クリスマスの怪談
メリークリスマス。という事で、クリスマスの怪談を語って行きたいと思います。
皆さんクリスマスイブの夜を楽しみにしていた経験はありますか。
サンタが家にやってくる。という言葉で表現されますが、サンタを信じていた方も、それは親がしてくれているんだと思っていた方も、それそのものが楽しみだった方は少数ではないでしょうか。
実際はクリスマスの夜、こっそり枕元だったり靴下の中だったりに用意されているプレゼントを楽しみにしていたのではありませんか?
仮にMさんとしますが、その方もまた、プレゼントを楽しみにしている子どもの一人でした。
子どもと言っても、Mさんは当時もう中学一年生。サンタなんて居ないと思うどころか、親にプレゼント何が良い? と聞かれて、もう中学生だしクリスマスプレゼントも良いかなと思い始める年頃でした。
ただ、やはり中学生。欲しいものがあって、それを親がプレゼントしてくれるイベントというのは、楽しみというか、むしろ必要不可欠な立場でした。
アルバイトも出来ない年齢だというのに、見る世界は友人知人の数だけ広がって、あれも欲しいこれも欲しいとなってしまう。
だからサンタさんからのプレゼントも、もういいかなと思いつつ、親から暗にプレゼント何が良いかと聞かれた時、Mさんは拒否せずにこれが欲しいと答えていました。
そうしてクリスマスイブの夜となれば、やはり嬉しいものとなります。サンタさんを信じない。親との距離感を測り始める年齢と言えども、プレゼントそのものは楽しみなものです。
その日は何時もより早めに寝る事にしたMさん。というか、その頃でも親はこっそり枕元にプレゼントを置こうとしてくれます。
あまり夜更かししていれば、その親が困ってしまうという、何とも言い難い暗黙の了解がそこにあったわけです。
プレゼントは恐らく、最新のゲームソフト。靴下は用意していませんが枕元に置くには丁度良い大きさです。
自分の部屋に入り、さっさとベッドで寝れば、朝に起きれば包装紙に包まれたそのソフトが置かれている。そういう予定でした。
目を瞑り、何度か寝返りを打ち、そろそろやってきた眠気に逆らわず、思考が支離滅裂になりながら、眠りの中に落ちて行く。
しかしふと、Mさんは目を開きました。眠っては居たみたいで、時計は見ていませんが、体感的には深夜となっている時間帯。
枕元には……まだプレゼントは置かれていない。と、部屋の外側から物音が聞こえて来ました。
ああ、これからプレゼントを置くんだな。この物音で目が覚めてしまったんだな。
そう察したMさんは、起こし掛けた身体をベッドに横たわらせ、目を瞑り、狸寝入りを始めます。
一度起きてしまえばすぐには寝入れない。けど起きたままだと気まずいだろうと、そういう空気をMさんは読み、目を瞑ったまま、ひたすら親が部屋に入ってくるのを待ちます。
扉のノブが回る音がして、キィと軽い扉が開きます。さて次は自分の枕元に手が伸ばされるんだろうなと、Mさんがそれを目を瞑りながら待っていたのですが、その次の行動がおかしかった。
足音が一歩二歩と部屋の中へと進み、ですがその方向はMさんの枕元では無く、ベッドを避ける様な形で部屋の中央へ。
その足音はそこで止まりました。
さすがにMさんもこれにはおかしいと感じます。部屋の中央、そこから新しい足音が無い以上、親はずっと、そこに立ったままになっている。
恐らく、親の頭の上側には部屋の電灯があって、けどスイッチを入れる音がしないから、それは暗いままで、そんな暗い部屋の中央に、親はずっと、じーっと立っている。
その光景を目を瞑りながら想像しているMさん。その光景は酷く違和感のあるものでした。
何をしているんだ? いっそ起きて尋ねてみようか。そんな風にMさんが考えた瞬間、足音が、部屋の中央から一歩分、聞こえました。
Mさんはゾッとします。足音を、はっきりとした頭の中で聞いてしまったから。
家族の足音。それも自宅のそれって、皆さん分かりますよね? この足音は父親だな。母親だな。兄弟が居ればその人物だなと、足音だけで分かるものです。
しかし、一歩踏み込まれた足音は、その誰でも無い音だった。知らない人間が、部屋の中央に立っている。
聞こえて来た足音は、一歩、Mさんが眠っているベッドに近づくものでした。
ぶわっとした悪寒が背中側に広がり、脂汗が寝巻の内側を湿らせていくのを感じながら、Mさんはそのまま、眠ったフリを続ける。
起きて、お前は誰だと言ってしまった時、そこに知らない誰かが居たら? その時、自分はどうするのか。その時の驚愕に、自分は耐えられるのか。
そんな恐怖が、彼の行動を阻害していたのです。
だから狸寝入りを続ける。そうしていれば、何時かはこの足音は部屋から去ってくれるかもしれないから。
けれど、足音がまた一歩分、聞こえます。Mさんのベッドに近づく形で。
部屋は子ども部屋で、それほど大きい部屋では無い。あと一歩分で、Mさんが寝ているベッドのすぐ脇へと足音の主はやってくる。
そういう想像がMさんを襲い続けていました。そうして、その一歩分が聞こえた。Mさんが寝ているベッドの、すぐ脇で。
音はそこで終わりませんでした。けどそれは足音ではありません。空気が動く様な感触。それは……恐らく顔を近づけて居ました。
息遣いが聞こえるのです。スース―と言ったその音。やはり、家族の誰かと思えない、違う誰かの音が、Mさんの方へと近付いて行く。
もう耐えられない。Mさんはかっと目を開きました。
誰だと。部屋の中で、叫ぶのでは無く、呟く様な声を発しながら起き上がる。
そのMさんの目に映ったのは、誰も居ない自分の部屋でした。
暗い部屋の中、Mさんの息遣いだけしか聞こえないその部屋の中、確かに居たはずの誰かの気配は、その姿と一緒に消え去っていました。
いや、そもそも本当にそこに居たのか。Mさんは混乱しながら、夢でも見ていたのかと部屋を見渡し、やはり誰も居ないその光景を確認してから、すべては気のせいだったと、身体を横たわらせます。
そうする事で、恐怖を感じる様な現象そのものが無かったのだと、そう自分に言い聞かせて居たのです。
もう早く眠ろう。そうすればプレゼントが置かれた朝がやってくる。そう考えて目を瞑るMさんの耳に、確かにそれは聞こえました。
「寝てないじゃないか」
その声と共に、その足音はガチャと部屋の扉を開き、部屋の外へと足を向かわせて去って行く。そういう音をMさんに聞かせ続けたのです。
その夜、Mさんは眠る事が出来ませんでした。
朝、Mさんは不法侵入者がまだ居るのでは無いかと思いながら恐る恐る部屋を出ると、Mさんが起きて来たのだと思った父親がやってきて、手に持った物を渡してきました。
それは頼んでいたプレゼントであり、もうサンタさんが枕元にって年頃じゃないだろと、そういう言葉と共に、それまで枕元に置かれていたそれをMさんは受け取ります。
やはり、あの夜の足音は、親のそれでは無かった。そういう実感と共に。
さて、Mさんの体験はそこで終わりです。部屋の中へ入って来た謎の音。そうして出て行った、姿の見えない何か。
それが何であったかは誰にも分からない現象でしょう。ですが、何故、それがやってきたのか。想像する事くらいは出来ます。
人は、誰だって壁を作っています。ここには入るな。ここは自分の安全地帯だと考える、自分なりの壁に包まれた場所。安全地帯。自分用の部屋。
ですが、その壁が無くなる時があります。友人を部屋に招く時。家族の気安さ。そうして、クリスマスイブの夜。サンタさんがプレゼントを用意してくれるはずの時間。
その壁は取り払われ、何かが入って来る、それを受け入れる。そういうタイミングがあるのでは無いでしょうか?
Mさんは図らずも、それを招き入れる様な考え方を、その時にしてしまったのでは。そんな風に思います。
それでは皆さん、今夜は良い聖夜をお楽しみください。