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夏野菜カレー

 だがいつまでも机と一体化しているわけにはいかなかった。私はやっすいゲーミングチェアから腰を上げ、いつも以上の猫背で配信部屋から出て、顔の良い女がにこにこ顔で出迎えてくれたので一瞬のけぞった。


「配信ではありませんの?」

「違うよ」


 ダフネは炎上について何も知らない。知らせるつもりもない。謝られたり責任を感じられたりするのが嫌だから。


「ちょっと弥益さんとしゃべっただけ」

「何かありまして?」


 察するなよ。


「いやほんと、なんでもないから。別に」


 私は部屋に戻ってマットレスにどしゃーっと倒れ込んだ。ダフネが洗濯してくれたシーツと枕カバーはすべすべだった。


「あーもうだめだ、だめだもうこれは完全に。麦チョコを吸う生き物と化すしかない」


 私はサイドボードの麦チョコを一袋キメた。あっけなく胸がむかむかしてきた。


「何かありましたのね」

「うおお」


 いつの間にかダフネがベッドの横で正座していた。


「……まじでなんでもないから」


 私はダフネに背を向けた。ダフネの気配はなかなか去らなかった。


「……ん分かりましたわ!」


 急に声でかいな。


「わたくし! おネモを探しに行ってまいりますわ!」

「ああ、そういやそうだったっけ。駅まで……」

「いいえ、ここはバスで! 令嬢たるもの、公共交通機関の使い方がわからなくておろおろする世間知らずな一幕を提供してこそですわ!」

「あとジャンクフード食って感動するやつな」


 ダフネは笑った。


「でも、駅までお迎えには来てくださいましね。助手席で開封したいんですの」


 うん、まあ、そのころには気持ちが落ち着いてるかもしれないな。そういう気配りがすんなりできてどこまでも甘やかしてくるんだからたいした令嬢だよ本当に。



 わたくしは、そうなれなかった私だ。



「では、行ってまいりますわ! 片腕が取れても止まりませんことよ!」

「そのあと殺されるやつじゃん、象みたいなの相手に」


 一瞬ん? ってなったわ。機動戦士ガンダムUCはね、ほら同時視聴だったから、なんか面白いこと言わないと! が先立っちゃって細かいところ覚えてないんだよ。


「いえーい! ですわ!」


 ダフネは私の背中をごしごしさすると部屋を出て行った。


 しばらくうとうとして、部屋を出ると、カレーのにおいがした。それから清潔な揚げ油のにおい。


「洵ちゃん、カレー食べる?」


 キッチンに立っていたお父さんが声をかけ、私は「ん」とかなんとか言って食器棚から皿を出した。


「お米ごめん、白米じゃなくて平気? 冷凍のならあるけど」

「ぜんぜん。ありがと」


 黒米と小粒の黒豆と押したもち麦、もちあわと白ごま、その他なんらかの穀物が入った、お父さんブレンドのn穀米(nは任意の自然数)をお皿によそって、さらさらのスパイスカレーをかける。


「はいどうぞ、トッピング」


 縦割りの揚げなすと、いかの足みたいに包丁を入れた揚げオクラと、いちょう切りにしてじっくり火を入れた揚げかぼちゃをどっさり盛って、テーブルにつく。


「いただきます」


 クミンと一味唐辛子がばきばきに効いたカレーがめちゃうまい。揚げ野菜も、形や食感がぜんぶちがって楽しい。


「キナリノって感じする?」


 お父さんがふざけて言って私は相槌がわりに笑った。


「これ、ごはん、黒豆が意外に仕事してんね」

「でしょ」


 私は粛々と食べ進めた。


「ダフネさん、ひとりで大丈夫かな」

「格好が?」


 またバズるかもしれないな。謎の悪役令嬢V完コス女がガンプラ買ってる、しかもネモ。

 だがなんだかもう、どうでもいい気分だった。


「それはまあ、すこし奇抜ではあるけどね。それより、ほら、洵ちゃんに似てるから、ダフネさん」

「似てる? 声とか?」


 私は鼻で笑った。あんな光の悪役令嬢とこんなでくのぼうのどこが似てるんだ?


「そういうところ。しんどくても、しんどさを表に出そうとしないところ」


 私は黙ってかぼちゃを割った。スプーンと皿がぶつかって、思ったより大きい音が鳴った。


「戻ってきたときのこと覚えてる?」


 私は首を振ってかぼちゃをほおばった。甘くて辛くて、時間をかけて揚げたからか皮がさくっと崩れる。


「へらへらしたんだよ、洵ちゃん。うれしかろ! って」

「あー……どうだったっけね」


 覚えてるに決まってる。私はもうめちゃくちゃに傷ついて人生まるごとずたぼろで、うっすらと思い描いていた未来をぜんぶ捨ててきたんだから。


「辛くても、大変だねって言われたくないんだよね。誰の負担にもなりたくないから。それは、まあ、俺に似てしまったのかもしれない」

「いやけっこう私、しんどいなーって顔してない?」

「分かりやすくはあるよ」

「ひどい言いぐさだ」


 お父さんはにっこりした。


「しんどいねって言ったり言われたりする人が、洵ちゃんにひとりでもできたらいいと思ってるよ」


 私は……なにをどう言ったらいいのかよく分からなかった。まじめな話をする訓練をこれまでの人生で積んできていない。


「ごちそうさま。おいしかった」

「そう? ありがとう、また作るよ」


 私は皿を洗って、いくぶんかは逃げ出すように、家を出た。


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