6話 真意
裸足で歩いていた私はいつの間にか、道路とかに転がる鋭利な石や砂利で出血していた。でもいい。もうちょっとで楽になれるんだから・・・そう運ばれた私はそのまま夜の校舎へと入っていった。どこかわからない場所で死んでしまうより・・・知ってる場所の方がいい。
そう思いながら、身体は屋上につながる階段を上っていく。その間に思い出されるのは、両親の不安な表情。失敗し続ける私に失望する表情ばかり。その癖して、歌手になるためにて、親元を離れ、外の世界を生き抜いていく根性もない。何より辛いのは、周りから見られてる私は理想像で作り上げられた偽者だということ。どこにも本当の私を知る人はいない。
そう思えば思うほど胸の奥が締め付けられる。私に感情なんてなければとこの世界まで憎み出す気持ちが芽生えてくる。
気づけば、涼しい風がなびく暗がりの屋上に辿り着く。辺りは死にを連想させるような青色の情景に、遠くには輝いているビルの数々が見える。その光景が私にとって死にふさわしい場所だと再認識させる。
『ここまで来たよ』
何かを言葉として言い聞かせた私はそのまま、鎖を超え、屋上の端へと足をのせる。なぜだろう?足が震えている。でも大丈夫。あとはこの人生を終えるだけで・・・楽に・・・そのまま屋上の外側に向けて落下するだけ・・・と思っていた。
でも服の裾と襟元を強く引っ張る抵抗力が落ちるのを阻止する。何かが引っかかってしまったのか?違う。後ろへと引っ張る力と共に力み声が後ろから聞こえてくる。それも聞き覚えのある声。
『もっとだ!!引っ張れ!!!』
複数の力み声が知り合いの声だと確信した時、外に身を投げ出されたはずの身体はゆっくり屋上へと戻っていく。恐る恐る声がする方に視線を向けると、そこには、心配してくれたクラスの橘 萌絵、岸本理恵、彼氏の遼、そして転校生の坂口紘がいた。
『なんで・・・ここに?』
息だけで生まれる弱い言葉に剣幕な理恵が私のところに詰め寄る。その迫力は私の胸ぐらを強く引っ張るほど。
『死のうとしてるアンタを止めに来たに決まってるでしょ!!!バカ!!!なに死のうとしてるの!!!』
そう張り上げた声で私を止める彼女の瞳には静かに頰を流れる涙粒が。
『なんで・・・こんなことするの!?優花に死んでいい理由があるわけない!!!あってたまるか!!!』
そのまま彼女は二度と離さないぐらいの勢いで私を強く抱きしめる。
彼女の言葉を聞いてやっと、闇に埋もれた私は我に返った。そう・・・本当は・・・ここに着くまで誰かに止めて欲しかった。君は生きていいんだって。生きたい・・・生きたい
その横には私の肩をさする遼くんの姿が。
『優花はいつも頑張ってる。少しでも理想に近づくために。でも本当にそれは君のための理想なのか?』
あの時の別人とは違ういつもの彼。
『もし君のためじゃないなら・・・理想という仮面を外してほしい・・・むしろ本当の優花と付き合いたいんだ』
ゆっくり屈んでいる遼くんの真剣な眼差しが私の心に寄り添い続ける。
『私はむしろ安心しちゃったかも。優花も・・・一人の人間なんだって、完璧すぎて、まるでAIロボットみたいだったから』
そう本音を漏らす萌絵の言葉も聞いてやっとわかった。理想の私が周りとの距離を遠ざけていたって。
あれ?視界が水で埋め尽くされ、気づけば目から溢れるほどの涙を流していた。嗚咽を漏らしながら。
死ぬはずだったその日・・・・いつもの日常のように生きる日に変わった。
* * *
『おはよう・・・』
いつも通りの挨拶をしたつもりだが、やたら周りの視線が私に集まる。まあそうだろう。ポニーテールで括っていた黒髪が、ボーイッシュ風のショートに変わっているのだから。それが似合ってないのかな。
『優花!!おはよう』
いつものノリで後ろから寄りかかる理恵ちゃん。満面の笑みを見せてくれる彼女の顔を見てなんだか安堵してしまう。
『優花。モテ期、来るかもよ』
耳打ちする彼女は嬉しそうにそのことを口にした。
『岡本さん、おはよう。ショートにしたんだね。似合ってるよ』
私の前に座る坂口くんも笑顔で語りかけてくれる。
こうしてまた私の日常が始まった。
* * *
時は昨日の夜に遡る。
玄関の前でチャイムを鳴らす私。自宅前の光景で連想されるのは嫌な記憶ばかり。しばらくすると、開いた扉の向こう側から失望しきった母親が現れる。
『母さん、話したいことがある。』
黒ずんだ服に赤く染まった足元。そんなことは御構い無しと言えるほどの鋭い眼差しが本気の眼差しだと厳しい母親に伝わる。話に耳を傾ける姿勢をとる彼女を見て決心した。
『私は・・・今回の失敗を取り返す勢いで今度の定期テスト、模試に挑む。絶対、いい大学に入って、母さんを安心させる。その代わり私の頼みを聞いてほしい。』
『何?』
『・・・本当にやりたい・・・叶えたい歌手の夢も応援してほしい。それが私の生きる希望だから』
この言葉を言えたこと自体が私にとって全く異なる日常だった。未知の領域とも言っていい。だって私が生きたいと思える日々にしようって初めて決めたんだから。少しずつでいい。それが私の人生だと信じて・・・




