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おマウント

「わたしもゲームできたらな。颶煉ぐれんに尊敬されるかなー」

「んー」


 私は相槌を打った。家族まわり子供まわりのことは何一つ分からんぞ。


「子供は? ほしいって思わない?」

「え、いや、あんまり」

「そっかー。でもやっぱかわいいよ。もうなんか、人生が自分だけのものじゃないって、思ったより不幸じゃないよ」


 そうすか。


「そうそう旦那がね! キャンプ行くから普通車にするって。そんなキャンプ行くかなって思うじゃん。でも行ったら行ったで楽しんじゃうんだよなー」


 はい。


「ねえ、旦那の友達紹介しようか?」

「え」


 おっとお?


「結婚式してさー、わたし正直あんまり乗り気じゃなかったんだけど旦那のお父さんがすごいやりたがって、お金出してくれたんだ。それで、お父さんとお母さんが泣いてるの見たら、やってよかったなーって、ありがとうってすごい泣けてきちゃったの」


 うん、いい話だ。


「あーでもそっか、いろんな男の人見てきてるもんね牛久さん。メイドカフェで」


 あらららら。

 だいぶ怪しい雲行きだぞ。


「わたし旦那しか知らないからなー。ずっと地元だし。それは牛久さんのことうらやましいかも」


 まじか。

 この世に本当に存在しているのか、結婚マウント。

 ガルちゃんみたいな匿名空間でのみ生じる特殊なコミュニケーションだと思ってた。

 世界はインターネットより広いな。


 私はちょっと考え……へらへらした。


「私なんてもう余生みたいなもんだよ。他人に迷惑かけなきゃそれでいいって思って生きてるから。津田さんはすごいと思うよ」


 たぶん、おそらく、むっとしたり、黙ったり、席を立ったりするべきだったんだと思う。

 だけど私は生まれてこの方ずっとこうだ、怒るべきところでへらへらして、傷つけてくる相手を喜ばせようとしてしまう。


 津田さんは笑った。


「そんなことないよ。まだ諦めたり焦ったりしなくて全然いいでしょ」

「ふんすんすんすん」

「え? 鼻大丈夫?」

「平気」


 ああ、チック出てきちゃった。昔からこうだ。ストレス溜まるとチックが出て、それがストレスになってチックがさらにひどくなってどんどんスノーボールしていく。


「それでね、颶煉ぐれんのことなんだけど――」

「くたばりあそばせおらァ!」


 フロア全土に響き渡りそうな絶叫が、津田さんのマウントをばちーんと遮断した。


 どうぶつの森のマイバッグを手にしたバッスルドレスの女が、仁王立ちで津田さんを見下ろしていた。


「え、は、え」


 津田さんは口をぱくぱくした。


 まじかこいつ。

 まじか。


「え、なに……」

「領民のみなさまごきげんよう! ぶいばーす所属の悪役令嬢、月桂樹が丘ダフネでございますわ!」


 ダフネは、さも全て説明し終えたみたいな顔をした。それから指をぱちんと鳴らし、


「ウェイター! ナッツのパンケーキにホイップ増量、ブレンドを先に持ってきてくださいませ!」


 手慣れた調子で注文すると、津田さんの隣にすん。と腰かけた。


「あなた! 津田様? さっきから聞いていればぴーちくぱーちくちくちくちくちく!」


 声が、声がでかい。でかすぎる。


「令嬢たるもの、マウントでしたらガルちゃんでおやりなさいな! 匿名同士のレスバだけがこの世で唯一フェアな争いですわ!」


 やめろ、やめてくれ、こんなところでインターネット悪役令嬢の側面を存分にお出ししないでくれ。


「え、えええ? マウント? いや本当に誰……」


 津田さんはすがるように私を見た。


「なんだろ。どう説明したもんか」

「ぶいばーす所属の悪役令嬢、月桂樹が丘ダフネでございますわ!」

「それはもういいから」

「あっもしかして、メイドカフェの……?」


 昔の同僚だとしてこんなところに来るわけないだろ。


「お待たせいたしました、ブレンドです」

「あら、ありがとう。チップはよろしくて?」

「はい? あ、結構です」


 店員さんが持ってきたコーヒーのカップを持ち上げたダフネは、勇ましい顔で私たちを見て、


「ちなみにわたくし! カフェイン過敏でしてよ!」


 どうでもいいことを言った。


「え、えええ、だから、その、なに……まず誰……」

「カフェイン過敏のわたくしにとって、この量を飲み干すのはあまりにも辛い試練。そう、数時間はかかることでしょう。その間、洵子に代わってわたくしがあなたのお話を伺います!」

 

 マルチの勧誘か?


「さあ、さあ、さあさあさあ! 思う存分おマウントをお取りなさいな!」


 ダフネは津田さんにぐいぐい迫った。怖すぎる。私だったら泣いて謝ってる。


「いやっ、その、それは違うくない? べつにわたし、そんなつもりじゃ……」

「だったらなんですの? 洵子が傷ついていることに気づいていませんの? 洵子があなたを傷つけないため、愛想笑いで穏便にやり過ごそうとしてくださっていることにも気づいていませんの?」

「あの、ダフネ、ありがとう、すごくうれしいんだけど、ちょっとその詰めすぎというか」

「だって詰めてますもの! 洵子! あなたのその優しさはなによりの美徳ですわ! だとすれば令嬢たるもの、洵子の良識も尊厳も守ってさしあげます! わたくしがあなたの代わりに激詰めすることで!」


 津田さんが、ふって短く息を吐いた。

 で、泣いた。


「なん、で」


 そりゃなんでって泣くよな知らないバッスルドレスの女性に激詰めされたら。


「なんで、わたしばっかり……」


 お、おおー?

 この状況で出てくるにしてはいささか飲み込みづらい言葉で、私はなんにも言えなかった。

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