第九話「餞別」
緋陵会の本家の敷地に一台の車が停まっていた。近藤組の車だ。
「そういう訳で、この前話した通り、勝生会とは正式に手打ちだ。」
坂下さんが近藤親分に伝えた。
坂下さんは緋陵会の本家若頭を十五年務め上げた切れ者で、これまで色んな喧嘩(抗争)を先頭に立って指揮ってきた武闘派だ。
「近藤、おめぇ、少し休め。疲れたろう?」
植村会長が、近藤親分にそう言うと、親分は、椅子から立ち上がり、深々と一礼すると、部屋を後にした。
車の所まで、坂下さんが着いてきてくれた。で、近藤の親分に伝えた。
「近藤。勝生会は、言う事聞かねぇ子分を一人破門したよ。だがなぁ、その子分ってのが曲者でなぁ。」
すると、近藤の親っさんが坂下さんに聞いた。
「頭、その子分ってのは、どんな奴で?」
すると坂下さんは静かに返した。
「何でも外国相手に手広く商売してるらしいんだが、何で破門されたかって言うと、シマを勝生会に明け渡して、突然バックレたらしい。」
親っさんが尋ねた。
「そいつの行方は?」
坂下さんが言う。
「分からねぇ。勝生会としては、もうそいつとは無関係だが、もし緋陵会に手出しする様なら、こっちで焼き入れて殺ってもいいそうだ。先方がそう言ってるし、うちの植村会長も了承済みだ。」
近藤の親っさんは、成る程と頷いた。
「で、そいつの名前は、何すか?」
親っさんが聞くと、坂下さんは答えた。
「そいつの名は永田だ。」
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「Well then, please ship the shipment as scheduled.(じゃあ、予定通り、積荷を出荷してくれ。)」
永田が言った。
その頃、永田の姿はマニラ港にあった。
マニラ港は、北港、南港、マニラ・インターナショナル・コンテナターミナルなどの複数のターミナルを有するデカい港だ。
工業団地の多いルソン島南部ラグナ・バタンガス地区への貨物が集まる場所でもある。
勿論、ヤバいブツもたくさん集まる。
「Nagata-san, it's an honor to do business with you.(永田さん、貴方とビジネスができて光栄です。)」
現地の税関職員の幹部が永田に嬉しそうに話した。
永田はここを拠点にするために、税関職員やら外務省の官僚やらに、かなりの額をつぎ込んだらしい。その額実に$1,500,000、つまり二億円弱だ。
永田は積荷を確認するために、手下にコンテナの一つを開けさせた。
重い扉がゆっくりと開き、中の積荷が姿を現す。
「此奴の使い道は色々だ。奴隷にするも良し、売春させるのも良し、臓器を抜いて売り捌くも良し。」
永田は上機嫌で話した。
コンテナの中身は、たくさんの子供だった。男も女も、とにかくたくさん。
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俺は近藤組の本部の応接間に通された。近藤の親っさんを待った。
2時間ぐらい待った。すると、近藤の親っさんが、応接間に入ってきた。
俺は椅子から立ち上がり、深々とお辞儀をすると、そのまま、床に正座した。
「おめぇ、確か、加東のとこの…。」
親っさんが呟いた。
「親分!うちの加東組長は殺られました!仲間もっす!敵取らさせて下さい!」
俺は近藤の親っさんに全部話した。
「成る程な、だがなぁ、勝生会とは手打って運びになったんだよなぁ。」
近藤親分が言う。俺は親分に返した。
「親分!先方は、永田が勝手に喧嘩仕掛けてきたら、こっちで焼き入れてもいいって言ってんすよねぇ?」
俺はそう言うと土下座して頭を下げた。そして、親分に提案した。
「親分。俺が勝手に永田を殺ったことにして下さい。だから、いったんカタギに戻ります。そんで、カタギとして永田を殺ります。」
すると近藤親分は答えた。
「個人的な恨みで殺ったことにするわけか…。よし、分かった。覚悟はできてんだろうなぁ?」
その後俺は、自分の利き手(俺は左利き)の小指の付け根を包帯でキツく締め上げた。
親っさんが道具を貸してくれた。
分厚い板切れの上に、包帯を巻いた手を乗せる。で、鋭い刃のドス(匕首)を突き立てると、体重を掛ける様にして、ドスを降ろした。
鋭い刃が、俺の小指を斬り砕いていく。
「うっ、うぅ…。」
俺は静かに唸りながら、ドスの刃を完全に降ろした。
生暖かい血が、床に滴り落ちた。
俺は小指を近藤親分に差し出した。
「これで、おめぇはカタギだ。勝手にしろ。」
親っさんが言うので、俺は深く一礼して立ち去ろうとした。
すると親っさんが俺に何故だかゴルフバッグを渡した。
「餞別だ。持ってけ。」
親っさんが言うので、俺はそれを貰って、本部をあとにした。
「俺、ゴルフやらねぇんだけどなぁ。」
そう言いながら、俺は車に戻った。そして、ゴルフバッグをトランクに詰めようとした。
でもな、そのゴルフバッグ、案外軽かったんだよ。で、気になって中を見た。
「親っさん!あんた、めちゃくちゃ良い人だよ!!」
俺は早速、行動に出た。いよいよ、戦闘開始だ。