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神ひらく物語―勾玉主編―  作者: 銀波蒼
神帝国編
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望んだ世界

(前回までのあらすじ)

気づけばヒラクはアノイの地にいた。本来なら神帝国からはるか遠い北の山の向こうにあるなつかしい故郷にヒラクは確かに足を踏み入れていた。だがそこには人の姿はなかった。ヒラクは川に記録された光景を見た。神帝国の兵士たちに襲われたアノイの村の様子を目の当たりにしたヒラクは激しいショックを受ける。動揺するヒラクに剣が呼びかける。すべてを壊してしまえと。ヒラクは内なる神性を開き、勾玉と同じ光を放つ剣を地面に突き刺した。その瞬間世界はユピの記憶の果てで見た何もない白い光の世界となり、ヒラクは望む世界を思い描いた。


「ヒラク……ヒラク……!」


 自分の名を呼ぶ声が聞こえて、ヒラクはハッと目を覚ました。

 晴れ渡る冬の青空となつかしい少女の顔が同時に目の中に飛び込んくる。


「ピリカ……?」


 ヒラクが体を起こすと、ピリカはほっとしたように笑った。


「よかった、生きてて。こんなところに倒れてるんだもん。びっくりしちゃった」


「こんなところって……」


 ヒラクは辺りを見渡した。

 笹の茂みの隙間に細い雪道ができている。

 イルシカの家と集落を結ぶ川沿いの道だ。

 そこにヒラクは倒れていたらしい。

 アノイの集落はすぐそこだ。


「今、ヒラクの家から戻ってきたところなの。イルシカおじさんも心配していたよ」


「父さんが……?」


 マツの木に降り積もる雪がどさりと落ちた。

 舞い上がる雪の粉が光に反射して輝く。

 頬がひりひり冷たくなって、ヒラクはこれが現実であることを知る。


「父さんが……生きている……」


 ヒラクは白い息を吐きながら、目に涙をにじませた。


「何言ってるの。あたりまえじゃない」


 ピリカは不思議そうな顔でヒラクを見た。


「あたりまえ?」


 そう言われると、なぜかヒラクもそんな気がしてきた。


「ヒラクがまた勝手に山越えに行ったって、イルシカおじさん怒っていたよ」


「山越え……」


 ヒラクはユピと一緒に山を越えたことを思い出す。

 そのときと同じ格好で、足には脚絆を巻き、渦巻きのような模様の上着を着て、手甲をつけている。

 けれどもユピと山を越えたのは初夏のことだった。


「今回はうまくいったの?」


 ピリカは目を輝かせて聞いた。


「今回……って?」


 ヒラクはよくわからないといった顔で聞き返した。


「山の向こうの神の国を見てくるって言って、いつも家を飛び出していたじゃない」


 ピリカはそう言うが、ヒラクが山を越えようとしたのは、母を追った幼い日とユピと一緒に旅に出た日の二度だけだ。

 それでもピリカにそう言われると、ヒラクは自分が何度も山越えを試みたような気がしてきた。


「今回は帰りが遅いから心配したんだよ。もう三日も帰ってこないんだもの」


「三日?」


 ヒラクはそんなはずはないと思うと同時に、そうかもしれないという感覚を持ち始めた。

 自分が体験したこととは別の記憶が植えつけられていく。

 新しい現在と同時に新しい過去が創造されていく感じだ。


(これがおれが望んだ世界? 何もかもアノイを旅立つ日の前の状態に戻ってしまったってこと?)


 ヒラクは今の現実がどうなっているのか一刻も早く確かめようと立ち上がり、体についた雪を払った。


「おれ、ちょっと家に……」


「やだ、ヒラク、ケガしてるの?」


「え?」


 ピリカの目線を追ってヒラクは足元を見た。

 腿から流れ落ちる血が、白い雪にしみ広がる。

 ヒラクは驚き、戸惑った。


「なんだこれ? ケガなんてどこにもしてないのに」


 ヒラクの言葉でピリカがハッとした。


「もしかして……」


 そう言うと同時にピリカはヒラクの手をつかみ、集落のある川沿いに向かって雪の中を走りだした。


「お母さんに教えなきゃ」


 草木のつるで縛った骨組みの木に、萱や葦などで壁と屋根をふきあげた独特のアノイの家が、川沿いに並んでいるのが見えてきた。

 あたりまえと思っていた風景が今はとてもなつかしく、ヒラクは胸が熱くなった。

 そしてピリカの家に入り、叔母であるルイカの顔を見るなり、ヒラクは目に涙をあふれさせた。


「どうしたの、ヒラク。あら……」


 出迎えたルイカはすぐにヒラクの出血に気がつくと、脚絆を脱がせ、血を水で流し、ミズゴケを乾草させたものを陰部にあてさせた。


「おれ、何か病気なの?」


 ヒラクは急に心配になって、おそるおそるルイカに尋ねた。

 ルイカはヒラクを安心させるように微笑んだ。


「病気じゃないわ。女の人はみんなこうなるの」


 そしてルイカは、覚悟を決めたような顔で言う。


「突然のことで驚くだろうけれど、ヒラク、よく聞いてね。あなたはイメルやアスルとはちがうの。ピリカと同じ。男の子じゃなくて女の子なの」


 ルイカもピリカもヒラクの反応をおそるおそるうかがっている。

 いつものヒラクなら笑い飛ばして信じようとしないか、怒って声を荒げるかのどちらかだ。

 だが、ヒラクの態度はそのどちらでもなかった。


「知ってたよ」


 ヒラクは、穏やかに微笑んだ。


「いつから?」


 ピリカは驚いて言った。


「いつからかな……。もう、ずっと前からだよ」


 ヒラクはこれまでの旅での出来事を思い出しながら言った。

 今はもうそれが本当にあったことなのかどうかもわからない。

 それでもヒラクの中にはしっかりと体験として残っている。


「ヒラクが帰ってきたって?」


 アスルが入り口の廉戸をめくって家の中に入ってきた。

 炉を囲むでもなく家の隅にいるルイカたちを見てアスルは首をかしげる。


「何やってんだ?」


「何でもないわ。出てってよ」ピリカが怒って言うと、


「何で自分の家なのに出て行かなきゃないんだよ」とアスルもムッとして言い返す。


 そこにイメルも戻ってきた。


「ヒラクは?」


 息せき切って家の中に入ると、イメルはヒラクの顔を見てほっとしたように笑った。


「心配したぞ。こんな雪の中を山越えなんて無茶なことだ。大体おまえは……」


 言葉の途中で、イメルはヒラクが脱いだ脚絆についた血を見て顔色を変えた。


「ケガしたのか?」


「大丈夫、ケガとか病気じゃないのよ」とルイカが言うと、すぐに事情を察したイメルは顔を赤らめ、目を伏せた。


「おれ、もう帰るよ」


 ヒラクは汚れた脚絆を再び身につけ、元気よく立ち上がった。


「大丈夫なの?」とピリカが心配顔で言うと、


「今日はもううちに泊まっていきなさい」とルイカもヒラクを気遣うように言った。


「ありがとう」


 ヒラクは素直にお礼を言った。

 今のヒラクには、ピリカとルイカがが自分のことを思いやり、心配してくれていることがはっきりとわかる。

 今までのヒラクならば感じとれなかったものだ。

 ヒラクはピリカとルイカを見て少し申し訳なさそうに言う。


「だけど、おれ、すぐ家に帰りたいんだ。待っている人がいるから」


「ちぇっ、またユピかよ。ヒラクはいつもそうだもんなー」


 アスルはいつもの冷やかし口調で言うが、ヒラクはそれさえなつかしく、あたりまえのようにユピがいる日常をいとおしく思った。


「ピリカ」


 ヒラクは外に出る前に、振り返ってピリカを見た。


「おれ、ピリカのことをお嫁さんにはできないよ」


 ヒラクはすまなそうに笑う。


「何よ、そんなのあたりまえじゃないの」


 ピリカは照れたような怒ったような顔をして、頬をふくらませた。


「うん、ごめんね……」


 そう言って微笑むヒラクの表情は、ピリカが今まで見たこともないものだった。


「なんだか急に女の子になっちゃったみたい」とピリカが言うと、


「あたりまえだろ。おれ、女の子だもん」とヒラクは明るく元気に笑った。


「えっ、ヒラクが女の子? 何それ? どういうこと?」


 アスルは仰天し、騒ぎ立てるが、ルイカに一喝されてしかたなく黙り込んだ。

 それでもヒラクが出て行った後もしばらくアスルは混乱状態でルイカやピリカにしつこくまとわりついた。


「どういうことだよ、ヒラクが女って。信じられないよ、あいつが女の子だなんて」


「いい加減にしろ、アスル」イメルが言った。


「何だよ、兄貴は驚かないのかよ、あいつが女だってこと……」


「知ってたから」


 イメルはアスルの言葉を遮るように言った。


「いつから?」とアスルがぽかんと口を開けて聞くと、


「もうずっと前からな」とイメルは言って、複雑な顔で笑った。





 きらきらと光に反射する雪を踏みつけながら、白い息を弾ませて、ヒラクは走り続けた。

 枝や雑草でふきあげた屋根がぽつんと小さく雪の中に見えてくる。

 ヒラクの体を洗ってくれた川は、ヒラクにだけ見える女の姿を現して、川の流れの中に立ち、招きよせるように手を振っている。それはアノイの人々に望まれて生まれた存在、川の偽神の姿だった。


 川の神の姿には目もくれずヒラクは走り続けた。

 そしてすぐ目の前の家から出てきたなつかしい姿を見て叫ぶ。


「父さーん!」


 イルシカは一瞬うれしそうな顔をしたが、すぐに表情をひきしめて、駆け寄ってきたヒラクに厳しく注意した。


「どこに行っていた。心配したんだぞ。今度勝手に山越えをしようとしたら……」


「父さん、父さん!」


 ヒラクはイルシカに抱きついて、その体の温もりを、なつかしいにおいを確かめた。


「おれ、帰ってきたよ、戻ってきたよ。ちゃんと神さまを確かめて、おれはここに帰ってきたんだ」


「おい、どうした? 何を言ってるんだ、ヒラク」


 イルシカはヒラクの様子に戸惑ったが、わが子の無事に心から安堵しているようだった。


「父さん、ユピは? ユピはいる?」


 ヒラクは顔を上げてイルシカを見た。


「ああ、中に……」


 イルシカが言い終えないうちに、ヒラクはもう家の中に飛び込んでいた。

 家の中心にある炉を挟んだ向こうにある小部屋の入り口にござがたれさがっている。

 ヒラクは震える手をのばし、一度力強く握りしめてから、思い切ってござをめくった。


「おかえり、ヒラク」


 小部屋には、いつもの柔らかな笑顔で優しく微笑むユピがいた。


「ユピ……よかった……」


 ヒラクは泣きそうな顔でつぶやくと、ユピの前で膝をつき、両手でそっと頬に触れた。

 陶器のようになめらかなユピの白い肌には温もりがある。

 首筋をさわれば規則正しい拍動を指に感じる。

 ヒラクの目に涙があふれた。

 ヒラクは腕をのばして柔らかく包むようにユピを抱きしめた。

 いつもとはちがうヒラクの様子にユピは戸惑いながらも、体を取り巻く空気ごと抱くようにヒラクの背中に手を回した。


 何もかもが元どおりだとヒラクは思った。


 けれども何か漠然とした違和感のようなものをヒラクは感じていた。


 それが何かはこのときのヒラクにはまだわからなかった。


ヒラク……緑の髪、琥珀色の瞳をした少女。偽神を払い真の神を導くとされる勾玉主。水に記録されたものを読み取る能力や水を媒介として他人の記憶に入り込むことができる能力がある。ユピの記憶に入りこんだヒラクはなぜか黄金王や神王の過去の記憶にもつながった。そしてそれまでの勾玉主が成しえなかった神の扉を開くが、唯一無二の神としての全体の統合を拒む。


ユピ……青い瞳に銀髪の美少年。神帝国の皇子。ヒラクと共にアノイの村で育つ。前世は神王。始源の鏡と剣を手に入れたユピの中の神王は、勾玉主であるヒラクを利用し、唯一無二の神となろうとするが、ヒラクに阻まれる。激高した神王からヒラクを守るため、ユピは神王を道連れに自ら命を絶つ。


イルシカ・・・ヒラクの父。アノイ族の長の息子。アノイでは禁忌の地とされる山の向こうの神の国に足を踏み入れ、異民族の女を妻としたため、村から追放された。


ルイカ・・・イルシカの姉。イルシカとヒラクをいつも案じている。


イメル・・・ルイカの息子。長男。責任感が強く、ヒラクを妻にと望んだが、ユピに石で殴りつけられ報復の決闘を申し込む。


アスル・・・ルイカの息子。次男。おしゃべりでうわさ好き。ヒラクにライバル心を持つが何をやってもかなわない。


ピリカ・・・ルイカの娘。末っ子。ヒラクを女とは知らず、ずっと想いを寄せていた。父方の祖母はアノイの大巫女で、予知能力などの力を引き継いでいた。

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