15話 決意
(紫苑目線)
竹の木に囲まれた自然に敷かれた石の1本道。そんな道をひたすら突き進む。たとえ、これ以上収拾させる手段はなくとも、あの影の怪物と戦わなければならない。これ以上犠牲を作らないためにも。その強い意志と共に、鞘を強く握りしめる。道の先から瓦屋根で造られた門の前が見えてくると同時に、一つの影が浮かび上がる。怪物狩り組織に所属している誰かだろうとは思ったが、来た道を戻っていく影が紘だと知った瞬間、足が止まる。俺と目が合った彼はただ笑みを見せるだけで、俺の横を過ぎ去ろうとする。その彼を止めようと一声かける。
『なんでお前がここに?』
彼が門から出てきたこの場所は怪物狩り組織の本部だった。そしてここには、怪物狩りを仕切る指揮官が住んでる。 その彼こそが家族を囮にされ、裏切った内通者だが。その相手と何か交渉したのだろうか?
『気になるなら、俺についてくればいい』
俺の詮索に、軽く承諾した紘の言葉に甘え、付いていくことにした。
* * *
『お前、初めて会った時よりだいぶ、口調が変わったな』
『みんなと話してて、敬語だと距離感感じるってわかったから』
紘が通うのは高校のはずだが、彼の一言からは、人生で初めて学校に行ったような人のセリフに聞こえた。
『お前学校行くこと自体、初めてなのか?』
俺の問いには、何にも反応しない紘。触れてほしくない話に踏んでしまったようだ。だが、こいつ本当に何もんだ?全く素性が見えてこないのが、何より不自然すぎる。もしかして・・・
そのまま彼の向かう先は、ある神社。険しい階段を上がる先には、大きく構えた鳥居。その鳥居を通ると、本殿であろう立派な建物が見える。だが彼はそこに向かうことなく右端に見える別の建物の中へと入っていく。
なんの建物なのか分からないまま、俺は紘の目的を知るべく、遅れないよう後をついていく。
入り口の引き戸を開けた先には、驚いた様子で迎える神主が現れた。
『あなたが錦戸透さんですね』
『そうですが、何か?』
自分の名を知っていることの驚きと何の用なのか見当もついてない様子を見せる。
『影の怪物を封じ込めるための鍵が作れるのは、ここしかないと聞きました。もしそれが本当なのなら、もう一度影の怪物を封じるための鍵を作っていただけませんか?』
真剣な眼差しで神主と交渉を始める紘。
『あの鍵が破壊されたせいで、大勢の人の人生が狂わされています。それを一刻も早く止めたいのです』
同時に、彼はゆっくり両膝をつき、深々と頭をさげる。全ての望みを託すかのように。
『お願いします。力を貸してください』
その一連の説明で目的が明確になった。もう一度あの鍵を作ることで、例の影の怪物に通ずる扉を封じようという魂胆だと。俺も影の怪物を止めたいのは同じ気持ちだ。だから彼に続き、両膝を突き、深々と頭を下げる。
『お願いします』
しばらく鳴り響くのは蝉の鳴き声だけで、沈黙が続いた。
『私の父でしたらできたかもしれませんが、何せもういないので・・・ですが、やれるだけのことはやってみます』
その言葉を信じて、紘はその神主に望みを託す形となった。
神社から離れるタイミングで彼に声をかける。
『そういうことか・・・』
紘の策略がわかったところで、彼は早速、俺にどこまでの覚悟があるかを聞き出す。
『紫苑もついてくるか?俺一人だけじゃ、やりきる自信がない。もしものことがあるかもしれないし』
『そのもしもの時は、俺が全力でお前を守る。これ以上犠牲者を作りたくはないからな。だから俺も付いていく』
* * *
(優花目線)
ひたすら机の前に座る勉強の日々。そりゃそう。母にはいい大学に入ることを条件に、歌手の夢も応援をしてもらうことになったんだから。とはいえ、脳内には全く英語の単語や文構造、内容、何もかも入ってこない。どうしてもあの時の感覚が蘇ってくる。遼くんを腕の中で抱えていた感覚。何しろ、彼が影の怪物に巻き込まれて死んでしまった事実、それが心残りで、なかなかその問題から手が動かなかった。
同時に、紘が、私の中で疑わしい人物へと切り替わっていた。彼の素性が分からないのなら尚更だ。その中で導き出した可能性というのが、彼が影の怪物であること。私の中でその疑いが出たのは、あの紘を助けに行った日からだ。そう考えれば、考えてしまうほど、彼のことをくん付けで呼んでいたことに虫唾が走りだす。けど同時に、彼が私たちを救ってくれた可能性もあるということ。
こんなとこで悩んでいたって変わらない。
悪いけど、母には図書館での勉強ということを理由に彼と会う約束をすることにした。遼くんの葬式以来、会話ひとつもしてないけど。久しぶりの連絡で、会うことを簡単に承諾してくれた。
どっちみち完全な嘘にはならいよう、図書館で待ち合わせすることにした。彼に会うまで、図書館で勉強しようと試みるも、やっぱり頭に入ってこない。むしろあの頃の記憶が蘇ってくる。遼くんと付き合ってからの放課後は、一緒に勉強することがほとんどだった。そして、この図書館も彼と一緒に勉強した場所。もしかしているの?そう不意に頭を上げるも、知らない学生が勉強に力を注ぐ姿ばかりで、そこに遼くんはいない。そんなことを考えていると、夢から覚まされるかのように、机で黙っていた携帯が振動し始める。どうやら紘がこの場所に着いたみたい。私は今回こそ彼の正体を見破るという気持ちで彼との接触を試みる。
* * *
『紘・・・ひさしぶり』
入り口付近で待っていた彼は、私の存在に気づくと、あの笑みで会えた喜びを示す。
『久しぶり。突然の連絡で驚いたけど、なんかあった?』
高身長な身体が私の前に現れると、あの決意がいきなり弱まっていく。いや彼の圧に負けてるわけにはいかない。そう気を持ち直して・・・
『紘に聞きたいことがある。できれば、落ち着ける場所で話がしたい』
大して変わらないが、図書館の付近に設置されたベンチで落ち着くことにした。蝉の鳴き声が多少気になるが、木の陰に隠れるベンチからは、心地よい風が吹いてくる。辺りもそんな人がいない。ほぼ完璧な状況を掴みとった私はここでケリを付ける。
『紘ってさ、影の怪物なの?』
くどい言い回しはしたくない。むしろ単刀直入で真意を聞いだす。だが、彼の答えはあまりにもあっさりしたものだった。
『ああ、そうだよ』
『え!?』
しばらく思考が止まってしまうも・・・冷静さでまた彼との会話を試みる。
『じゃあ、あの学校の騒動もあなたがやったの?』
『俺が始めてしまったと言っても過言ではない』
その言葉を放つ時のいい加減な態度。正直に答えていたとしても、生返事をされると、苛立ちを覚えてしまう。その感情が言葉と共に表れる。
『何?その曖昧な答え。はっきりしてよ!!』
私が感情的に張り上げた声で、彼もまん丸とさせた瞳を晒す。どうやら、ここまで怒りを見せたことに驚きを隠せない様子。私がそれほど本気だと悟った彼はこう口に出る。
『君と遼が怪物に心を食われてしまった時、その心を取り返したのは俺だ。同時に、復讐相手を挑発して、学校の騒動を引き起こしてしまったのも俺だ』
『・・・なんで私たちを守ってくれるの?なんで他の怪物とあなたじゃこんなにも違うの?何が目的なの?』
『それは・・・』
なぜかその問いにつまり、まばたきの回数が圧倒的に増える挙動不審な彼。それでも彼の口から事実が告げられる。
『負の感情を取り込んでしまったことで、人間と同じように苦しむことも、悲しむこともできる。同時に幸せ、ボジティブ、良心も得ているから、ほぼ人間のような感情を持つようになったんだ』
向かい合わせに体を向ける紘はゆっくり頭を下げる。
『遼のことは俺のせいだ。許してくれとは言わない。ただ今回の件で彼を巻き込んでしまったことに対する悲しみは俺も同じだ。そのことだけは伝えたい』
私は何も返すことができなかった。彼が影の怪物であるけれど、陰では私たちを助けてくれていた事実。その事実に私の中でいろんな感情が入り乱れる。それにしても・・・
『なんで今更、それを話す気になったの?」
『もう会うことはないから』
『え?どういうこと?』
私の疑問に一言も答えず、ベンチから重い腰をあげる紘。 そして彼は清々しい表情で、最後の別れを告げる。
『そのままの意味だよ。じゃあね、優花。今までありがとう』
* * *
それから2、3日が経った頃。待ちわびた電話の相手・神主から例の件で話が来た。無事、例の鍵をもう一度作ることができたという報告を受けた俺は、事前に用意していたリュックサックを背に、家から抜け出す。あの神社に行くまでの道のりがいつもより遠く感じてしまう。きっとどこかで焦りが表れているのだろう。やっとの事で着いた神社には、あの神主とリュックを背に乗せた如月 紫苑の姿があった。
『本当に来るんだ』
『これはお前の問題じゃ無く、俺たちの問題だ。任せっきりにはできねえよ』
例の神主が父の教えとともに、作り上げたあの鍵を手にする。この鍵には影の怪物を封じるための強いエネルギーが込められている。その鍵を然りとこの手で受け取ったことを確認できた俺はリュックに入れ、その場を離れていこうとした。だが、移った視線の先には、いるはずのない人物・優花が立っていた。
『誰がもう会うことないって?』
それも優花だけじゃない。遼の妹・岸本理恵と優花の友達である橘 萌絵が並んで立っていた。
『なんでここに?』
『紘には借りがある。その借りも返さずお別れなんて・・・私には無理。それに・・・これ以上、周りの人が犠牲になるようなことはさせない。だから私たちも付いていく』
優花から発せられたその発言と共に、表れた鋭い目つき。これは今まで見たことないほどの覇気があった。
15話読んでくださりありがとうございます!!昨日は更新できずに、すいません。
そして、ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。もう感謝しかありません。だいぶ焦った執筆になってしまいましたが、この作品はクライマックスへと近づいています。このまま最後まで、『デイズ』を応援して頂けると嬉しいです。 よろしくお願いします!!