私とわたくし
【メタルスラッグⅩ】じいや! 庭にお戦車を回しておいてちょうだい!【月桂樹が丘ダフネ/ぶいばーす】
「領民のみなさまごきげんよう! ぶいばーす所属の悪役令嬢、月桂樹が丘ダフネでございますわ!」
ごきげんよう!
きtらあああああああ
きちゃ!
ごきげんよう!
うるせえ!
ダフ姉さまごきげんよう!
鼓膜破壊RTAですわー
「――くっそでっけえ機械が出てきましたわ! 教えはどうなってんですの教えは!? ウギャー!」
草
教えはどうなってんだ教えは!
おハーブ
草
草
まさかSNKさんもアルベドじゃないだろうな?
即死草
ダフネの悲鳴気持ちよすぎだろ!
インターネット悪役令嬢だいすき
「――令嬢たるもの、わたくしに叛意を抱くガラクタはジャンクヤード送りにしませんとねえ! くたばりあそばせおらァ!」
草
バイオレンスお嬢様!
草
草
おハーブ
令嬢の姿か? これが?
ガラクタ呼ばわりで草
「――それでは領民のみなさま、ごめんあそばせ!」
ごめんあそばせー
クリア耐久待ってます
ごめんあそばせ!
ダフ姉さま本日の配信も最高でしたわ!
◇
配信を終えて、わたくしは私に戻る。
◇
月桂樹が丘ダフネ。年齢非公表。サジェスト株式会社の運営するVtuber事務所、ぶいばーすに所属する悪役令嬢Vtuber。登録者数は九万九千人。活動内容はゲーム実況をメインに、バイノーラルマイクによる台詞枠、ASMR(吐息、心音、添い寝)、朗読。
それがわたくしだ。
配信部屋から出るとリビングは明るく、空気は生ぬるかった。たばこと古い本の甘い匂いがした。
ファブリックのはげた古いソファに座るお父さんが、本から顔を上げた。
「洵ちゃんお疲れー。お夜食いる?」
「いい、平気。ありがと。うるさかった?」
「いやあ慣れたよもう。鼓膜破壊RTAって言うんでしょ」
私はかっすかすの低い鼻声で笑い、寝室に戻った。
床に散乱する脱ぎっぱなしのキャミソールやチョコパンの空き袋や片方しかない丸まった靴下、数粒はんぱに残っているのどあめの袋、空のペットボトル、舐めて一口でやめたマヌカハニーのボトルを蹴散らし、部屋を横切る。
足裏にへばりついたヨックモックの袋をひっぺがし、ベッドに転がるポーチをバッグに戻そうかちょっと迷ったけど面倒で床に払い落とし、マットレスにどしゃーっと倒れた。たちまち酸化したファンデのなんかおぞましい臭い。
私はうめきながら枕カバーを剥ぎ取り、床に投げ捨てた。
配信終わりの虚脱感とあいまって、まじで完全に何もかも終わってる感じがしてきた。スマホをサイドボードのワイヤレス充電器から取って、大急ぎでエゴサしはじめた。
エゴサタグ#ねえねえダフネにはもう、すごい、めちゃくちゃ肯定的な言葉が並んでいた。タイムラインがひんやりした新鮮な血液みたいに身体じゅうを巡っていった。
ディスプレイをなぞる私の指は、一つの画像付きツイートのところで停止した。タップすると、磨いたアゲートみたいなぷりっぷりでつやっつやのジェルネイルが画面いっぱいにどわーっと表示された。
ダフ姉さまが配信で紹介してたやつ! お揃いですわ!
スマホを握る自分の指を見た。なんか、爪の根本のところの皮膚がぼさぼさしている。ジェルネイル……? はて……? みたいな、不敵なつらがまえの爪だ。
私はベッドから飛び出し、ローテーブルに置いたスタンドミラーに飛びつき――ありとあらゆる気力を失った。
鏡に映っているのは、皮脂でてかてかし、小鼻どころかそれもう頬じゃない? みたいな部分までつぶつぶし、まゆ毛もけっこう、いや相当、いやすごくやばくて、なんか知らんまぶたも腫れてる、ジャンクヤード送りがお似合いの、ガラクタみたいな顔面だった。
よく見たら頬骨周辺で産毛がすくすく育っている。
なんだこれ。どこから手を付ければいいんだ? 生活習慣か?
熟慮した末、私はスタンドミラーをくるっと回転させ、鏡面を壁に向けた。画期的な解決方法だ。
私はベッドに戻り、目についたファンアートや感想をRTしてから、おやすみツイートした。工場でなんか作ってる模様をずーっと流し続けるみたいな動画を垂れ流しながら、浅い眠りに就いた。
牛久洵子、二十七歳。実家で父親と二人暮らし。ぱっとしない地方都市のぱっとしないフリーター。ネイルなんてここ数年やってないしガラクタ顔で出歩くのにも慣れてきた。
それが私だ。
◇
がさがさする音がかすかに聞こえて、だんだん大きくなってきて、私は自分が目を覚ましたことに気づいた。
どうやら誰かが部屋にいるらしく、入ってきそうな人間は一人しかいない。
「お父さん? ごめん、掃除ならいずれ……」
寝起きでますますかっすかすの声を絞り出しながら目を開け、私は絶句した。
女がいた。
つやつっやのロングヘアで、ヴィクトリア朝な雰囲気のバッスルドレスを着こなした女だった。
「おお」
私が息を漏らすと、女がこっちを向いた。前髪どしーんまつ毛ふぁー下まつ毛ばーの美しすぎる顔面だった。
「おはようございます!」
うるっさ。
え、なに? うるっさ。
「え、うああ、え? え?」
「領民のみなさまごきげんよう! ぶいばーす所属の悪役令嬢、月桂樹が丘ダフネでございますわ!」
女は、さも全て説明し終えたみたいな顔をした。それから床に落ちる無数のゴミを拾い、せっせとゴミ袋に突っ込んでいった。
……まあ、わたくしならそうするよな。
月桂樹が丘ダフネは己を厳しく律する悪役令嬢だ。汚い部屋を許さないだろう。しかし、夢に見るほどこのゴミ溜めに自責の念があったのか。いや、なんか、あれだ。やってもねえネイルをお気に入りって嘘ついたことへのカウンターが響いてんだなこれ。
私は手短に自己分析し、目を閉じた。
「カーテン開けますわよ」
遮光カーテンしゃーん!
日光どばー!
頭いてえ。
「いや、まじ、なに……? は? どういう……どういうあれ?」
「洵ちゃん、起きたー? 入っていい?」
扉越しにお父さんの声がした。
「二度寝されましたわ!」
おまえが答えるなよ。
「いや、起きてる、起きて、ええと……入って」
頭が回らないし、右目がもやもやする。またコンタクト付けたまま寝てたわ私。
「お父さま!」
「ありがとうね、月桂樹が丘さん」
「ダフネでよろしくってよ! 洵子のお父さまでしたらわたくしのお父さまも同じですもの!」
いちいち声がでかい。
「じゃあダフネさん、そろそろ朝ごはんにしようか。洵ちゃん、顔洗っといで」
「うおあああ」
私はうめき、ベッドから這い出した。
はだしの足裏が、ひさしぶりに、ごみのないフローリングを踏んだ。