改良の魔法
リデルがレヴィンに言われるままに造り続けた品々は、幾つかの空き部屋にあふれている。
レヴィンとの終身雇用の契約で、リデルの魔気量はとんでもなく増え、更には回復も早い。なので、レヴィンから言い付けられた大技をこなした後でも、幾らでも魔法が使い放題だった。
「ぉぉ、凄いなっ! この失敗した品が、全部、お前が造ろうとした本来の品になるんだろう?」
一部屋めの混沌を、レヴィンは歓喜の眼で眺めている。
リデルは、まだ試していないから不安の塊だ。
「わたしぃ、この品々を見ても、何を造ろうとしていたか思い出せないんですよねぇ」
リデルは不安なままに呟く。
まあ、高価なものを造ろうとしたことだけは確かだった。宝飾品を造ろうとして綺麗な壺ばかり造った部屋もあるが、壺は後回し。失敗とは断定できない。
「それは、魔石がなんとかしてくれるんだろう? 最初から大成功じゃなくても、全く構わないと思うぜ?」
確かに、ここにあるのは全部失敗作なわけで。それが更に失敗作に変わったところで何の問題もないかもしれない。魔石を使ったことと失敗とで魔石への経験値は溜まる。何しろ魔法の失敗を必要とする魔石だ。
「じゃ、じゃあ、試します!」
リデルは、足元から良く分からない品を拾い上げる。
ガラクタ……強いて言えば、丸めた紙に金属片が絡み付いたような。ただ、魔法の力が半端に宿っているので不用意に破棄するわけにもいかない。そんな、さまざまな、どうにもならない品ばかり。
(改良の魔法を使います!)
頭のなかで、身につけている魔石へと声を掛けた。魔石は無くさないように小袋に入れて帯に吊している。
(了解!)
魔石の声が頭のなかへと響き、リデルの手のなかでガラクタは光を放つ。少し光輝いた後で、手のひらに乗る小振りで透明な瓶ができていた。金細工の豪華な飾りと宝石が鏤められたような綺麗な形の瓶だ。フタも綺麗な装飾。中には液体が入っていた。
「おお! 凄いじゃないか! 綺麗で高価そうな瓶だぞ? 中身の液体は何だ?」
レヴィンはリデルに触れないように気をつけつつも、顔を瓶の近くまで寄せてじっくり眺めている。リデルは、レヴィンへと品を手渡した。
「これは、魔法の効果のある香水瓶ですねぇ。香水は入れ替え可能で、入れておくと魔法の効果が付きますぅ」
「魔法の効果? どんな効果だ?」
「……あ……え~と、惚れ薬?」
鑑定しながら言いにくそうに応えた。惚れ薬というより媚薬に近そうだ。
「お前、そんなものを造ろうとしてたのか?」
レヴィンが呆れた声をあげた。
「あわわわっ、そ、そうみたいですぅぅ」
もう、端から思いつく限りの品々を造っていたから、きっと、惚れ薬も造ろうとしたかもしれない。だが、そんな思いつきなど、造った次の瞬間には失敗の落胆で忘れていた。
「だが、まあ、これは、相当高く売れそうだな! 魔法の効果はともかく、見たこともない美しさじゃないか! 宝飾品の置物として値が付きそうだぜ?」
魔法の効果に対して呆れた声をあげてはいたが、品の出来映えに関しては絶賛だ。
確かに、こんな透明な瓶は初めて見る。宝石や金細工めいた宝飾品は、本来の金や宝石ではなく、魔法による品だというのは鑑定する者になら誰でもわかるだろう。
しかし、本物の宝飾品よりも美しく、魔道具である、ということになれば違う価値がつく。
「他も、改良してみますね!」
「ああ。疲れないなら、どんどんやってみろ!」
レヴィンの言葉に頷きながら、次々に品を拾い上げては魔石で改良してみた。
「凄い! 凄いぞ、リデル! これは、どれも凄い値が付きそうだ!」
ガラクタは、次々に美しい装飾品系の品に改良されて行く。
わぁ、わたし、こんな物を造ろうとしてたのね~!
改良の度にレヴィンへと渡しながら、うっとりするような品々にリデルの心は躍る。
「ああ、良かったですぅ。少しは、まともな品を造ろうとしてたみたいで……」
途中で、ボロ布を縛り上げたような奇妙な品を改良すると、凝った彫刻飾りが美しい広めの卓が出来上がった。
「丁度良いから、置かせてもらうぜ」
腕に抱えていた品を、レヴィンは卓へと置いた。
卓の上が光輝き、品々はそれぞれに相応しいような装飾箱に入れられて行く。
「あ、この卓も魔道具だったみたいですぅ」
「便利だ……。この綺麗な箱入りだと、値がつり上がるぞ? 箱も綺麗すぎる」
レヴィンは感動しすぎたらしく呆れ顔だ。
「どれも、魔道具ですよぉ。びっくりですぅ。魔法の力の強弱や、効果が微妙なものもありますがぁ」
リデルも、魔石の技に呆れている。これが、失敗を重ねてきた効果とは!
匡正の魔石は、まだ進化の途中だ。二分岐で進化して行くらしいことは感じとっていたから、先が怖くすらなってくる。
「こうなると、売るときに気をつけないとだな。あまり一気にだすと価値が下がり兼ねない」
レヴィンは思案気な表情で呟いた。だが売り物があるのは安心材料だな、と、リデルへと笑みを向けて囁く。
「はい! ガラクタは、まだまだタップリありますよぉ」
造るときには、一気に大量作成で魔法を使ったりしたから、ガラクタの量は多い。ただ、匡正の魔石では、一品ずつ、改良して行くから少し時間がかかりそうだ。
「よし。後は焦らなくていい。だが、まぁ、少しずつ改良しようぜ。びっくりな品ばかりで、滅茶苦茶楽しいぞ?」
優しい笑みにリデルは嬉しさで心が満杯だ。
それに、こんなに立て続けに自分の魔法が成功するなんて!
まあ、魔石の力なのだが。
「魔石の言葉によると、わたしぃ、呪いの影響が全ては抜けていないらしくぅ」
一緒に食事をしながら、リデルは言いにくそうにレヴィンへと告げた。
それでも、魔石は完璧に使えるし、レヴィンが命じてくれれば魔法はほぼ成功する。リデルの魔法は、とても良く、レヴィンの意志に反応してくれた。
しかし、リデルのポンコツは、呪いの余波が残っているせいだったようだ。
「それは、解けるのか?」
レヴィンの問いにリデルは頷いた。レヴィンはホッとした表情を浮かべた。
何の呪いか、どうして呪いを受けたか、レヴィンは訊かない。訊かれる覚悟をしてはいたが、リデルにとって、とても痛い経験なので有り難かった。
いずれ話せるようになるんだろうか?
きっと、レヴィンの呪いを解くことができれば。あるいは自身の呪いを払拭できれば。
「ただ、呪いがあるから、魔石の効能が上がるらしくぅ」
そして、蹉跌の知識がある故に、魔石は特殊な進化方向に進むらしい。なんのことかわからないが、その件は魔石に口止めされている。
「お前にピッタリの魔石だったな」
レヴィンは愉しそうというか、嬉しそうというか、なんとも麗しい表情でリデルに笑みを向けた。
はぅぅ、レヴィンさま、美しすぎですよぉ。
声にはしなかったが、リデルは心臓がバクバクするような思いを味わっていた。