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そうなれなかった私

 ダフネは違った。


 ソファを引っ張って津田さんの肩に自分の肩をくっつけた。


「お辛いんですのね」


 寄り添って小声で囁いて、津田さんはますます泣き出した。


「分かっていますわ。だれかを傷つけるのは……」

「うん、うん」

「それはもちろん、決してやってはいけないことですわ。許すわけにはいきません」

「うん、ごめん」

「けれども、人を傷つけたくなるときは、ご自身が傷ついているときですもの」


 津田さんは顔を覆ってはちゃめちゃに泣いた。ダフネはドレスの袖口からしゅるっとハンカチを取り出して津田さんに差し出した。


「さ、しっかりお泣きになって。泣いたらパンケーキをシェアいたしましょう。流した涙のカロリーを取り戻すんですのよ」


 そしてあんまりにも意外な真実が明らかになった。


「その、旦那の職場がね、近くの工場なんだけど、今あんまり、原材料の高騰とかで稼働してなくて」

「ええ、ええ。それは大変ですわね」

「それでわたしもそこのサンワで働いてるんだけど、ぜんぜん、お金、なくて、ひっ、非課税世帯になっちゃって」

「まあ。ご苦労されているんですのね」

「苦労、苦労っていうか、だから、その、情けなくて、颶煉ぐれんにね、マイクラの、おっきいぬいぐるみ欲しいって……わたしがいやな顔しちゃって、やっぱり消しゴムでいいって言われて、わたし親なのに、子供に気を遣わせてるんだーって」

「そうでしたの……でしたら津田様は、お子さんをお優しい方に育てられたんですのね。すごくすごく、がんばったんですのね」


 津田さんはめちゃくちゃに泣いた。

 泣いてダフネの肩におでこをくっつけた。

 ダフネは信じられないぐらい自然かつ優雅な所作で津田さんの頭を抱き寄せた。


 で、しばらくして。


「はー……めっちゃ泣いた」


 泣き止んだ津田さんは、やや放心状態になっていた。


「牛久さん」

「えっ、はい」

「ごめん。わたし、最低だった。ほんとにごめん」


 私は何も言えず、首を横に振った。


「びっくりしちゃった。自分でも気づいてなかった。がんばってるんだねって言われたかったんだ、わたし」

「そうですわよ、実際にがんばっているのですから。だからと言って、他人を傷つけていいことにはなりませんけれど」

「うん。ごめん」

「洵子、許さなくってもかまいませんことよ。なんなら二人で激詰めしましょう」

「この流れでいけるわけないだろ」


 私が言うと、ダフネと津田さんは笑った。


「ねえ、津田様。なにかわたくしに、できることはありまして?」

「ありがと。もうしてもらった。すっごい元気出たよ」

「お気になさらず。令嬢たるもの領民の悩みには真摯に向き合うものですわ」

「それは分かんないけど、ありがと。ごめんね」



 すがすがしい顔をした津田さんが、家族と合流して幸せそうに帰っていった。

 別れ際、ぐーちゃんは私に消しゴムを自慢していった。

 封を切ってないマイクラのクッションがあるからあげるよ、と、言おうかどうか迷って、けっきょく言わずに別れた。


「なんか……疲れた」


 私とダフネは駐車場までの道を歩いている。私はのそのそと、ダフネはさっそうと。


「お疲れさまですわ! 今日も生きててえらい!」

「Vが言いそうなことすぐ言うじゃん」

「だってVですもの」

「ところで何しに来たの?」

「ガンプラですわ!」

「ほう?」


 埒外の回答だな。


「わたくし、手元配信の許可を運営にお願いしていたじゃありませんか」


 そういやしてたわ。


「それで、ネモを探しに来たんですの。ガンプラ配信をなさるんでしょう?」


 ガンダムUC同時視聴して楽しくなりすぎて、その勢いで運営に頼んだんだっけな。


「わざわざ買いに来てくれたの?」

「ええ。でもネモはございませんでした。せっかく洵子のお役に立てると思っていたのに残念ですわ」

「駅前の模型屋ならあるかも。探しに行こうかな」

「いえ、いえ! これはわたくしマターですわ! 洵子はお仕事と配信で多忙の身。でしたら令嬢たるもの、ごくつぶしに甘んじることなく配信をアシストしていきますわ!」


 ダフネは笑顔で力こぶを作ってみせた。


「じゃあ、駅まで送り迎えするのは?」

「まあ! 完璧な折衷案! それでしたらお願いいたします! んむっふっふ、配信が楽しみですわねえ!」

「ん」


 リアル受肉した悪役令嬢Vチューバーに、今日もあほほど甘やかされている。


 私はちょっと、けっこう、しっかり、打ちのめされてしまっていた。

 光の令嬢すぎて元が私のアバターとは思えない。


 それは、そうだよなあ。


 社長に誘われて二つ返事して、どんなアバターがいいかって聞かれて、私は悪役令嬢をお願いした。

 だって物語の中の悪役令嬢は、優しくて勇ましくて美しくて公平でどんな抑圧も跳ねのけたから。

 怒るべきときに怒って同情すべきときに同情して共感すべきときに共感できていたから。


 私はそうじゃない。



 わたくしは、そうなれなかった私だ。

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