所の外へ出た。そして、その近くにある喫茶店に足を運んだ。
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ある小さな貿易会社にコンテナが届いた。その中身を確認する男がいた。永田組の永田だ。
貿易会社ってのは表の顔で、実際は、海外から届く積荷を大学病院に闇で売り捌く商売をしていた。
積荷?あぁ、積荷ね。永田が売ってる積荷ってのは、冷凍保存された生物だよ。
解剖用の死体だ。
永田はそれで莫大な稼ぎがあるらしい。永田組の稼ぎは勝生会の実に三分の一を占めるらしいぜ。一本立ち(独立)してもやってけるぐらいだ。
「はい、もしもし。」
永田が電話に出る。相手は安田だった。
「でな、お前に仕事を任せたいんだよ。頼むわ。」
安田がそう言うと、電話の向こうの永田が言うには「緋陵会を敵に回しても大丈夫なのか?」だとさ。
「こっちで何とかする。とにかく、形だけでも喧嘩してねーと、格好が付かねぇんだよ。」
安田の粘りに根負けした永田は引き受けることにした。
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永田組は平塚組の傘下だった。で、さっきも言ったけど、すげぇ稼ぐ組だった。何で一本立ちしねぇかが疑問だったのだが。
まぁ、それは、後々分かってくる。
「おい、みんな、ちょっと来てくれ。」
永田が若頭の伊藤を呼んだ。
「いよいよ動く時期だ。おめぇ、若い衆引き連れて関東に行ってきてくれねぇか?」
永田が伊藤にそう言うと、伊藤は会社の倉庫にやって来て若い衆に言った。
「仕事が入ったんだがな。何人か関東に出張してくんねぇかな?」
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うちの組の上の近藤組長、つまり、親っさんが、緋陵会の本家に呼ばれた。植村会長が会いたいそうだ。
「近藤、お前んとこ大変だったなぁ。」
会長は機嫌よく親っさんに話しかけた。
「いえ、そんな。それよりその、会長、お話ってのは?」
親っさんが会長に聞いた。
「いやなぁ、ほら、例の藍沢って奴なんだがな。平塚組と兄弟分なんだろ?平塚っていやぁ、勝生会だよ。」
うちの緋陵会と勝生会は五分と五分の付き合い。
対等な付き合いっつーか、まぁ、同盟相手ってわけだ。
「でなぁ、ここいらで手打ちにしようって訳だよ。今どき血なまぐさい喧嘩したって、一文の得にもならねぇだろ?」
会長が言うと、親っさんは答えた。
「はい。分かりました。うちの若い衆には、伝えときますんで。」
同席した本家若頭の坂下さんが近藤の親分に言った。
「まぁ、こっちとしても、とことん殺ってやりてぇとこではあるけどよぉ。ここは一つ、会長の顔を立ててくれや。」
本家若頭の坂下さんは武闘派で知られた人だったけど、その武闘派が「喧嘩は止めだ。」って言ってる訳だから、近藤親分も、それを飲むしかねぇって訳だ。
坂下さんにそう言われると、近藤親分は、静かに頷いた。
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「手打ちかぁ、色々面倒くせぇなぁ。まったく。」
親っさんは車の中で一人呟いた。やがて車はうちの加東組の前で停まった。
うちの加東組長が親っさんを出迎えた。若頭の高岡兄貴も、若い衆も一緒に出迎えた。
「加東、この前は大変だったな。すまねぇ、この通りだ。」
親っさんが頭を下げた。うちの親分が慌てて止めに入った。
「親分、そんな、止めて下さい!」
正直焦るよなぁ。上の組の親っさんに頭下げられちゃ、こっちが逆に面目が潰れるってわけだよ。
「高岡も悪かったな。」
親っさんが兄貴に言った。
「それとさぁ、ほら、あいつだよ、パーキングエリアの、機関銃の。あの若いのいい度胸してるよ。てぇしたもんだぜ。」
近藤の親っさんが俺のことを聞いてくれた。
「大浜ですか?あいつなら少しの間、姿を隠しとけって言ってあります。」
相談役の斎藤兄貴が親っさんに答えた。
「お前らに大事な話があるんだがな。藍沢の絡みで、平塚が出張って来るだろうから、手打にしようや。」
親っさんがみんなに言って聞かせた。
霧島が高岡の兄貴にそっと聞いた。
「兄貴、何で手打ちなんすか?喧嘩はこれからが本番でしょ?」
すると兄貴もそっと答えた。静かにそっと。
「うちと勝生会は五分と五分なんだよ。だから手打って訳だ。」
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永田組の若頭の伊藤と、若い衆らが関東に入った。
組長の永田には考えがあった。永田組が無茶苦茶に暴れ回っても損はない。
永田は今や勝生会のアガリの三分の一を稼ぎ出す超主力だ。
だから、ちっとやそっと無茶しても、永田を破門できない。
仮に破門しても、永田の知力と財力がありゃあ、永田組は独立してやっていける。
俺が思うに、永田は関東に進出して、一本立ち(独立)するつもりなのかも知れない。
俺は身を隠してる田舎の山の中で綺麗な川に竿を垂らして、そう思った。
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霧島はガード下の赤提灯で酔い潰れていた。
「いらっしゃい!」
店の親父がそう言うと、入ってきた一人のサラリーマンが、霧島の隣に座った。
ガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタンガタン。
ガードの高架の上を電車が喧しく通り過ぎる。ちょうど仕事が終わって、カタギが帰宅して行く時間帯だ。
カチン!カチン!
かん高い金属音が電車の音に掻き消された。
ベレッタM92F、サプレッサー付き。
サラリーマンは席を立ち、店を出た。
霧島は二度と目覚める事はなかった。