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第2楽章 死神と呼ばれる少女

「何百年も……?」

「ええ。星光の魔女はね、死ぬときに新たな魔女を見出だして、引き継ぎをするの」

「何のために?」

 少女の無垢な問いに魔女はさてね、と夜色のルージュを指先でなぞる。彼女を大人びて見せるルージュもまた、黒に近い色をしていた。これもまた、喪に服していることの証なのだろうか。

「でも、私にそれを教えてくれた魔女は、世界を守るためだと言っていたわ」

「世界を守る……やっぱり、星光の魔女は世界の救世主だっていうのは本当なの?」

 星光の魔女は夜に浮かび、星に唄う、世界の救世主と呼ばれる魔女。世界の救世主の部分だけ、詳しい説明をされたことがない。

 それはそうだろう、と魔女はからからと笑った。世界の救世主如何は星光の魔女だけの秘密なのだ、とそう語った。

「でも、彼女はこうも言っていたわ。『あなたは別にそう思わなくてもいいわ』と」

 魔女は懐かしむように星を見上げ、昔話を紡いでいく。

「だから私は、星光の魔女が世界の救世主だなんて思ったことはないわ。たぶん、これからもそう思わない。魔女は自由であればいいのだわ。普通の人間のままだったなら、途方もない時間を過ごすことになるのだから。星空だって、毎晩見上げる必要はないの。私は自分のために生きたわ」

 世界を救おうなんて考えなくても、星光の魔女にはなれるし、星光の魔女を続けていける。それは星の光のような希望のようにも思えたが、そう語る魔女の顔はとても生き生きとしていた。それは彼女が後悔せずに生きてきた証なのだろう。

 少女はそんな魔女の姿を羨ましいと思った。憧れのそのままだった。自由に空を飛んで、自由に唄って、自分のために生きる。それは現実という閉塞から解放された誰もが一度は望む「理想」の体現のようであった。

 少女を振り向く魔女は、目を細めて笑い、こう宣言した。

「だから私は、いつか死ぬとしても、世界のためなんかには死んでやらない。私は私のために生きるの。星が光るのをやめる、その瞬間まで」


 第2楽章


「真夜中の死神殿」

 そう呼ばれて、もぞりと顔を上げたのは、真っ黒でだほだほのローブを身に纏った少女だった。吊目がちの紫の目は瞳孔に蘇芳を宿して変わったものとなっている。それは鈍い輝きを孕んでいて、死神という呼び名も頷けるような不気味さを醸し出していた。

 死人のように真白な顔で自分を呼んだ者を見上げる。……連日訪ねてくる客人の顔はさすがに見飽きたもので、少女は溜め息をそっと飲み込んだ。

「ご用なら手短に」

 鳥の囀りのように涼やかな声が、じめりとした路地裏に落ちる。街の日陰で黒い服に身を包んだ牧師がロザリオを抱いて祈りを捧げるように立ち上がった少女に頭を垂れる。

「お願いします。星光の魔女めを……世界の裏切り者をそのお力で成敗してください」

 これはもう何度目の依頼だろう。少女は二十を超えてから数えるのをやめた。ここ最近、こればかりなのだ。

 星光の魔女。それは女の子の憧れの神秘の存在であり、世界の救世主と呼ばれる存在──のはず、だった。

 けれど、耳がタコになるほど聞かされた話によると、星光の魔女のせいで、この世界は滅びるらしい。

 星光の魔女は、星に唄う魔女だ。それは死に逝く星たちへの敬意と鎮魂の唄だとされてきた。だが、近年、流星の落下による被害が世界各地で起こっており、中には大都市がまるまる潰れた案件もある。大勢の被災者と、大勢の死者が出た。

 そんな中、不思議の力を持つようになったのがこの少女、名をアイシアという。彼女の不思議の力は命を壊すことに特化していた。散り際の流星だろうが、アイシアの目に命あるものと認識されれば、それを壊すことは容易い。

 アイシアはその力で、人をたくさん殺してきた。もちろん、人以外の生き物も。故に、彼女が現れれば、それは死神が現れたとされ、彼女は遠ざけられて生きてきた。

 アイシアは人と関わるのが苦手だった。昔、まだ力を持たぬ頃、不気味な目の色をからかわれては嫌な思いをしてきた。自分はこの世界にいなくてもいいとさえ思ったことがある。力を手にしたところで、それはあまり変わらなかった。変わったことといえば、皆がアイシアを恐れるようになって、関わる必要がなくなったことだろうか。

 それが先日、気紛れに落ちてきた星を砕いたことにより、救世主扱いされるようになってしまった。決して人を救うためにやったわけではない。いつか自分が死んでもいいとアイシアは思っているがあのときは「今じゃない」という気分だったのだ。だから自分を押し潰そうとする星を細切れにした。それだけである。

 さて、星光の魔女の話に戻るが、近年増えてきた流星の落下の原因を人々は星光の魔女にあると考えた。

 星光の魔女の力を人々は知らない。故に想像したのだ。例えばの話の最悪の場合。我々の知らない星光の魔女の役目とは、もしかしたら、星を操ることかもしれない、と。

 星を操り、これまでは流れ星がこの世界に当たるのを避けてきてくれていた。けれど、魔女の気が変わり、星を操り、この世界を滅ぼそうとしているのではないか、と。

 アイシアからすれば、下らない陰謀説だった。アイシアも人のことは言えないが、お前たちが星光の魔女の何を知っているというのか。これまで世界を守り続け、救世主と呼ばれ、何百年、何千年という時を語り継がれながら、世界を守ってきた存在に対し、無礼千万にも程があるだろう。

 挙げ句、それまで死神だと疎んできた存在に頼る始末である。人というのはあまりにも適当だ。

 アイシアはうんざりしていた。アイシアからすれば、星光の魔女も、この世界のこともどうでもいいのだ。不思議の力だって、望んで得たわけではないのに、勝手に望みを託されても困る。

「断ります」

 アイシアは簡潔に結論を伝えた。御託を並べたところで気持ちは変わらないし、並べられても気持ちは動かない。何よりこの牧師とは縁も所縁もないのだ。頼みを聞く理由がない。

「そんなことは仰らずに……世界が滅んでしまっては、あなたも困るでしょう?」

「別に」

「我々からできる限りのお礼を致します。あなたを後世に英雄と語り継ぎ……」

「いらない」

「では、報酬があればよろしいですか? 世界を救っていただくのです。お金でも食べ物でも貢ぎましょう」

「いりません」

 アイシアはかたりと、傍らに立てかけてあった大鎌を手にした。媚を売っていた牧師の表情が凍る。

「そもそも、自分の命だってどうでもいいんです。世界がどうなろうとかまいません。これは僕がずっとお伝えしていることなのですが、なかなかわかっていただけないようですね」

 元々険しく見える目を更に鋭く細める。ちゃきりと鎌を構える音がすれば、牧師の体は強張った。

「あなたをここで切ってしまってもいいんです。僕の力はそういうものですから。……でも、それに意味をあまり感じないので今はそうしません。僕の気が変わらないうちにどこかへ行ってください」

 アイシアは他人からの心象などどうでもよかった。それより人と関わりたくなかった。せっかくこんな力を手に入れて、人と関わらずに済むようになったと思ったのに、と落胆している。

 牧師はごくりと生唾を一つ。命の危険は理解したのだろう。だが、良い方向にお気が変わられることを願います、などと言って、去っていった。馬鹿らしい。

 アイシアは空を見上げる。路地裏の薄暗さとは対照的な真っ青な空。きっと今宵も星を綺麗に映し出す。

「……」

 ああは言ったものの、アイシアは星光の魔女に興味がないわけではなかった。普通の女の子のように、憧れを抱いたことはないけれど、同じ不思議の力を与えられた者同士、縁を感じないわけでもなかった。

 千年以上、星光の魔女は変わっていないらしい。星光の魔女が流星の落下の原因と考える意見の中には、星光の魔女の力が弱まっているからではないか、という見解もあった。つまりは魔女が代替わりをすれば解決するのではないか、ということだ。

「人は何故、自らの脅威を壊したがるのだろうね」

 アイシアは誰にともなく問いかけた。

 アイシアは力を手にしてから、よくわからなくなったのだ。自分が何をしたいのか。

 この力で何かを成したいとは思わない。アイシアはたくさんの命をこの大鎌で葬ってきた。あまりにも多くの命を刈りすぎて、理由なんて忘れてしまった。

 何もかも、どうでもよかったはずなのに。

 今日も美しいままであろう星を思うと、心が疼く。アイシアが忘れてしまったものたちがアイシアを呼んでいる気がする。アイシアが置き去りにしてきたものたちがアイシアの帰りを待ってくれているような……アイシアにとっては気持ちの悪い感覚に襲われる。

 答えなんて、見つからなくていい、と思っていたけれど、何かが変わるなら、と思ってしまう。変わる保証なんてないのに。

 風がさあっと、アイシアのフードを浚った。フードが取れて、艶やかな黒髪が露になる。その漆黒は宵闇を思わせた。

 紫の目が、真っ青な空を見上げる。

「会ってみたい気がするな」

 星光の魔女。その謎に触れることが許されるのなら、会ってみたいとアイシアは思った。

 夜に散歩をしていれば出会えるだろうか。夜こそがアイシアの活動時間である。会えるなら、会ってみたい。などと、とりとめもなく考えながら、アイシアは地面に座り直して目を瞑った。眠るために。

 そして眠って──

「こんばんは、宵闇に選ばれたお嬢さん」

 そんな声に、起こされた。

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