ソジュマ領の精霊
「レヴィンさまの森、とても広いのですがぁ、例の場所以外にも、棲む者の気配があるのですぅ」
地図を参考に、魔女の眼を働かせリデルは告げた。
本当は、幽霊的なものを警戒して魔女の眼を働かせていたのだが、それは黙っておいた。
「また、厄介な奴らか?」
レヴィンは思い切り嫌そうな表情だ。
「いえいえいえ、なんだか高貴な気配なんですよぉ」
なぜ高貴な存在が、そんな不自由な森のなかに棲んでいるのか気になるところだ。
「へえ、それは興味深い話だぜ。じゃあ、挨拶に行こうか」
即行動したそうなレヴィンに、リデルは嬉しそうに頷く。レヴィンは良い感じの衣装なので高貴な者に逢っても問題ないだろう。リデルは古式ゆかしい魔女装束。職業柄の正装なので、これも問題ない。
「はいぃ! じゃあ転移で直接行っちゃいますよぉ」
レヴィンの命令を得たも同じなので、魔法は完璧。ふたりを魔法が包み込み、取り巻く光が消える頃には森のなかの古びた神殿めいた建物の前にいた。
「ここは神殿か?」
あっちは礼拝堂っぽいんだったな、と、レヴィンはぼそぼそ呟いている。堕落の司祭の話だろう。
「あら! いらっしゃいませ!」
両手に一杯の花を抱えた可愛らしい長い金髪の女性が声を掛けてきた。
「おじゃましますぅ! こちら、レヴィンさま。テシエンの領主さまですよぉ」
なんとなく、リデルはレヴィンを女性に紹介していた。
「まあ! それは嬉しいです。ちょっとお待ちくださいね!」
長い直な金髪に、緑の瞳。とても高貴な気配をさせている。女性というより少女。リデルと同じくらいの年頃だろうか?
「ランベール様! お客様です! テシエン領主さまですよ~!」
古びた神殿へと女性が声を掛けると、ぼわっ、と、気配が女性の隣へと現れた。
すぐに、人間のような姿となったが、リデルの魔女の眼には人間には見えない。
レヴィンは、状況が分かるまで黙っているつもりのようだ。
「せ、せい、精霊さまで?」
ランベールと呼ばれたのは、リデルからすれば、どうみても、かなり長いときを生きている精霊だ。ただ、見た目には、若い青年。長い銀髪に真っ青な眼、美しい容姿をとっている。
「わたしは、フィリシエン・ソジュマ。このかたは、ソジュマを護る精霊のランベール・ギノ様です」
フィリシエンが名乗った途端、レヴィンが、ゲッっ、と、小さく声を立てた。
「フィリシエン様、ってことは、ソジュマ小国の第一王女様じゃねぇか!」
身分上の相手にも拘わらず、珍しくレヴィンはリデルへの対応と似たような言葉づかいになっている。
「ぁゎゎゎゎゎっ、ソジュマの王女さまぁぁぁぁ?」
姓も名乗ってくれていたのに、リデルはレヴィンに言われるまで気づかなかった。
「ええ。元ソジュマの姫です。家出してますし、継承権は捨てました。ただのテシエン領民ですよ」
ソジュマ小国の第一王女が、継承権を捨てて家出ぇぇぇ?
リデルは、吃驚して声も出せずに瞠目する。
「この神殿は、古い時代のソジュマに縁でしてね」
精霊ランベールが、笑みを含む声で告げた。
「こちらから出向かねばならないのに、来ていただけて感謝します」
フィリシエンは優雅な仕草で礼をする。
レヴィンが来ることを予期していた……? というより、精霊ランベールがレヴィンとリデルを呼びつけたのだろう。
「あ、えと、そのぅ、ソジュマ家の護りの精霊が、城からでてしまっては拙いのでは?」
リデルは遠慮がちに訊いた。
「私が居なくなったからには、ソジュマ家は、ゆっくりと滅びるでしょう」
ひぇぇぇぇ。分かっていての所業なのだ、と、リデルはちょっと怖くなる。
「駆け落ちですの。ソジュマ家には、酷い目に遭わされました」
「私は、フィリシエンを貶めたソジュマ家を許しません。ですが、城は出られても、ソジュマ領からは出られない。そこでソジュマ領の外れ、テシエンへと来たのです。ソジュマ家は滅びても、ミルワールの都は護ります」
テシエンの街は、ソジュマ小国の領地であるミルワールの都外れに存在している。
「ソジュマ家の縁なら、テシエン領主の許可なんぞいらんだろう。好きに森に住むといい」
レヴィンは口調はぞんざいだが、好意的な笑みで告げている。
「ありがとうございます! あ、領主様方に、お願いがありますの」
フィリシエンが笑みを深める。
領主様方、って、わたしにもぉぉぉ?
「ああ。なんでも言ってくれ」
レヴィンは、ソジュマ家の者の願いなら何でも叶えるつもりらしい。気配で伝わってきた。
「助かります。ソジュマ家は滅びますが、テシエンの街は私が存在する限り護りましょう。私という存在が消えるのは何千年か先になるでしょう」
とはいえソジュマ家の滅びもゆっくりですが、と、言葉が足された。
「代わりに何をしてほしいんだ?」
レヴィンは首を傾げて訊く。確かに、ソジュマ小国の護り精霊がテシエンを護ってくれるというのは有り難すぎる話なのだ。繁栄が約束される。
「ひとつには、この森の反対側に棲む、司祭たちの排除です。それと、この神殿の復活を願えれば」
精霊ランベールの言葉に、レヴィンはキョトンとした表情だ。
「司祭たちの排除は、オレの望むところでもある。必ず叶えよう。それと、神殿、そんなにボロいのか?」
そんなことで良いのか、というレヴィンの反応だ。
「私の力には、復活は含まれいないのです。そこそこ整えはしましたが」
ランベールの言葉と、ふたりの気配から察するに、どうやらテシエンの森には辿りついたばかりの様子だ。リデルの魔女の眼で視ると、神殿は一部屋くらいしか整えられていない。
「リデル、この神殿を復活してやれ!」
「畏まりましたぁぁぁ!」
リデルはレヴィンの命令を、待ってましたとばかりに声を張り上げ箒を振り回す。大量の魔法が古びた神殿に降り注いだ。光は目映く煌めきつづけ、その間に神殿はどんどん復活されて行く。
「まぁぁ! なんて素晴らしい! ランベール様の言うとおりでしたね!」
フィリシエンは嬉しそうにはしゃぐ声をたてた。姫様ではあるが、自由を得た今は気楽に暮らすつもりらしい。
「はぁ、上手くいったようですぅぅ。ただ、余分なものが造られているかもしれませんんっ」
他の邸の復活でも、奇妙な代物が出来上がっていたことも多い。
ただ、財産的なものや家財などは、そのままふたりが使うと良いと思う。
「レヴィン様方に必要なものが見つかれば、お送りしますよ」
精霊であるランベールには、そのくらいは容易いのだろう。極上の笑みでランベールは告げた。
「あのぅ、ついでと言ってはなんですが、テシエン領主の呪い、精霊様なら解けませんですかね?」
訊くのはタダだ。リデルは、思い切って訊いてみた。
「残念ながら、レヴィン様の呪いを解けるのは、リデル様だけですね」
あれ? わたし名乗っていないのに、名前知られてる。そりゃあ、そうか……。
ぐるぐると思いが巡り、しかし、呪いはやはりリデルが解くしかなさそう。いや、魔石にも言われたが、リデルが解くことになるらしい。
「そうですよねぇぇ」
落胆するリデルに、場の三人が一斉に微笑む気配だ。
「まぁ、互いに便宜を図って末永く仲良くやろうぜ!」
レヴィンは笑みを浮かべ、ふたりへと告げている。
なかなかに頼もしい領主さまですぅ。
身分的なものにも全く動じていないレヴィンの様子に、リデルはすっかり感心し、心のなかで踊るように騒いでいた。
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ソジュマのフィリシエンとランベール、出逢いの短編を書きました。
「婚約の直後に婚約破棄されました ~ひどい扱いに泣きながら地下へと降りて封印された扉を見つけました。ずっと待っていたよと麗しい精霊に求婚されたので家を出ることにしたのです~」
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