18話 すれ違い
(紘目線)
一つも動かなかったまぶた。そんな状態で眠ってる隆文の手に、優しく手を重ねる萌絵。それにしても・・・また誰かが犠牲になるようなことにならなくて、よかった。そう安堵する一方、隆文に対する不満が顔に出ている人が一人いた。口にはしてないだけで。そんな感じでその人のことを見ていると・・・
『あ!!起きた!?』
動かなかった瞼がゆっくり開いていく隆文。
『ここは?』
半目で目が覚めた彼は、ゆっくり重たい身体を引き起こしていく。
『今岡山駅に向かっている新幹線』
辺りを見回したことで、ようやく心の余裕ができたのか隣に座る萌絵に気づく。
『萌絵・・・』
『隆文・・・おかえり』
そうすると、彼を力一杯抱きしめる身体が隆文の胸にのしかかる。その抱擁に応えるべく、優しく腰に手を回す隆文。しばらく感動の再会に浸る時間が流れた。
『俺に何があった?なんかずっと長い夢を見ていたような』
『お前、吉田財閥を止める気があるのか?』
介入が入ってきて、ゆっくり視点を俺に移す隆文。
『君のこと知ってる。坂口紘だよね?』
『お前が影の怪物に乗っとられる前・・・何をしようとしていたか覚えてるな?』
どうしても気が先走ってしまうのか、彼の質問より自分の質問を優先してしまう。だがさすがの彼も混乱を隠せない様子。
意識はあったものも自分の意志とは違う行動をしていたことから、夢でも見てたような錯覚に陥ってたらしい。だから、今まで起きたことは事実だと、厳しく突きつけた。その事情を聴いてる彼の様子を見る限り、今までの彼とは違う落ち着きと誠実さに溢れた男子高校生になっていた。本当に洗脳されていたのか。
今まで起きたことの説明と彼が眠っていた時間で、あっという間に岡山駅に到着。周辺に位置していた海鮮丼屋さんでもその話は続くことになった。
『そうだったんですか・・・僕がそんなことをしてしまったのか』
彼にとってメンタルに多くの衝撃を与えただろう。何より影の怪物を解き放ったのが隆文自身だと、知った時は特に。あの時、遼とともに萌絵が逃げ遅れたのは、別人に成り果てた隆文を説得していたからとの補足も萌絵からあった。
だがその事実に我慢の限界を迎えた理恵が、大きく机に怒りをぶつける。
『もう我慢できない。なんで紘と優花は平気なの!!??心が操られてたからってこいつ、うちの兄貴を殺したんだよ!!!』
『それは・・・ごめんなさい』
俺と優花が口出す前に、隆文の方から口を開く。だが、その謝罪で許すわけもなく、彼女は自分がいただいていた海鮮丼を彼にぶつける。ぶつけた勢いで、彼の顔面はご飯と海の具に塗れてしまう。
『理恵!!!なんでそんなことをするの!!!』
理恵のやり方に、萌絵も鋭い眼差しと剥き出した歯で対抗する。
『あなたもあなたよ!!なんでこんな奴を助けようとするの!?人を見る目がねえな!!』
その怒りの矛先は、隆文に及ばず、萌絵にも当たり始める、それが見るに耐えなくなった優花は・・・
『もうやめて・・・』
理恵の生々しく突きつける現実に、息を漏らす声で訴え続ける。だが・・・
『なんでよ!!あんたも怒れるなら怒っていいんだよ!!こいつはそれほどのことをしでかした。あいつは・・・』
『もうわかったから!!!今は財閥を止めるのに重きをおくべきでしょ!!!』
優花の募った気持ちは、なんとか彼女ならではの冷静な決断を装いつつも、張り上げた声で理恵を追い詰めていた。
それに対し理恵もこれ以上、何も言えない。
『もう・・・知らない』
みんながここで怒らないのは、間違ってる。そう言わんばかりの表情で、彼女は店を去っていた。紫苑が続いて彼女を追っていくも、俺は身体が動かなかった。だって追い続けていた男が、実はいい奴だったなんて・・・なんかうまく逃げられたようで悔しい。
『この怒りの矛先は、誰に向けれりゃいいんだよ』
* * *
しばらくして10分後、紫苑は額に汗を滴らせながら、戻ってくる姿が目に映る。
『どうする?理恵が見つからない』
思わずみんな、驚いた表情を隠せない様子。
急いで彼女を探そうと店内から出てきた俺たちの目の前に、有刺鉄線で立ち入り禁止と書かれた大きなフェンス。それに釘付けになっていた。それがあまりにも異質であり、廃墟と化した住宅から目が離せなかった。とそこに・・・
『お客さん。それ以上は行かない方がいい』
店から出てきた女性店員が心配そうな表情で、歩み寄ってくる。
『そちらは、影の怪物で多くの自殺者が出たり、争いが絶えずで廃墟と化した町です』
『この向こうの一帯そうですか?』
紫苑の質問に・・・
『そうです・・・一応、怪物狩りの組織に対処してもらったんですけど。それ以上の対応はしてもらえないので、ますます増えていくんです。一応、結界で怪物がこっち側にこれないようにしてるんですけど』
その先にいる結界は人間でも同様に入れないと補足を受ける。
『リスクを避けて、無事に向こうに渡れる方法はないんですか?』
引き続き紫苑は冷静な口調で、問いかけるも・・・。
『いや、さすがにそこまではわかりません・・・』
そう店員が、不安げな表情で答えるも、隆文が結界の先にいる何かを指差す。みんな無言で、指差す先に視線を集める。
『あの先に、僕の別荘がある。あの島に行くためのボート付きで』
彼の発言で、この結界の先に行くことを余儀なくされた。それに応えるかのように如月紫苑は刀を抜き、結界に切り込みを入れる。
『ちょっと!!!』
さすがの行動に止めに入る店員。
『大丈夫です。私怪物狩りの者で、結界を張りなおすことは可能なんで』
変わらない口調と声の高さで、淡々と説明していく。
『私は・・・岸本理恵を探しにいく』
今すぐ影の怪物を止める、そういった空気を読むべき状況でさえも、理恵を放っておけない。その意志を覇気ある声で優花は伝えてくる。それに続き、自分も参加すると挙手した萌絵。その意見を呑もうと、俺はチームに分かれて行動することにした。優花と萌絵は理恵捜しに。俺たち男3人は、この先にいる影の怪物を倒して、ここから別荘へと行き来しやすくする。
* * *
結界の先へと足を進めることになった俺、紫苑、そして隆文。隆文が介入するだけで異様な空気に包まれる。
『本当にごめんなさい。僕がこんなに・・・多くの人を』
今まで積み重なってきた過ちが隆文に罪悪感として湧き出てくるのは無理もない。だが・・・
『謝ってるだけじゃなくて・・・行動で示せ。お前にできることはそれぐらいだ』。
隆文の表情はさらに曇っていくばかり。
『ごめん・・・』
* * *
(理恵目線)
ひたすら田舎の商店街を歩いていく理恵。都会とは違って静かな情景。夏休みということもあって自転車で友達と出かけたり、公園で元気に遊んだりする姿が見受けられる。歩き疲れた私は、商店街を抜けた先に置かれたベンチへと腰をかける。しばらく何も考えない時間が欲しいと意志で。だが私の視界に黒猫の彷徨う姿が目に映る。迷子なのかな・・・別にその黒猫は関係ないのに・・・心を打ち解けれる相手が今すぐにでも欲しいから、代役の黒猫に語りかける。
『私・・・どうすればよかったのかな・・・今頑張って影の怪物を倒さないといけないのはわかる。でも、どうしても遼を追い詰めた相手が目の前にいると、怒りがこみ上げてくる。なんで・・・お前がヘラヘラして生きてるんだと』
黒猫は、私の言葉から何かを感じ取ったかのようにニャーと鳴き声を上げる。
『何よ?』
ただただ私の言葉に反応してるだけに見えた私。でも首を前へと押し出すような動作は、何かを促していることに気づく。私はその先に映るものに目をやる。さっきから何か騒がしいような気にしていたが、どうやら飲食店で、スーツ姿の男性がわめいていた声だったと気づく。
『てめえに渡す金なんてねえよ!!!』
『お願い!!子供たちのためにも』
必死に懇願する儚げな女性。きっとこの男の奥様だろう。
『うるせえな!!!』
そのただ祈るだけの子犬にイラッとしたのか、ついに頰にめがけて手を出してしまう。何枚もの食器が散乱する大きな物音と共に。
『なあ!!!そこのお前、何してんだよ!!!』
私はいつものように、重い腰をあっという間に上げ、暴力を振った男に差し迫る。
『あ?赤の他人は黙ってろよ!!こいつは金のことばっかりで、うるさいんだよ。子供を理由にうまいこと言いくるめてよ!!』
『でも、それはあなたが家族の大黒柱で、頼りになる存在だからでしょ?それに奥様だって、しっかり自分にできる務めを果たしてるでしょ!!』
あれ?知らない相手に、私何言ってるんだろう?だが私の言ってることが正論に聞こえたのか、男は口をもごもごとさせるだけで、何も言い返すことができなかった。
『てめえ!!!』
言葉で反撃できなかった彼は、私へと拳を打ち込む。でも、素人な攻撃はあっという間にねじ伏せることができた。手加減したものも、身を地面へと投げされたことに怒りの感情を突き出す。そのまま反撃するかに見えたが、彼は飲食店の外側へと逃げ出した。
『待ちなさいよ!!!』
私が急いで追いかけるも、別の女性と並んで逃げていく無様な姿を目にして、さらに怒りがこみ上げる。でもこれ以上、追う必要はないと私の手に摑みかかる女性店員。
『助けていただいて、ありがとうございます』
深く頭を下げる奥様。
『なんで怒らないんですか?』
『え?』
『あなたの旦那さん、浮気してますよ』
目のやる先には、旦那が別の女性と並んでいる後ろ姿が映る。その姿にしばらく放心状態に陥る女性店員。
『何度怒ったて、変わるような人じゃありませんよ。それに・・・怒ることにエネルギーを使うより、今いる子供たちの方に時間を費やしたいんです。」
男の拳で頰が赤くはれてるにも関わず、その彼女は澄ました顔で前を見続けていた。
『あ!!何いってるんだろう私、ごめんなさい』
照れ臭そうに、店内へと顔を隠す。たったの短時間で多くのことを教えてもらった気がする。同時に私の悩みが小さなことに思えてきた気がする。兄さんだって、仲間と揉めてる姿より、みんなと協力して、影の怪物を止める方がきっと誇らしいはず。そう考えを改めるようになっていた。
『理恵!!!』
ちょうどいいタイミングで現れたのは、優花と萌絵。
『何してんの!?』
何もなかったかのような私の反応に眉をひそめる優花。
『何いってんの!?理恵を放っておけないから捜しに来たんだよ!?』
『あっそっか』
私の身勝手な行動で迷惑をかけたと思い・・・
『さっきはごめん・・・私子供だった・・・』
『そんなことないよ。私も・・・理恵の気持ちに寄り添う余裕がなくてごめん』
そう和解の印として、互いに抱きしめあった。