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17. VS魔王種 前編

「何故誰も居ない!」


 そのゴリラは俺の方に背を向けながら地団太を踏んで怒っている。それだけで地面が大きく揺れ、思わずバランスを崩して倒れてしまいそうだ。


 しかし俺は地面が揺れずとも動揺で崩れ落ちてしまいそうだった。


 だってこの魔物が言葉を話しているから。


 あれが知能のある魔物ということは魔王種である可能性が高い。

 災害級とも評される魔物相手になどもちろん勝てるわけがなく、見つかったら蹂躙されるだけだ。


 くそぅ、こっちは王都の臭いの原因を突き止めなきゃならないってのに、どうしてこんな化け物がここにいるんだよ。


「呪いも解かれたし、何がどうなってる?」


 おいおいおいおい、呪いって言いやがったよ。

 ということはまさか王族に呪いをかけた原因はこいつか!?


 エリーさんがあれほどに強い呪いを発動できるのは魔王種くらいとかって言ってたが、魔王種自体がレア中のレアなのに本当にそんなやつがいるなんて分かるわけないだろ!


 王族に呪いをかけたってことは、こいつはあの国に攻撃する意思があるってことだ。臭いのせいでまともに動ける人がいない王都にこいつが来たら滅亡確定だ。


 こうなったら臭いの原因特定は後回しだ。早く戻ってこのことを伝えて、一人でも多くの人を王都の外に避難させないと。そして騎士団が臭いの無いところで戦えるようにする必要がある。


 よし逃げるぞ。

 そっと、そっとだ。


 奴の様子を確認しながらゆっくりと後退して、姿が見えなくなったところで走ろう。


 一歩、二歩、三歩。


 そして四歩目を後ろに踏み出したその時、魔王種のゴリラが振り返った。


「ぶほっ!?」

「誰だ!」


 ぎゃー、見つかった!


 ズルい!

 あんなのズルすぎる!




 ゴリラの癖になんで顔だけエリンギなんだよ! 




 あまりにシュールで笑ってしまうに決まってるだろうが。


「人間だと?」


 終わった。

 俺の人生はここまでだ。


 せっかく異世界に来たのに、可愛くて若い婚約者も出来たのに、こんなにもあっさりと終わるなんてあんまりだ!


「人間、何故ここにいる」


 圧倒的強者のはずのエリンギゴリラはあまり近寄って来ずに問いかけてきた。


 エリンギゴリラって表現すると笑っちゃうから魔王種って呼ぼう。


 魔王種は俺みたいな普通の探索者相手にも警戒しているのだろうか。実は見た目詐欺で弱いとかないかな。流石に無いか、強いからこそ慎重なのだろう。


「ふん、答えは無しか」


 ひいっ、無視してたらこっちに来る!


「そ、素材を採集してました!」

「採集だと?」


 ふぅ歩きが止まった。

 とりあえず会話している間はこの距離を保ってくれそうだ。


 どうにか会話を工夫して生き延びるとか、俺はそういうの得意じゃ無いんだが。


「ふざけたことを言うな、人間がこの森に入れるわけが無いだろう」

「ここに居ますよ?」

「…………」


 なんかエリンギ……じゃなくて魔王種が怒っているような感じがするけれど俺のせいじゃないよね!


「何故入れる」

「何故って言われましても……」

「この臭いを人間が耐えられるはずがない」

「頑張りました」

「…………」


 嘘ついてないのにどうして怒りが増すのさ!


「すう~」


 魔王種は少しの間何かを考えてから、突然息を大きく吸い出した。


「ぷはぁ~」


 そして俺の方に向かって強く息を吐いて来た。


「くっさ、オエッ」


 この森の臭いにはもう慣れたと思っていたが、久しぶりに少しだけ吐き気を催したぞ。まさか臭さを更にグレードアップした息を吐いて来るとは。

 エリンギの時点で森のキノコと関係あるとは思ってたけれど、もっと臭く出来るだなんて思わないだろ。つーか森のキノコってシイタケ型なのにどうしてお前はエリンギなんだよ!


「本当に効果が無いのか……」


 わぁお、魔王種をドン引きさせたのって世界で俺が初めてじゃね?


「まぁ良い。この森に入れるならば、この辺りの異変について何か知らないか?」

「異変?」

「俺が育てた魔物共が消えて無くなっているのだ。せっかく近くの街に攻めさせようと考えていたのにな」

「…………」


 育てた魔物ってまさかこの広場に沢山いた魔物のことか?

 やべぇ、俺が倒したなんてバレたら即殺される。


「育てた……ですか?」


 秘技、話題ずらし。

 一時しのぎとも言う。


「そうだ。この森に魔素を充満させ、長い時間をかけて魔物達を強化していた」

「魔素ってまさか……!」

「くっくっくっ。そうだ、人間には耐えられない臭気を放つコレだ。今ごろ多くの人間が苦しんでいるだろうな」

「ぶほっ!?」

「ん?」


 衝撃的な事実が分かったはずなのに、エリンギがにやりと笑う姿がシュールすぎて耐えられない。

 エリンギがくっくっくって……ここで笑ったら殺される。我慢だ我慢。でもこんなの笑ってはいけないエリンギ。


「ぶほっ!?」

「??」


 自分のボケで笑うんじゃねーよ馬鹿!


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、いや、何でも無い、すまん」

「そ、そうか」


 また魔王種をドン引きさせてしまった。

 よし、頭を切り替えよう。


 このエリン……じゃなくて魔王種……ああもうめんどうだからエリンギで良いや。

 このエリンギの話を整理しよう。


 この森の臭いは魔素と呼ばれるもの。

 魔素はこのエリンギが生み出した。

 王都がこの臭いで苦しんでいることを知っている。


 間違いない。

 王都の臭いの原因はこいつだ。


 サイエナーさんがこの臭いには魔力が含まれていて、魔力には指向性があるって言っていた。


 つまりこいつは魔力が含まれている激臭の魔素と呼ばれるものを生み出し、それを王都に流している。


 よ~し、こいつを倒せば解決するぞ。


 出来るか!

 魔王種にソロで挑めとか無謀にもほどがあんだろ!


「くっくっくっ、どうやら気付いたようだな」

「ぶほっ!?」

「さっきから何なんだ!?」

「ちょっとした持病だから気にすんな」

「そ、そうか、大変だな」


 お願いだからその笑い方をやめてくれ。

 体がゴリラなのもシュールさを増してるんだよ。


「他に質問は無いのか?」

「え?」

「お前は本当は魔素を調べに来たのだろう。喜べ、俺を倒せば解決するぞ」


 やけにペラペラしゃべると思ったら、俺を絶望させるためだったのか。魔王種ってやつはメンタル攻撃までしてきやがるのか、質が悪いな。


「そこの呪水を使い王族を呪ったのも、魔物を育てて攻めさせようとしたのも全部俺だ。まぁどっちも失敗したがな。まさかどっちもお前が潰したんじゃないだろうな」

「…………」


 わぁお、プレッシャーがやばい。

 睨み顔がシュールで笑いそうになるのに、恐怖がそれを上回っていて噴き出すなんて出来そうにない。


「ふん、だんまりか」


 いえ、ビビって何も言えないだけです!

 

「だったら体に聞いてやろうではないか」

「!?」


 マズい、エリンギが猛スピードで突っ込んで来た。

 プックルとは比べ物にならない速度で、両腕をクロスしてガードするだけで精一杯だ。


「ぐうっ!」


 嘘だろ!?

 ショルダータックルをガードしたにも関わらず、凄まじい勢いで吹き飛ばされた。


「ぐはっ!」


 はい死んだ。

 これ死んだ。


 だって木を複数なぎ倒す程の勢いで飛んだんだぜ。漫画かっての。ガードした両腕が折れて木に激突した衝撃で体中がボロボロになっているに違いない。


「…………あれ?」


 生きてる?

 腕もめっちゃ痛いけれど無事だ。


「ほう、やはり無事だったか」


 やはりってことは分かっていたってことなのか?


「どうして不思議そうな顔をしている。魔素で魔物を強化したと説明しただろう。なら魔素を吸い続けているお前も強化されていて当然だ」

「俺の強さって魔素の影響だったのか!?」


 異世界転移ボーナスのチートじゃなかったのかよ。


 臭いに負けずに採集し続けたことが強くなるきっかけになったのなら、この強さは努力の成果だって誇って良いのでは?


「嬉しそうだな」

「強さの理由が分かったからな」


 だがあの魔素が生物を強くするのだとしたら、どうして俺はこの森の魔物に勝てたんだ。この森が臭くなってから十年、俺よりも長く魔素に浸っている魔物はもっと強くなると思うのだが。


「今のを防いで無事ということは、やはりお前が魔物達を倒したのだな」

「…………」

「感謝する。お前のおかげで人間がこの魔素を吸い続けると劇的に強化されることが分かった。のんびり魔素攻めなどしていたらこっちが不利になるところだったぜ」


 逆に考えると、魔物が魔素を吸ってもそれなりの強化しか出来ないって訳か。だから俺でも強化魔物を倒せたのか。




「耐性が出来る前に皆殺しにすっか」




 分析なんかしている場合じゃない。


 今の王都は戦える人が一人もいないんだ。

 こいつが来たら本当に皆殺しにされてしまう。


 今から急いで逃げて避難をさせるか?

 だが動けなくなっている人々を一体何人避難できるだろうか。

 それにそもそもさっきの素早い動きをするエリンギから逃げ切れる気がしない。


 ならここで俺が踏ん張って倒すか?

 魔素で強化されたのならチャンスがあるのでは。

 いや無理だろう。相手は魔王種だぞ。その強さは先程の一撃で良く分かっている。本気でも無い一撃であそこまで派手に吹き飛ばされたのだ。敵うとは到底思えない。


「くっくっくっ、さぁどうする?」


 くそぅ、俺が何も出来なくて困っているのを分かっていて笑ってやがる。さっきまではシュールだったその笑顔が、今はとてつもなく憎らしい。


 やるしか、ないか。


「ほう、死に急ぐか」

「急ぐも何も、逃げてもすぐに追いつかれて殺されるんだ。大して変わらないだろう」

「分かっているじゃないか」


 追いつかれるとは言ったが、全力で逃げれば万が一にも自分だけは逃げ切れるかもしれない。だがそれは街の人々を、そしてプックルを見捨てることになる。ぬくぬくした平和な世界で生きて来た俺が、そんな業を背負って生きるなんてこと出来るわけが無いのさ。


「先手必勝!」


 腰に挿したショートソードと鉈を手にエリンギゴリラに斬りかかった。


「なっ!」

「そんな(なまく)らでは俺に傷一つ付けられないぞ」


 エリンギゴリラは一歩も動かずに胸で俺の攻撃を受け止めやがった。しかもどっちの武器も俺の力に耐えられず根元からポッキリと折れてしまった。


「それなら!」


 武器の残骸をその場に捨て、プックル直伝 (教わってない)右ストレートを放つ。


「おっとそれは勘弁」


 躱したということは、ダメージを与えられる可能性があるということか。


「今度はこちらから行くぞ」


 速い!?


「ぐほぉっ!」


 ガードが間に合わず拳が腹にまともに入り、今度は少し上方向に飛ばされる。


「けほっけほっ……」

「今のでも耐えきるか」


 ほんそれ。

 自分でもマジでびっくりだわ。

 今ならトラックに轢かれても転生出来ないな。


「さて遊びはここまでだ」


 ぞくりと、鳥肌が立った。

 これまでで一番のプレッシャーが襲い掛かり、あまりの恐怖で発狂しそうだ。


 自分よりも一回り大きいくらいの相手なのに、まるで山を相手にしているかのような存在感に圧倒されそうになる。


 これが魔王種。

 災害レベルの被害を引き起こす魔物の王。


「わああああああああ!」


 パニックになって無謀に特攻してしまうが、武術のぶの字も知らない素人の格闘攻撃など躱されるに決まっている。パンチをしようがキックをしようが笑いながら余裕で対処される。


「オラァ!」

「何度も喰らってたまるか!」


 エリンギの右フックをバックステップでどうにか躱したが、そのまま流れるようにショルダータックルをしてきてまた吹き飛ばされる。


「オラオラオラオラァ!」


 飛ばされている最中に追いつかれて組んだ両手で地面に叩きつけられ、バウンドしたところを回し蹴りからの追いタックル。


 ひたすらコンボ攻撃を喰らって上下左右に吹き飛ばされまくる。流石エリンギゴリラ、身体能力が半端じゃない。


「う…………」


 辛うじて死んではいないが意識が朦朧としている。途中から反撃する気力すら無く、されるがままだったからなぁ。


 いつの間にかエリンギゴリラの攻撃が止んで地面に横たわっていたことに気付いたのは、眩しさを感じて意識がクリアになった時だった。


「外?」


 周囲の明るさは森の中ではありえない。どうやら外まで弾き飛ばされてしまったようだ。


「まだ生きているのか。しぶといな」


 俺もそう思う。

 木々をなぎ倒す程の威力の攻撃をあれだけ喰らって生きているだなんて、魔素の強化ってすごすぎだろ。


「くっそ……」

「ほう、立ち上がるか」


 全身がめちゃくちゃ痛くて泣き出しそうだ。どのくらい痛いかって身体中に結石があるかのように感じられるくらいには痛い。日本で腎臓結石になったときも死ぬかと思った。


「ではそろそろ終わりにしようか」


 エリンギゴリラが溜め技っぽいの使おうとしてる。アレ喰らったら流石に死ぬよな。


 何か方法は無いのか。

 このままでは王都の皆がこいつに殺される。


 魔素の強化をされてない人々なんて一撃で簡単に破壊されるだろう。


 ケイトさん、ハーゲストさん、アッゴヒーグさん、サイエナーさん、キッチョさん、エリーさん、陛下、王妃様、王女様、宰相……はまぁ良いか。これまで出会った人の顔が走馬灯のように脳裏によぎる。


 その中でも一際輝く存在、プックル。

 日本を含めて俺の人生初めての婚約者。


 顔の怪我というハンデを背負いながらも、前向きに真面目に生きている女の子。

 素の姿は少し子供っぽくて、でも大人びた雰囲気も併せ持っている。

 まだ出会って僅かな時間だけれど、彼女がとても優しく素敵な女性だと分かっている。


 そのプックルが俺を慕ってくれている。

 誰もが嫌がるこの森にすら一緒に行き、俺の役に立ちたいと思ってくれる。


 王女様をもらうだなんて面倒なことにしかならないと思っていたが、幸せな未来しか感じさせないくらいに良い子だった。


 そんなプックルと婚約したのにこんなところで死ぬのか?


 ふざけるな!

 死んでたまるか、俺は生き延びてプックルとイチャイチャするんだ!


 日本の感性ではロリコンかもしれない?

 異世界なら年齢的に合法だから問題無いはずだ?


 死にそうな今になって分かった。

 どうしてそんなくだらない悩みに囚われていたのかと。


 俺はプックルと幸せになりたい。

 それが俺の嘘偽りの無い本心だ。


 そのためには絶対にここで死ぬわけにはいかない。


 何かないか。

 何かないのか。


 武器は無い。

 パンチやキックは当たらない。


 相手は魔王種と呼ばれる最強の魔物。

 唯一対抗できるのは魔素によって強化されたこの肉体のみ。

 魔王種の攻撃にここまで耐えられるのならば、力任せに殴るだけでそれなりのダメージを与えられるはずだ。


 だがどうやればそれが出来る。

 せめてエリンギ野郎の動きを止められれば。


 便利な道具とか持ってないのかよ。


 …………あ


 奇跡的に無事だった腰のポーチの中に、プックルから渡された宝石が入っていた。


 魔法の使用を補助する効果のある宝石。


 これがあれば俺も魔法を自在に使えるようになるかもしれない。

 だが俺が使える魔法なんてアレくらいだぞ。

 あんなの戦闘に役に立つわけが…………いや待てよ。


 可能性はあるんじゃないか?


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