第一話「港」
色鮮やかなネオンが煌めき、街の闇を切り裂いた。街は今夜も眠らない。
「じゃあ、五万だよ。」
野郎がブツを売り捌く。
その様子を俺達は車の中から眺めていた。
うちの加東組のシマは港区にあった。緋陵会系近藤組の傘下のシマの中で無断でシャブを売ろうなんざ、いい度胸してやがる。
「大浜、じゃあ、行くか。」
そう言うと、若頭の高岡兄貴は車を降りた。俺もその後を追った。
「よぉ、兄さん、誰に断って商売してんだ。」
兄貴がそう言うと、男は怯えだした。
「あの…。いや、その…。ここで売ってもいいって言われたんで…。」
男は震える声で答える。
すると高岡兄貴は俺に目で合図した。俺は男の首根っこを引っ掴むと、そのまま引き摺る様にして、車の中へ押し込んだ。
「じゃあ、行くか。」
兄貴はそう言うと、車に乗り、夜の街を走り出した。
湾岸線の長い海底トンネルを抜けると、港が見えてきた。世界中からコンテナが集めらられる場所。
その中には、加東組が取り扱うヤバいブツも入っているのだが、税関の役人には、組織から小遣いを渡してあるから、簡単に通過する。
港の一角に倉庫街がある。その一つ、一番奥の倉庫の前に車が停まった。
「着いたぜ、降りな。」
兄貴はそう言うと運転席から降りて、倉庫の中へ入って行く。
俺は、さっき押し込んだ男を車から降ろし、倉庫へ連れ込んだ。男はガタガタ震えていた。
男を倉庫の柱にロープで縛り付けると、俺達は、男に「聞き込み」を始めた。
「もう一回聞くけどよぉ、誰に断って商売してんだ、ん?あそこはウチのシマなんだよ。」
男は怯えていたが、なかなか話さない。それでいよいよ兄貴は、身体に聞いてみることにした。
男の顔面をこれでもかといわんばかりに殴りつけ、それでも白状しやがらないから、今度は、倉庫に置いてあったバールで身体中を叩き続けた。
男が気を失ったので、水をぶっ掛けて、暫く待った。
男は意識朦朧としながらも目を醒ました。そしてゆっくりと口を開いた。
「藍沢…。藍沢組だよ…。あそこ…、で…、売って…、いいって…、言うから…。」
男は蚊の鳴く様な声で話した。
「馬鹿野郎が、藍沢かよ。」
兄貴は吐き捨てた。
藍沢組はどこの傘下でもねぇ小さな組だが、中部地方にある平塚組とは兄弟の盃を交わしていた。
平塚組は中部地方を仕切る勝生会の傘下の組だ。
こうなってくると、俺達だけじゃどうにもならない。兄貴は加東の親分に電話した。
俺はぐったりした男を見ながら、高岡の兄貴に一言告げてからタバコに火を着けた。
「分かりました。はい、はい、分かりました。」
兄貴は電話を切った。話しが着いたようだ。
「兄貴、この野郎どうします?」
すると兄貴は答えた。
「バラしても構わねぇとよ。大浜、頼むわ。」
1時間弱して、仲間の野崎が倉庫へ来た。そこで俺達は、鋸で男をバラしてやると、「頭」以外をドラム缶に放り込んで、コンクリを流しこんだ。
「乾いたら、海にドボンしとけよ。」
兄貴はそう言うと先に出ていった。
「で、これ(頭)どうすんだ?」
野崎が俺に聞いた。俺は兄貴から言われた通りに答えた。
「あぁ、それ(頭)な。藍沢組の事務所の入り口んとこに置いときゃいいよ。」
野崎は成る程といった表情で、それを箱に詰めると、俺達は相手の事務所に向った。
街のネオンの煌めきが相変わらず夜の闇を切り裂いていた。
俺達は、藍沢組の事務所に着くと、箱を入り口の前にそっと置いて立ち去った。
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うちの加東の親分が上の近藤組の本部に呼ばれた。親分の親分、つまりは、近藤組長に呼ばれたんだ。
俺達若い衆は近藤の親分を親しみを込めて「親っさん」って呼んでたよ。
まぁ、上部団体の頭と直に話すことなんざ、滅多に無いけどな。
「最近シマ荒らされてるそうじゃねぇか?大丈夫なのか?」
親っさんである近藤親分が心配そうに言った。
「はい。で、取り敢えず、この前の夜に、子分に言って、売人一人バラしまして。」
うちの加東の親分がそう答えると。親っさんは、仕方なさそうに口を開いた。
「俺もよぉ、「よそ者にシマ荒らされてます。」じゃあ示しが付かねぇんだよ。会長にも顔向け出来やしねぇ。」
すると親分は親っさんに返した。
「親分、戦争になったら、俺んとこで、ケジメ付けとくんで。だから、イザとなりゃあ、破門して下さい。」
近藤の親っさんは、少し驚いた様に、加東の親分に返した。
「おめぇ、そこまでしなくても…。」
すると、うちの親分は答えた。
「緋陵会に迷惑かける訳にゃあ、いきません。てめぇで片付けますんで。」
加東の親分はそう言うと、本部を後にした。
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日が沈んで、ネオンの煌めきが目を覚ます頃、俺と野崎は、居酒屋で一杯引っ掛けていた。
「こんなとこで飲んでて良いのか?」
俺が言った。喧嘩相手の売人一人バラした訳だからタダじゃ済まないだろう。戦争がおっ始まるのは目に見えてるぜ。
「なんだよ大浜、大丈夫だって。こっちは緋陵会だぜ。どう考えても、こっちがデケぇだろうが。」
俺達若い衆は藍沢組が間接的にとは言え、勝生会と繋がりがある事を、理解してなかった。
藍沢組が小せぇ組だって舐めてた訳だ。
野崎は俺に散々藍沢組の悪口を言うと「自分がおごる。」と言って、カネをテーブルにバンッ!と置くと、店から出ていった。
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こりゃあ、後から聞いた話だが、野崎はその後に地下鉄に乗ったんだが、目的の駅に着いた後が問題だった。
階段を登って、地上に出ると、信号が赤だったので、奴はそれが変わるのを待っていた。
深夜なんで、一般の車よりもタクシーの方がどっちかっつーと多かったんだが、時々、食い物屋の宅配のバイクが走ってたりした。
信号が変わり、奴が横断歩道を渡ろうとした時、ビザ屋のバイクに乗ったヤツが道具(拳銃)で撃ってきやがった。
Cz75で撃たれたらしい。
野崎は胸に2発食らって、アスファルトに仰向けに倒れ込んだ。
すると、ビザ屋の格好した喧嘩相手だと思うが、そいつがバイクを降りてきて、今度は野崎の頭に2発もぶち込みやがった。
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翌日、俺は野崎が死んだことを知った。高岡兄貴から聞いたんだ。
兄貴が俺達弟分に言った。
「てめぇら、いいか、戦争がおっ始まったぜ。藍沢組は小せぇ組だが、気抜くんじゃねーぞ!」
その後に高岡兄貴は親分と何やら話していた。
「親分、藍沢は勝生会の平塚組と兄弟分なんすよねぇ?うちの本家は援軍回してくれるんすか?」
兄貴が言う。
「いや、コイツは俺のシマの問題だ。俺達でけりつける。」
加東の親分の覚悟は決まっていた様だ。
若頭の高岡兄貴だけじゃなくて、その補佐の真下の兄貴や、若い衆の相談役やってる斎藤の兄貴も、覚悟を決めたみてぇだった。
俺達若い衆も戦争の準備をした。臨戦態勢だった。この後、とんでもねぇ事に巻き込まれるとも知らねぇで。